03.罠に引っ掛かりました
「これ、この遺跡に入る…べきなんですかね」
「いや、実は裏をかいて、砂漠に向かって歩くのが正解とか」
ここの主は偏屈に翻弄される雛㮈とニキに、ラルクがなんということも無いように言う。
「どっちも行ってみればいいんじゃないかの」
「どっちも…。地道ですねー」
「万事そういうものじゃ」
ここぞとばかりに年の功を見せ、「ほれ行くぞ」と雛㮈を急かす。
肩をぐいぐいと押されて、よろめきながら前に出る。魔法使いが先頭ってどうなのだろう、と頭の片隅で思う。カチ、と足元で音がした。………カチ?
「へ?」
パカッ、と。
床が抜けた。一瞬浮いたような感覚になった後、一気に下方向へ引っ張られる。
「きゃあああああああっ!?」
なんで入り口の手前に落とし穴!?
光が遠退いていく。どこまで落ちるのだろうか。というか、着地できるのだろうか。頭の冷静な部分が、地面に打ち付けられる自らの姿を想像した時、「仕方ないのう」と耳元で声がした。
肌をふわふわの毛が撫ぜた。それは、するり、と身体に沿うように雛㮈を包んだ。途端に浮遊感が緩くなる。
手を動かすと、さらさらの毛に触れた。きゅ、と掴む。
「ら、ラルクさん…?」
「喋ると舌を噛むぞ」
ラルクは忠告してから、緩やかに降下する。軽く、トン、と着地する。見上げると、光はひどく遠かった。声は届くだろうか。すう、と息を吸ったところで、
「―――ぇ」
光に、影ができた。それは、どんどん大きくなる。影は危なげなく、目を見開いた雛㮈の横に並んだ。
「ふぅ…」
息を吐き、すくりとその身を起こしたのは、ニキだ。次いで、カーダルもゆるゆると身体を起こし、襟を正す。
「………」
「ん? お姉さん、どうしたの?」
口をあんぐりと開けたままの雛㮈は、しばらくぱくぱくと口を動かし、それから、自分を背負っているラルクへ訊ねた。
「この世界の人は、みんなこんなに、身体能力が高いんですか? あんなに高いところから、みんな普通に降りられるんですか?」
「獣人なら、まぁ程々可能だろう。人間でというのは珍しいが…」
視線を向けられた彼は、落ちた地点から伸びている道の先を見るばかりで、決して目を合わせない。
「あんなに高いところから…」
思わず、雛㮈は繰り返す。
ふと、頭上にあった光の穴が、小さくなった。穴が閉じつつあるようだ。やがて完全に光が閉ざされ、辺り一帯が闇色に染まる。
雛㮈は、光の魔法を唱えた。三つほど、小さな光の塊ができあがる。足元と1メートル先までは見えるようになった。
どうやらここは行き止まりでは無いらしく、カーダルが向いている方向と、その逆方向…ニキがいる方向の、二つに道が伸びている。
くん、とニキが鼻を動かした。
「どっちの道からも、ヒトのニオイはしないな」
別段、看板が立っている訳でもない。当たり前だが。
うーん、と唸って困る雛㮈の横を、カーダルが通り過ぎた。
「か、カーダルさん? あれ、そちらに行くんですか?」
迷いの無い足取りに、実は知っている場所なのか、とクエスチョンマークを飛ばしていると、カーダルは肩越しに振り返った。
「フェルディナンのやることを、まともな頭で考えても無駄だ。どうせどっちに行っても罠があるだろうし、いずれ行き止まりだ」
「え…」
「それなら、歩いて抜け道を探す」
アイレイスといい、カーダルといい、深い信頼感があるのだな、と思う。主にマイナス方向に。
雛㮈はラルクから降りようとしたが、当のラルクがそれを止めた。
「お主、危ないからの。また何かのスイッチを押されても困るしのぅ…」
こちらも、なかなかの評価だ。
落とし穴の策に嵌ったのは、ラルクが背中を押した所為なのに。少し不満に思いつつ、しかし自分が何かを押すのが怖いというのも事実だったため、大人しく背に跨っていることにした。
