12.提案されました 後編
「お前はどうしたい」
「私?」
「お前が決めろ。お前の給金なら、一人を雇うことは可能だ」
「…えっと、そうなんです?」
そういえば、自分の給金を知らない。確かに言われた記憶はあるのだが、普段意識しない所為か、忘れてしまった。しかし、カーダルがそう言うなら、違いないのだろう。
カーダルの屋敷の使用人としてではなく、雛㮈個人の護衛として雇った方がいいという判断も、だから、疑問を抱くことは無かった。
その上で、狐の子を雇うか。
それはつまり、雛㮈の事情に巻き込むということでもある。
「一緒に戦ってくれます?」
「一緒に戦うんじゃなくて、オレがあんたを守るんだけど」
「それじゃ、嫌です」
キッパリ言えば、狐の子はポカンとした後に、けらけら笑った。
「わかった、わかった。いいよ、一緒に頑張ろう。なんか、護衛じゃなくなっちゃったけど」
「はい!」
ぱっと花が咲くように笑う雛㮈につられて、狐の子も年相応の笑みを浮かべる。
「…なんじゃ、二人だけで盛り上がって。我はまた除け者か?」
「狼さん。あれ、狼さんも…?」
「我も行く」
駄々を捏ねる子供のような口調で言い、銀狼が身体を起こした。
「どうせ森に戻っても暇なだけじゃ。時間はあるしの」
「えっと、でも狼さんはお給料は…」
「お主の魔力を少しと、ブラッシングで手を打とう」
「魔力?」
銀狼は「我の主食は魔力じゃからの」と言った。その言葉に、カーダルと狐の子がひどく驚いた表情をする。
「あんた、まさか精霊獣か?」
「いかにも。さあ、敬え」
カーダルの言葉に、くくく、と笑いながら、銀狼は尻尾をぱたぱた動かした。
精霊獣。雛㮈は記憶から引っ張り起こす。確か、長く生きた獣が、精霊化する現象だったはずだ。数は非常に少なく、ある地域では神聖化されて崇められる程だという。
「おお…狼さんって、すごいヒトだったんですね」
「…お姉さんの言い方だと、全然すごく聞こえない」
狐の子の、脱力した声がした。銀狼はおかしそうに、「そうじゃぞ。だからお主より、この世界に詳しい」とくつくつ笑う。
「我はお主の魔力が気に入った。最近は、お主ほど純正な魔力を持っておるのは少ない。我は精霊獣。在りたいように在り、好きなように生きる。故に、我はお主についていく。気が向いたら力を貸してやろう」
狐の子と違い、「雇ってくれない?」ではなく、「ついて行きたいから、ついてく。拒否権は無い!」というスタンスらしい。ある意味、清々しい程唯我独尊だ。
「それに、“あの状態”の精霊を鎮めたお主には、少しばかり、興味が湧いての」
「え?」
「見たじゃろう? 感じたじゃろう? あの、黒に支配された精霊を」
狐の子が連れ去られる時に見た、あの彼らの様子を。
雛㮈は思い出す。そう、そうだ。あれは、常の精霊には無い、禍々しさだった。
「精霊使いは、精霊と心を交わせるが故、精霊に感化されやすい。黒は他よりも強い色。お主がアレを鎮められたことに、我は“可能性”を見た」
「可能性?」
「…いずれ知るだろうさ」
銀狼は、意味深にニヤリとした。
「思わせぶりに言っちゃって。やらしいのー」
話についていけなくてブスくれた狐の子が、頬を膨らませながら、高貴な精霊獣の尻尾を踏んづけた。「きゃん!」と情けない声が上がる。
「な、何をするか小童め! 我をなんだと思うておるのじゃ!」
「精霊獣サマ」
明らかに、馬鹿にしている。これ以上争っても、と思ったのか、銀狼は「ふん!」といじけたように顔を背けると、「とにかく我はついていくぞ」と宣言した。
「黒い精霊ってなんだ。お前、何をしたんだ? また何かしたのか?」
カーダルが固い表情で雛㮈に詰め寄る。“何かしたに違いない”という前提ありきの詰問調だ。勢いに負けて頷きそうになるが、寸でのところで我に返り、必死に否定する。
「してないです!」
「そうじゃぞ。人間からしたら、些細なことじゃぞ」
「精霊獣からしたら?」
「快挙じゃのう。だからといって、今すぐ、何がどうということもない」
さっぱり何のことか分からない。自分は、また知らない内に何かトンでもないことをしでかしたのだろうか。
雛㮈自身は、魔法は別として、自分が特別な人間だとも、特別な力や魅力を持っているとも思っていない。それ故に、そんな心配や期待をされる必要など無いと、かなり本気で思っているのだが。
若干、納得していないような顔をしながらも、カーダルは引き下がった。ホッと胸を撫で下ろしながら、それじゃあ、と改めて見渡す。
「改めて、みや―――むぐ」
「俺はダルだ。この阿呆は、ヒナ」
「…本名?」
「半々、だ。ただ、この場所でフルネームは言いたくない。後で伝える」
まだ昼間で、人通りが多い。カーダルは、それを、警戒しているようだった。
ふうん、と狐の子は気の無い様子で呟いた。
「オレはニキだよ」
「我はラルク。………さて」
ラルクはすくりと四本足で立つと、雛㮈の足元まで来てポンッと音を立てた。もくもくとあがる煙の中から、手のひらサイズの獣が飛び出してきて、雛㮈の肩に乗った。もふもふの毛が首と顔に当たり、くすぐったい。
「このサイズの方が楽じゃの」
「…でもそれ、護衛になってなくないか?」
「我は護衛とは違う。気が向いたら助けるだけじゃ。その時が来たら戻るさ」
と言いながら、でろーん、と力の抜け切った様子で肩に乗っかっている。確かに、護衛、とは呼べないかもしれない。
可愛いから許してしまいそうだけれども。
問題のある思考回路でそう弾き出しながら、「ずりぃ!」と暴れる狐の子、もといニキを、まあまあと宥める。
「戻るぞ。ハイキーたちも同じ宿にいる。顔を見せてやれ」
「あ、はい」
三人とも、行きに偶然会っただけの自分のことを、随分と心配してくれたようだ。まあ確かに同行者が闇市に…となれば、流石に気にするか。
それでも、不謹慎だけれど、嬉しい。
「早く」
「あっ、はい! すぐ行きます!」
急かされて、慌てて一歩踏み出す。後ろからニキがひょいひょいと軽やかなステップでついてくる。肩の上で、小さくなった狼もどきが、くぁり、と何度目かの欠伸をする。
ふ、と。
マイナススタートなんかじゃなかったな、と思う。
一人だったあの頃とは違って、共に旅をしてくれる人、共に戦ってくれる人が、傍にいて。帰りを待ってくれている人もいて。
自分が生きた証が、この世界に増えて行く。生きていい理由が、増えて行く。
「ちょっと、お姉さん、にやにやして気持ち悪いよ」
「え!」
「おお、我も口を出そうと思っていたところじゃ」
「え!?」
「気持ち悪い…(ズーン)」
「あーあーあー、悪かったよ、そんな沈むなってばー」
年齢逆転の現象。耳がピコピコ動いている時は、面白いものを見つけた時か、困ってどうしようと思っている時です。今は後者。
さてさて、そろそろ第三章も終盤!




