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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ3.一難去らずにまた一難
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12.提案されました 後編

「お前はどうしたい」

「私?」

「お前が決めろ。お前の給金なら、一人を雇うことは可能だ」

「…えっと、そうなんです?」

 そういえば、自分の給金を知らない。確かに言われた記憶はあるのだが、普段意識しない所為か、忘れてしまった。しかし、カーダルがそう言うなら、違いないのだろう。

 カーダルの屋敷の使用人としてではなく、雛㮈個人の護衛として雇った方がいいという判断も、だから、疑問を抱くことは無かった。

 その上で、狐の子を雇うか。

 それはつまり、雛㮈の事情(危険)に巻き込むということでもある。

「一緒に戦ってくれます?」

「一緒に戦うんじゃなくて、オレがあんたを守るんだけど」

「それじゃ、嫌です」

 キッパリ言えば、狐の子はポカンとした後に、けらけら笑った。

「わかった、わかった。いいよ、一緒に頑張ろう。なんか、護衛じゃなくなっちゃったけど」

「はい!」

 ぱっと花が咲くように笑う雛㮈につられて、狐の子も年相応の笑みを浮かべる。

「…なんじゃ、二人だけで盛り上がって。我はまた除け者か?」

「狼さん。あれ、狼さんも…?」

「我も行く」

 駄々を捏ねる子供のような口調で言い、銀狼が身体を起こした。

「どうせ森に戻っても暇なだけじゃ。時間はあるしの」

「えっと、でも狼さんはお給料は…」

「お主の魔力を少しと、ブラッシングで手を打とう」

「魔力?」

 銀狼は「我の主食は魔力じゃからの」と言った。その言葉に、カーダルと狐の子がひどく驚いた表情をする。

「あんた、まさか精霊獣か?」

「いかにも。さあ、敬え」

 カーダルの言葉に、くくく、と笑いながら、銀狼は尻尾をぱたぱた動かした。

 精霊獣。雛㮈は記憶から引っ張り起こす。確か、長く生きた獣が、精霊化する現象だったはずだ。数は非常に少なく、ある地域では神聖化されて崇められる程だという。

「おお…狼さんって、すごいヒトだったんですね」

「…お姉さんの言い方だと、全然すごく聞こえない」

 狐の子の、脱力した声がした。銀狼はおかしそうに、「そうじゃぞ。だからお主より、この世界に詳しい」とくつくつ笑う。

「我はお主の魔力が気に入った。最近は、お主ほど純正な魔力を持っておるのは少ない。我は精霊獣。在りたいように在り、好きなように生きる。故に、我はお主についていく。気が向いたら力を貸してやろう」

 狐の子と違い、「雇ってくれない?」ではなく、「ついて行きたいから、ついてく。拒否権は無い!」というスタンスらしい。ある意味、清々しい程唯我独尊だ。

「それに、“あの状態”の精霊を鎮めたお主には、少しばかり、興味が湧いての」

「え?」

「見たじゃろう? 感じたじゃろう? あの、黒に支配された精霊を」

 狐の子が連れ去られる時に見た、あの彼らの様子を。

 雛㮈は思い出す。そう、そうだ。あれは、常の精霊には無い、禍々しさだった。

「精霊使いは、精霊と心を交わせるが故、精霊に感化されやすい。黒は他よりも強い色。お主がアレを鎮められたことに、我は“可能性”を見た」

「可能性?」

「…いずれ知るだろうさ」

 銀狼は、意味深にニヤリとした。

「思わせぶりに言っちゃって。やらしいのー」

 話についていけなくてブスくれた狐の子が、頬を膨らませながら、高貴な精霊獣の尻尾を踏んづけた。「きゃん!」と情けない声が上がる。

「な、何をするか小童(こわっぱ)め! 我をなんだと思うておるのじゃ!」

「精霊獣サマ」

 明らかに、馬鹿にしている。これ以上争っても、と思ったのか、銀狼は「ふん!」といじけたように顔を背けると、「とにかく我はついていくぞ」と宣言した。

「黒い精霊ってなんだ。お前、何をしたんだ? また何かしたのか?」

 カーダルが固い表情で雛㮈に詰め寄る。“何かしたに違いない”という前提ありきの詰問調だ。勢いに負けて頷きそうになるが、寸でのところで我に返り、必死に否定する。

「してないです!」

「そうじゃぞ。人間からしたら、些細なことじゃぞ」

「精霊獣からしたら?」

「快挙じゃのう。だからといって、今すぐ、何がどうということもない」

 さっぱり何のことか分からない。自分は、また知らない内に何かトンでもないことをしでかしたのだろうか。

 雛㮈自身は、魔法は別として、自分が特別な人間だとも、特別な力や魅力を持っているとも思っていない。それ故に、そんな心配や期待をされる必要など無いと、かなり本気で思っているのだが。

 若干、納得していないような顔をしながらも、カーダルは引き下がった。ホッと胸を撫で下ろしながら、それじゃあ、と改めて見渡す。

「改めて、みや―――むぐ」

「俺はダルだ。この阿呆は、ヒナ」

「…本名?」

「半々、だ。ただ、この場所でフルネームは言いたくない。後で伝える」

 まだ昼間で、人通りが多い。カーダルは、それを、警戒しているようだった。

 ふうん、と狐の子は気の無い様子で呟いた。

「オレはニキだよ」

「我はラルク。………さて」

 ラルクはすくりと四本足で立つと、雛㮈の足元まで来てポンッと音を立てた。もくもくとあがる煙の中から、手のひらサイズの獣が飛び出してきて、雛㮈の肩に乗った。もふもふの毛が首と顔に当たり、くすぐったい。

「このサイズの方が楽じゃの」

「…でもそれ、護衛になってなくないか?」

「我は護衛とは違う。気が向いたら助けるだけじゃ。その時が来たら戻るさ」

 と言いながら、でろーん、と力の抜け切った様子で肩に乗っかっている。確かに、護衛、とは呼べないかもしれない。

 可愛いから許してしまいそうだけれども。

 問題のある思考回路でそう弾き出しながら、「ずりぃ!」と暴れる狐の子、もといニキを、まあまあと宥める。

「戻るぞ。ハイキーたちも同じ宿にいる。顔を見せてやれ」

「あ、はい」

 三人とも、行きに偶然会っただけの自分のことを、随分と心配してくれたようだ。まあ確かに同行者が闇市に…となれば、流石に気にするか。

 それでも、不謹慎だけれど、嬉しい。

「早く」

「あっ、はい! すぐ行きます!」

 急かされて、慌てて一歩踏み出す。後ろからニキがひょいひょいと軽やかなステップでついてくる。肩の上で、小さくなった狼もどきが、くぁり、と何度目かの欠伸をする。

 ふ、と。

 マイナススタートなんかじゃなかったな、と思う。

 一人だったあの頃とは違って、共に旅をしてくれる人、共に戦ってくれる人が、傍にいて。帰りを待ってくれている人もいて。

 自分が生きた証が、この世界に増えて行く。生きていい理由が、増えて行く。


「ちょっと、お姉さん、にやにやして気持ち悪いよ」

「え!」

「おお、我も口を出そうと思っていたところじゃ」

「え!?」


「気持ち悪い…(ズーン)」

「あーあーあー、悪かったよ、そんな沈むなってばー」


 年齢逆転の現象。耳がピコピコ動いている時は、面白いものを見つけた時か、困ってどうしようと思っている時です。今は後者。

 さてさて、そろそろ第三章(レシピ3)も終盤!


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