01.厚い信頼があります 前編
魔力回復のために一日をおき、ようやく目的の人物の家に向かった。
「こちらに到着しましたら、アイレイス様へご連絡頂くように、との言伝を承っております」
屋敷の主の代わりに、執事が恭しく頭を下げ、通信機まで案内してくれた。カーダルと少し話がしたいと言い、二人が離れていく。
さて、と雛㮈は通信機に向き直った。
「これがこの世界の電話…」
ワイヤレスだ。いや、これは電波が無いからという理由だろう。ただ、予想していたよりも、小さい。小さい上に、受話器が無い。ダイヤルも無い。操作方法が分からない。
「に、ニキさん…」
「オレも高級品の扱いは知らないよ」
「我も知らぬのう」
三人で、あーだこーだと恐る恐る触っているところに、カーダルが戻ってきた。
「何をしている?」
「………」
「………」
「………」
使い方が分からなくて動かせなかった、と言うのが恥ずかしくて、三人とも無言になる。そっと目を逸らす三人の意図に気付いたのだろう。カーダルは、はあ、とため息を吐くと、通信機を手慣れた様子で操作し始めた。
「これがスイッチ。ここに相手のコードを入れて、………ほら」
「あ、そうやって使うんですね」
「フン、金持ちめ」
「もっと簡単にできぬのか?」
素直に感心する雛㮈に、不貞腐れて悪態をつくニキ。それから、たしたしと通信機を叩くラルク。
仏頂面を三人に向けたカーダルに怯えたのは、唯一前向きな意見を述べた雛㮈のみで、他の二人は特別気にした様子は無い。
怒られるか、とびくついていた雛㮈だったが、カーダルの口から放たれたのは、全く違うことだった。
「…もうすぐ繋がる」
「え!?」
『連絡が遅い! どれだけ道草食ってるんですの!』
直後、通信機ごしに、アイレイスの苛立った声が響いた。本物と遜色ない音質。反射的に雛㮈は謝った。
「ご、ごめんなさい〜〜〜っ!」
『…ふん! まあ、人助けをすることは、あたくしたちの使命でもありますもの。まだ殻付きの貴女にしては、よくやりましたわ』
これが、アイレイスにとっての最大限の賛辞なのだということは、少しの付き合いだが、なんとなく分かった。
ありがとうございますー、と言えば、『褒めてなんていませんわ! あと、敬語は苛々しますのよ!』とまた怒鳴られてしまった。
「なあ、このお姉さん、誰?」
ニキが首を傾げる。
『………誰かそこにいますの?』
その声に、アイレイスも反応する。
「あ。えっと、ニキさん、こちら私の上司…? の、アイレイスさんです。アイレイスさん、こちら、闇市で会って…ええっと、いろいろあって私の護衛になったニキさん。あ、あと精霊獣のラルクさんも仲間になりました!」
『………貴女はいったい、何をしているのかしら』
通信機ごしでも、引き攣っているとすぐに分かる声がした。あはは、と笑って誤魔化す。雛㮈自身、何故こうなったのか、不明なのである。
『まあいいわ。それで、今はフェルディナンの屋敷にいるのよね』
フェルディナン。フェルディナン。反芻して思い出す。この屋敷の主で、光眠り病の患者の名前だ。はい、と答える。
『深層世界には、今から?』
「うん、その予定で…予定だよ」
『そう』
一拍置いてから、アイレイスは喋り始める。
『今回の任務は、長丁場になるかもしれないわ』
「…そう、なの?」
いまいち、ピンと来ない。通信機の前で首を捻る。アイレイスがそう言う理由が、全く分からない。
『彼が魔法使いであるという話はしたわね。しかも、高位の。当時10代であったあたくしから見ても、腕は素晴らしいと思っていたわ。でもね』
更にひと呼吸おいて、アイレイスは恥じるように、ボソリと呟いた。
『偏屈な魔法使いの中でも、特に偏屈なのよ。…それこそ、心の底から』
「………」
えーと、つまり。
「話が見えねーけど、その偏屈野郎に会いに行くってこと?」
『そう。そういうことよ』