「それにしても、どうして入り口前に落とし穴なんて…」
「…どうせ、“予想外”や“意外性”を突き詰めた結果だろ」
チッ、という舌打ち。
「………」
「………なんだ?」
視線を感じてか、カーダルが肩越しに振り向く。その視線を真正面から受け、雛㮈はあたふたと答えた。
「やっ、あのっ、カーダルさんって、フェルディナンさんのこと、よくご存知なんですね」
その瞬間。カーダルは「はあ?」と乱暴に吐き捨て、心底嫌そうな顔をした。嫌悪感を前面に押し出した表情に、ニキが「不本意だったらしいな」とボソリと呟く。
しばらく嫌そうな顔をしていたが、知りたそうな顔を崩さない雛㮈に根負けしたのか、小さくため息を吐いた。
「アレは昔から、俺の家によく訪れた。母がアレの先輩だったから」
「お母様と仲が良かったんですか」
「…まあ、そうかもしれない。会う度に母は説教していたが」
説教されるために家に来ているようなものだった。カーダルはそう語ったが、本当に仲は良かったのだろう。説教が嫌だったとしたら、家に入れたり、訪れたり、しなければいいのだから。
「でもそれだけで、なんでそんなに毛嫌いするんです?」
カーダルは、雛㮈をじろりと見た。聞くな、と全身からオーラを放っている。雛㮈は気になったものの、そのオーラに負けてすごすごと引き下がった。
「なんで下がんだよ…っ! 食いついたら面白いモンが見えたかもしれないだろ…っ!」
「そ、そんなこと言われても…っ」
小声でこそこそ話す二人に構うことなく、カーダルはすたすたと先に行ってしまう。
「あいつほんとにお姉さんを守る気あんの?」
ニキが思わず呟く。「イザとなれば出てくるんじゃろ」とラルクが、くあ、と欠伸をしながら、自己弁護にも似た意見を出す。
「でも、私はある程度なら、大丈夫ですよ?」
「認識甘い」
「そのまま世間に出すのは怖いのう」
二匹の獣は、ズバッと雛㮈を切り捨てた。そんなに言われる程だろうか、と雛㮈は顔を曇らす。ある程度、すらも認められない。
ずーん、と沈んだ雛㮈を乗せているラルクが、軽く身体を揺すった。元気出せ、という意味だろうか。雛㮈は少し嬉しくなり、ラルクのふわふわな頭をぽすぽす触った。非常に手触りが良い。
これは高級品だろう。ヒット商品ができそうだ、そうすれば…とお金の話が頭を過る。
当然、実行する気は無い。
ふー、と息を吐いて、顔を上に向けた。
「………………」
何かと、目が合った。目を瞑る。開ける。それはまだそこに“いた”。幻覚ではない。見たことも無い生物だ。例えるなら、悪魔、だろうか。丸みを帯びた胴体に、ガリガリした手足がにょっきりと生えている。背中には、ガサガサしていそうな悪魔の羽。ギザギザの歯が見え隠れする、大きな三日月型の口。目が怪しい赤い光を放っていた。
黙って前を向く。
あれは、目を合わせては、いけない気がした。いや、もう手遅れか?
試しにもう一度上を見てみる。大きな岩を掲げ、今から振り下ろします、というポーズだった。
「ニキさん、ラルクさん走って! 前に! 上から何かが攻撃してくる!」
は、とニキとラルクが不審げな声を出した直後、ゴンッ、とラルクと雛㮈の右側に、当たったら軽傷では済まないであろう岩が、勢い良く降ってきた。
「………」
「………」
「………な」
洒落にならない。
思うと同時に、雛㮈はラルクに抱き着き、ニキとラルクが走り始めた。
「異世界の七不思議を垣間見た気がします…(なんでみんな、あんな高いところから降りられるのだろうか…)」
※普通の人は、飛び降りられません。飛び降りたら、ひしゃげてしまいます。
雛㮈さんの身体能力は割と低めですが、それ以上にカーダルさん達の身体能力が高いので、より一層差を感じる件。




