13.勘違いはしません
レンガ造りの頑丈そうな宿屋に入り、まずはニキと共にシャワーを浴び、身体を清めた。数日入っていなかったのだ。気持ちよかった。
しかし…先程まで、臭くなかっただろうか。いや、臭かっただろう。今更ながら、恥ずかしい気持ちに苛まれる。あああ、と身悶えつつも、今更のように主張してきた空腹に応え、粥を食べた。美味しかった。
ようやく人心地ついたところで、同じ宿に部屋を取ったという、ハイキー達のところへ向かう。彼らは、雛㮈が連れ去られた後、全速力でノジカ街へ向かい、自身のネットワークを駆使して、カーダルへ情報提供を行ってくれたらしい。
いや、そうでなくとも、挨拶はしたかった。
ドアの前で名乗りを上げると、中からドタバタという音がした後に、勢いよくドアが開き、満面の笑みのハイキーが出迎えてくれた。
「おぉ! 嬢ちゃん、無事だったか!………無事だったんか!」
「なんで二回言ったんです?」
じとー、とした目で見つめる先にいたハイキーは、うろうろと視線を彷徨わせ、いやー、とか、あのなー、とか、意味の無い単語を口にしている。
大方、本当に無事に帰ってくるとは思っていなかったのだろう。いや、決して雛㮈がトロイと思っている訳ではなく、きっとそういう事実が多いからだ。きっとそうだ。
うん、まあな、うん。と誤魔化されながら、中へ通される。ニキたちも一緒に入室する。
「よがっだあーっ!」
双子の片割れが、ボロボロと泣いていた。
「闇市で売られて二束三文で値段がついて、変態貴族の屋敷で酷い仕打ちをされて自意識を破壊されて、おまけに原形を留めていなかったら、どうしようと思った…!」
「相当酷いストーリーですね!?」
流石に、酷すぎやしないだろうか。特に、二束三文の件が。
「ごめんな。タク、自分ん中でいろいろ完結しちゃうことあるもんで。悪気は無いんだわ。悪気は」
御者であるチクは、雛㮈の無事の帰還に、最初ホッとしたような顔をしたものの、それからは、弟の醜態を前に逆に冷静になったようである。
「にしても、これでノジカ街自体も、大ダメージだわな。曲がりなりにも、あの闇市、ここの経済を支えていた一面もあるもんでな」
ハイキーは、「ま、ここを拠点にしてる訳じゃない俺らにゃ、然程…って感じだけどな」と続けて、煙草をくゆらせる。はて、道中は吸っていなかったが、と首を傾げると、「街で落ち着いた時の、至福!」と答えをくれた。
そうか、至福なのか。ストレス溜まっているんだな。副流煙こわい。
微妙に距離を取りながら、「でも」と口を挟む。
「いくら経済が潤うといっても、それで無関係の人間の人生を犠牲にするのは、アウトだと思います」
そんなの、人生には、人身売買でなくとも、形を変えてあるのだろう。この世界だからではない。どこだって。
だから、これはただの綺麗事だ。
それでも、その綺麗事を、忘れちゃいけないと思う。
「そうだなー。好事家のオモチャになんて、なりたくねーし」
「我は相手を咬み殺すから、問題無い」
銀狼は、いろいろ物騒だ。思慮深いと見せ掛けて、結構短絡的かつ血生臭い方法を採りたがる。
「それにしても、嬢ちゃんは面白いな」
「面白い?」
「人攫いに捕まった結果、旅の仲間を増やして帰ってくるとは」
…褒められて、いるのだろうか。
しげしげとニキとラルクを見るハイキーの顔には、「本当に不思議だ」と書かれている。
「まあなんにせよ、無事で良かった」
「はい! ハイキーさん達は、目的の商売は…?」
「バッチリ成功、大繁盛だわ」
けけけけけ、と悪い笑みを浮かべる三名の姿に、訊かなければ良かった、と思った。
若干引いている雛㮈に気付いてなのか、こほん、と空咳をしたハイキーは話題を変えた。
「ま、そんな訳で俺らは目的を果たしたかんな、明日にでも王都へ戻ろうと思っとる」
「王都…」
お城とカーダルの屋敷がある場所だ。と辛うじて判断する。首都という言葉に慣れ親しんでいた関係上、『オウト』という言葉がすぐに『王都』に変換されない。
「嬢ちゃんらも王都出身なんだろ? また王都で会おまいな。その時には是非、薬を買ってくれな」
―――惚れ薬系もあるから。
コソッと続けられた言葉に、一瞬頭の中が真っ白になった。意味を理解して、赤くなってから青くなる。それからまた赤くなる。
「なっ、そっ、そん…っ」
「薬屋のおにーさん、あんまりお姉さんイジメないでくれよな。いちいち過敏に反応してくれて、面白いのは分かるけどさぁ」
