11.提案されました 前編
カーダルから伝え聞いた通り、程なくして、騎士団が到着し、その場は完全に制圧された。捕まった面々は、ひとまず事情聴取の意味合いも含め、騎士団預りとなった。雛㮈もご多分に漏れず、狐の子と銀狼と共に、騎士団ノジカ支部へ連れて来られた。
一通り、自分が把握している限りのことを話す。途中、カーダルの名を出すと、騎士団員の背筋がピンと伸びた。カーダルは、それなりにお偉いさんらしい。そうでなければ、あんな大きな屋敷にも住んでいないか。それでも、これほど影響力があるとは思わなかった。少しばかり、認識を上方へ修正した。
事情聴取が終わると、「お疲れ様でした。もう帰って大丈夫ですよ」とにこやかに言われた。攫われた場所がここよりも遠い人間に関しては、騎士団がわざわざ送り届けてくれるらしいが、雛㮈の場合は事情が違う。
「カーダル様が、外でお待ちですよ」
「あ…ありがとうございます…」
なんだろう。この居心地の悪さは。
ビクビクしながら建物を出る。団員が言っていた通り、カーダルの姿をそこに見つけ、走り寄る。
「すみませ―――」
言葉を遮るように、ふわ、と目の前を精霊が横切った。緑色の精霊だ。確か、この子は―――。
『ありがとうなのー』
『助けてあげてありがとうなのー』
『あと魔力も貰ったのー』
ちゃっかり、食事も済ませていたらしい。大方、あの無造作に放っていた魔法をむしゃむしゃしていたのだろう。
『お礼のぎゅー』
『感謝のぎゅー』
『とりあえずのぎゅー!』
きゃあきゃあと抱きついてきた精霊に、囲まれた。前が見えない。丸いフォルムの至近距離は、視界を奪うのだ。
「………何をしてるんだ」
不審者を見るような声色だった。
確かに、精霊が見えないなら、一人でその場でわたわたしているようにしか見えないだろう。
「やっ、あのっ、ちがっ…ちょ、とりあえず離れてー!」
がしっ、と掴んで、顔面に張り付く一匹を引っぺがす。『いやーん』と言われたが、楽しげな声なので、多分遊んでもらっている感覚なのだろう。
その動作で、精霊の仕業だと気付いたらしい。カーダルの視線が、何かを探すように一瞬彷徨った。
「だっ、抱き着くの禁止!」
『え…!』
『ええ…!』
『えええ〜〜〜〜〜〜!』
なんでなんで! と精霊が短い手足と尻尾を、パタパタしながら騒ぎ始める。声が途端に悲しげになったので、雛㮈は、う…、とたじろいだ。
「………今は、だめ」
簡単に、譲歩。
『今だけ?』
『今だけ我慢すれば、いい?』
『うん、今だけー!』
『いつからいいー?』
『来年ー?』
『明日ー?』
『一刻後ー?』
このままいくと、一秒後には抱き着かれそうだ。雛㮈は「明日以降かな」と答えた。しかし、明日には彼らは今日の出来事だって忘れている可能性がある。あまり意味の無い約束だ。
それでもひとまず、一時的にでも、解放された。ぷはあ、と息を大きく吐く。暑かった。彼ら、何故か体温が高いのだ。
でも、この精霊たちがここにいるということは…。
「あ! お姉さん、いたーっ!」
「ん〜? ああ、本当じゃのう。くあぁ…」
元気いっぱいな狐の子が、軽い足取りで走ってくる。その後ろには、眠そうな様子でのろのろと歩く銀狼がいる。
「狐さんと狼さん」
「よ! なんだ、思ったより元気そうじゃん」
「我は眠いぞ」
遅れて到着した銀狼は、くあり、と大口を開けると、その場で丸くなった。
「お二人とも、どうしたんです?」
「ん? オレは、お姉さんがどうなったのか確認に来たんだよ。あんた、なんか危なっかしいし」
