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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ1.精霊がいる世界
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03.屋敷に着きました

 その後、手錠を外され、カーダルと呼ばれた青年に引きづられるように歩き、馬車まで連れて行かれた。放り投げられるように、中に入れられる。ガン、と勢い良く扉が閉まった。

「い、たた…」

 見ると、先程打ったところ、それからカーダルに掴まれたところが、青痣になっている。酷いなあ、と思いながらも、憤りは覚えなかった。自分でも、国費で生活するだなんて不釣り合いな処遇だ、と感じているからかもしれない。ひょっとしたら、本当に牢獄に入れられるべきかもしれないのだ。…それはそれで、理不尽だ、と感じるだろうが。

「これから、どうなっちゃうんだろ」

 言葉にすると、それはますます、現実味を帯びた不安となった。

 王は、異世界人(かもしれない)の雛㮈に、常識外の能力を期待しているようだった。しかし、雛㮈はあくまで一般市民であって、特別な能力など何も無い。

 しかし、雛㮈を取り巻く環境は、『何の利益も生まない』と判明した時点で、大きく変わるだろう。

 なんとかなる。と楽観的には到底思えなかった。せめて今の猶予期間の間に、この世界の常識を知っておきたい。叶うならば、女一人で生きていく術を知りたい。

 …でも、そんなこと、できるのだろうか。

 う、と嗚咽を零す。我慢しようと思っていた涙が、どうしようもなく溢れて、頬を伝った。

『泣いている。どうして?』

 不意に、声がした。声に引き寄せられるように、視線を向ける。

『悲しいの? 辛いの?』

 “それ”は、宙を浮いていた。丸い形をした赤色のフォルム。ちょんとついている、丸くて小さい二つの目に、同じくらい小さい口。それから、お飾りか、と疑いたくなるほど小さい手足。

 雛㮈は泣くことも忘れて、呆然と“それ”を見た。思わず手を伸ばし、がっしりと掴む。ふにょり、とぬいぐるみのような柔らかい感触。これは、生きているのだろうか。よく見ると、手足よりも少し長い尻尾があった。掴まれた“それ”は、『捕まったのー』とあわあわしている。手足をバタつかせているが、当然大した効果は無い。和む。

 ふ、と思わず笑った。

『笑ったぁ』

 嬉しそうな声色。どうやら、敵意は無いらしい。

「貴方は、何?」

 不躾な質問だったにも関わらず、“それ”は嬉しそうに答えた。

『ぼくは精霊だよ。火の精霊。ね、すごい?』

 すごい、と問われても、分からない。

「私にとってはすごいことだよ。でも私、この世界の一般常識を知らなくて。貴方はその…一般的なものなの?」

『んー? どこにでもいるよ!』

 そう言って、踊るようにくるりと回った。ぽぽぽぽん、と同じ顔で同じ色をした彼らが出現する。思わず、目を見開く。

 個性は、あるのだろうか。あったとしても、見た目は全く一緒に見える。それとも、ずっと一緒にいれば、違いが分かるようになるのだろうか。ペットみたいに。

 悶々とする雛㮈の周りを、精霊たちはぐるぐるふよふよと回っている。

『あそぼー』

『あそぼうよー』

『あそばないのー?』

「え、えと…遊ぶ、って」

 具体的には、どんな。

 思わず訊ねると、元気のいい返事があった。

『火遊びー!』

「危険だよ!?」

 速攻で却下した。馬車が燃えたら大変だ。というか、逃亡の可能性有り、なんてレッテルを貼られて牢屋に舞い戻るなんて、嫌だ。うー、と残念そうに精霊が唸る。しょげて潤む瞳に、思わず絆されそうになるが、ぐっと我慢する。

「おい、何を騒いでいる」

「ひゃ!」

 背後の扉が、突然開いた。驚いて振り返る。

「ご、ごめんなさい。煩かったですか…?」

「妙な真似をするな。それだけだ」

「あ、でも…」

 カーダルは、雛㮈が何か言おうとしていることに気付いただろうに、黙って扉を閉めた。残念な気持ちになりつつ、顔を精霊の方へ向けると、彼らは跡形もなく消えており、あれは自分がストレスが溜まったために見た幻影だったのか、と雛㮈は思った。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 カーダルの屋敷は、想像していたよりも豪勢だった。煌びやかではないが、厳かな造りをしている。しかし同時に、冷たさも広がっているように感じた。

「お帰りなさいませ、カーダル様。そちらの娘が、例の…?」

「ああ。このままうろつかれても迷惑だ。まず着替えさせろ」

「御意に」

 カーダルを出迎えたのは、六十は超えているであろう男性だった。彼はしずしずと頭を下げると、こちらへ、と雛㮈を先導した。

 部屋に通されると、程なくして、侍女とおぼわしき女性が数名現れた。揃いも揃って、無表情で世話をしていく。湯浴みに入れると言われ、服を剥ぎ取られた時には抵抗したが、数の差によって為す術もなかった。湯に入ることくらい、自力でできるのに。それから、自分がこれまで着たこともないようなドレスを着せられる。事務的にそれら全てを終えると、彼女たちは部屋を出て行った。

 こんな生活が、ずっと続くのだろうか。雛㮈は来て数十分で気が滅入りそうだった。急に息苦しくなって、窓を開け放つ。新鮮な空気が雛㮈の頬を撫でた。

「きれい…」

 夕陽が落ちるところだった。屋敷からは、広い街が見えた。それを優しい赤が包み込んでいる。美しい光景だ。しばし、魅入った。




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