シンと静まり返る、その場。カーダルは立場上面識があるのか、ふう、とため息を吐いた。
「で、でも、自分の命がかかっているとなれば、流石に」
『自分の命を削ってでも、好奇心を埋めようとするでしょうね』
キッパリと言い切るからには、そうなのだろう。
『出掛ける時に伝えても良かったのだけれど、嫌だと渋られたら、このあたくしが、困るでしょう? だから直前まで黙っていたの。ごめんなさいね』
ごめんなさいね、と言いながらも、悪びれた様子は一切無かった。イイ性格してるねお姉さん、と心底感心したようにニキが言う。彼女らしい、と雛㮈も思う。
『ところで、貴女、フェルディナンのなかには、そこの新しい付き人も連れて行くおつもり?』
「えっと…どう、でしょう」
正直、何も考えていなかった。そもそも、彼らを雇ったとして、どこまで話していいものか。そしてそれを、自分の一存で決めていいのか。…今、この場で二人を連れ立っている時点で、割と手遅れ感がするが。
『…あたくし、精霊使いたる貴女の眼は、信用しておりますわ。どこまで信じるかは、貴女が判断なさい。―――ただし』
凛とした声が通る。
『深層世界に入るべきかは、あたくしが決めますわ。…まかり間違っても、人の心。本来個人のみで形成される領域に、他人が入ることで、どれだけ影響が出るかは、誰にも分からないの』
だから、その責任はあたくしが取りますわ。
アイレイスは強く、意志のある口調で言った。しかし、その直後に、ひどく小さな、弱々しい声で続ける。
『………あたくしには、もう、その程度しかできないのだから………』
ニキの耳が、不思議そうに揺れる。
「え…? ごめんなさい、今、なんて?」
『気にしないでちょうだい。―――ああ、フェルディナンには、いくらでも人を連れて行っていいわよ。あの男は、多少踏まれて丸くなった方が、あたくしの気苦労が減っていいわ』
冗談ではなく、本気の声色に、「や、でも…」と雛㮈の方が躊躇ってしまう。追い打ちを掛けるように、アイレイスが続けた。
『それに今回ばかりは、人数が多い方が安心よ。何があるか分かったものじゃないわ』
「そこまで!?」
『念には念を、用心に用心を重ねて対応する。あたくしから助言するとしたら、それだけですわ。貴女の騎士もそこにいるのでしょうけど、彼一人では心許ないわ』
どれだけ信用が無いのか。いや、ある意味“そういう方面”において、厚い信頼を得ているようだ。
力不足の烙印を押されたカーダルは、いささか不機嫌そうな色を強めて、眉間に皺を寄せている。雛㮈はそれに気付き、顔を青褪めたが、当然通信機の向こうはそんなことは知らない。いや、彼女のことだ、この場にいても頓着しないだろうが。
『あらいけない、そろそろ魔力切れを起こしますわね。それじゃあ、成功させて帰ってきてちょうだいね』
こちらが声を掛ける暇も無く、ブツン、と容赦なく通信機は切れた。
残された面々は顔を見合わせる。
「…えーっと、お姉さんがオレたちをどれだけ信用してどこまで話すか、を決めるのが先かな?」
ニキの発言に、雛㮈が小さな声で「そうですね…」と応えた。
「お部屋にご案内いたします」
屋敷の執事が、スマートに案内を申し出た。
「すみません、お願いします…」
歩き始めた雛㮈の肩でジッとしていたラルクは、遠ざかる通信機を振り返った。
「ラルクさん、どうかしましたか?」
「………うむ、人間は面白い装置を作るものだと思ってのう」
不思議じゃのう、と言いながら、前を向く。もう後ろは振り向かなかった。
(今の声の主…あれは…)
そっと、獣の少女にすら聞こえない程小さく、呟く。
「面白い縁もあったものじゃの」
「スイッチを入れて…コード…あれ、コードって何…?」
「………はぁ」
結局、カーダルさん以外が使えない現状に変わりはないようです。
新章突入です!
今度こそ活躍の機会を…!