腰に手を当て、さも当然のように、狐の子は言った。橙がかった赤色の毛、もとい髪の毛が、ふわりと揺れる。
「ま、無事で良かったよ。オレ、最後は自分のことで精一杯だったし」
少し気に掛かってたんだ。と狐の子は言った。
「ごめんね。ありがと」
「いいって。それにオレ、純粋な気持ちだけで来たワケじゃないからさ」
「え?」
きょとん、として小首を傾げると、狐の子は、それまで無言を貫いていたカーダルに向き直った。あの時の優しい声は一切なりを潜め、今はいつもの不機嫌そうな仏頂面だ。
「オレ、腕前は自信はあるんだ。どう、お兄さん、オレを雇うつもりない?」
「はあ?」
カーダルが眉根を寄せ、何を言っているんだ、と言わんばかりの表情だ。雛㮈なら間違いなく怯む表情に、狐の子は二カッと笑う。この世界には、ツワモノが多い、と思う。
「今回お姉さんが攫われたのって、あんたが目を離した隙に…なんだろ? 目は多い方がよくない?」
遠巻きに、目を離したら何が起こるか分からない、と言われている気がする。もっとショックなのは、その言葉に対して少し考え込んだカーダルを見たことだ。
(そんなに信用ないのかな…)
いや、確かに、部屋に知らない人たちを招き入れてしまったり、舌の根も乾かぬ内に攫われたり、信用できる要素は今のところ無いのだが。
「それに」
これが最大のメリットだ、と狐の子は胸をムンと張った。
「兄さんじゃ、風呂場やトイレまでは入れないだろ」
入ったら変態だ。敵が来る前に、雛㮈が全力で魔法を放つだろう。
「お前、入るつもりなのか…?」
「トーゼン! だってオレ」
頭の後ろで両手を組んで、にんまり笑う。
「これでも女の子だから」
シン、と静まり返る。主に黙ったのは、雛㮈とカーダルで、銀狼は、くあり、と欠伸をしていたが。
「………え!?」
「あっれ、お姉さん気付いてなかったのかよー」
驚きの声を上げた雛㮈の様子に、呆れ気味の狐の子。彼、改め彼女は、服に手を掛けながら、言った。
「なんなら、脱ごうか?」
「だめーっ!」
雛㮈は慌てて、手を取ってその行動を全力で止めた。
「そんなの破廉恥です! だめです、よ!」
そのまま迫れば、雛㮈の気迫に少々身を仰け反らせながらも、狐の子は不思議そうに耳をぴこぴこさせた。
「減るもんじゃなしに…」
「減るよ! 減るの! すっごく大事なものが!」
「うぅ…音量を落としておくれ。眠れない…むにゃむにゃ」
「あ、ごめんなさい…」
謝った時には、銀狼は再び夢の世界には旅立っていた。力が緩んだ隙に、狐の子が雛㮈と距離を取る。
「で、どうよ。腕の立つ女の冒険者で、変に角が立つこともなく雇えるなんて、そうそう無いことだぜー」
嘘を吐いているようには見えない。
が、しかし、女の冒険者を雇うのは面倒なのか、と雛㮈は首を捻った。よく分からない。カーダルには通じているようで、彼はふむ、と呟くと、狐の子に訊ねた。
「………希望の給金は?」
「ひと月、2500イェン」
「良心的だな」
「命を救ってもらった分があるしね」
「住処朝飯夕飯付きで、2000イェンなら?」
「…それ、結構な破格だけど?」
うまい話で警戒心が高まったのか、狐の子は、ぐる、と唸った。
「別に。ケチになって裏切られるより、いいだろう」
「…ふうん。まあ、あんたらがいいなら、オレは貰うけどね」
給金については、それで手を打ったらしい。カーダルは息を吐き、真っ直ぐに雛㮈を見た。
「狼さんはなんで来たんです…?(寝てる…)」
「後で話すから…今は眠いのじゃよ…くあぁ」
ふあふあと眠そうに欠伸をする銀狼さん。そのうち、お腹を見せてゴロンと転がっていそうな勢いです。