ニキは耳が良いのだろう。ハイキーの言葉に、呆れた顔をしてみせる。これでは、どちらが年上か分からないな、と赤い顔を手でパタパタ扇ぎながら、考えた。いやだってでもね? と心の中で言い訳する。
「はっはっは!」
ハイキーは大声で笑っている。むう、と唇を尖らせた。
「…そろそろ戻るか」
「おう、もうこんな時間か。そうだな、そろそろ閉めるか。俺らも明日の準備があるかんな」
カーダルの一言で、お開きの雰囲気となる。雛㮈も立ち上がり、テーブルの上を簡単に掃除していると、ぽん、と肩に手を置かれた。
「ま、さっきのは冗談だが、そんなもんが無くても、“仲良く”はなれるさ」
「…うーん」
誤魔化すように曖昧に唸る雛㮈に、ハイキーは「なんでそこだけ、そんな頑ななんかね」と苦笑した。頑なじゃないです、と言いながら、チクとタクにも挨拶をして、雛㮈は部屋を出る。次はいつ会えるだろう。そう考えると話足りない気がしたが、いつまでも残っては迷惑だろう、と頭を切り替えた。その背中を追って、ニキも部屋を後にする。
「あ、そうだわ。忘れるとこだった」
ハイキーが表情を変え、最後に部屋を出ようとしていたカーダルを呼び止める。彼は、肩越しに振り返る。
「今回の首謀者、捕まったんだってな」
「…ああ」
「気ぃつけりんよ。マスターの裏で、誰かが動いとったって話もある。…そいつは、今回捕まっとらんのやろ」
「………」
カーダルは、無言を持って、答えとした。
「嬢ちゃんは、ちと危なっかしいし、兄さんが守ってやりんよ」
「言われなくても」
ひとつも表情を変えることなく、当然のように答えると、「情報、感謝する」と言い、彼は前に踏み出した。
「なぁんか、噛み合っとらんのよな」
「あれは、あれだがぁ」
「行き違いってやつだがぁ」
残された悪人面の商人三人は顔を見合わせ、しばし考えたが、まあどうにかなるやろ俺らは知らん、とすぐに放り投げた。
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「おい」
ベッドに腰掛けていると、部屋でカーダルに声を掛けられた。雛㮈は気付いたら目の前に立っていたカーダルを見上げた。遅れて「はい」と返事をする。
ニキとラルクがいないので、周囲は静かだ。二人で話すのは、実は久し振りかもしれない。
「もう落とすな」
そう言って、連れ去られた時に落としてしまった杖を手渡される。アイレイスから貰った大事な杖だ。拾っていてくれたのか、と嬉しくなって礼を言う。
用事はこれだけか、と思っていたのに、カーダルはなかなかその場から動かない。
「いくら許せないことがあったからって、危ないことするのは止めておけよ」
唐突な話に、なんのことか、と少し考え、先程ハイキーの部屋で出た闇市の話だと気付いた。
「だ、大丈夫ですよ!」
「…足が震えていたのに?」
「うっ、あ、あれは…」
あれは、初めて、殺気をまともに受けたからで。かといって、二回目受けた時は平気だろうとも思えない。そもそも、もう二度と受けたくない。
それでも、自分の意志で“ここ”に立つのなら、この先もそういうことはあるのだろう、と漠然と理解している。思い出すと、今だって足が震えるのに。あれが、この先、何度も。
はあ、と聞こえるか、聞こえないかくらいの、小さなため息。
「…無理はするな。できることなんて限られてる」
「それでも」
「どうしてもっていうなら」
その声は力強かった。
「俺が支えてやるから、一人で行くな」
それは。
どういう。
一瞬、息を飲む。
「あ…」
「お姉さーん! なんか目の前で大道芸やってる! 見に行こうぜ!」
「あ、え、だ、大道芸…?」
ばあん! と大きな音を立てて部屋に戻ってきたニキは、「大道芸! 初めて見た!」と興奮気味だ。
気付いたら、カーダルは部屋にいない。馬の様子を見に行ったらしい。
損をしたような、安堵したような。いや、どうせよたよた歩きの子供を見る親の気持ちなんだろうけれども。
「でも流石に…誤解しちゃいますよー」
「ん? どうしたんだよ、お姉さん。顔赤いけど、熱でもあんの?」
「いえ別になんでもないですよ!」
ふう、と息を吐いた。
このモヤモヤ感は、大道芸を見て発散しようと思った。
「お? おにーさん、今日こそ集中してブラッシングしてくれるのか?」
「………………」
「集中してなーい!」
お馬さんの怒りを買いました。
さてさて、これにて第三章は閉幕。
獣二匹を仲間に引き込み、お次は(当初から旅の目的だった)とあるお方のナカへダイブ!
果たして、ハッピーエンドは相成るか?
拙い小説ですが、お付き合い頂けると嬉しいです♪




