08.立ち向かいます 前編
「………なるほど。貴方がたは、三人でただ逃げ出している訳ではないということですか」
優男は、雛㮈たちの視線を追って、その先を確かめると、ふ、と笑った。
「狙いがバレバレじゃのう」
「うるっさいな! お姉さんが大声出すからだろー!」
「あ、そうですよね。ごめんなさい」
「あーっ、謝るなよ! 調子狂う!」
じゃあ、と雛㮈はにへらと笑う。
「汚名返上できるように、頑張ります」
直後、豪風が吹き荒れた。優男ばかりか、後ろから迫っていた男の集団を全て巻き込み、後ろに飛ばす。優男はその場に踏ん張っていたが、前に進む余裕は無さそうだ。
その好機を逃さず、狐の子が踏み込み、鋭い拳を放つ。
「ふっ―――」
気合いの入った一撃は、かするだけに終わった。風を利用して後ろに飛んだ男は、そのまま撤退を始める。雛㮈は慌てて、風を止めた。でないと、利用されそうだ。
「逃がすか!」
狐の子が追う。優男が投擲した刃を、雛㮈が魔法で弾いた。それを信じているのか、一切防御をせず最高速度で迫った狐の子は、再度拳を振るった。が、やはり実力差、あるいは体格差があるのか、かするだけに終わる。しかし、鍵のついたベルトを切ることはできた。
じゃらららん、と廊下に鍵束が落ちる音がした。それを取ろうとした狐の子を、優男が一閃する。
「きゃんッ!」
「狐さん!」
足を斬られたようだった。動こうにも、動けない。がるる、と威嚇する狐の子を見下ろし、「折角の目玉商品が」と嘆きながら、優男が剣を振り下ろした。
慌てて防御魔法を掛けようとしたが、間に合わない。
「があっ!」
光の衝撃波が、優男を横から弾き飛ばした。
「…思いがけず早い出番じゃった」
前足を舐めながら、銀狼がぼやいた。一瞬呆気に取られたが、すぐに我に返り回復魔法を唱える。狐の子は、治りきる前に動き、鍵束をがっしりと掴んでいた。なかなか根性がある。
「よっしゃ取ったー!」
言いながら、バックステップで下がる。雛㮈は改めて、防御魔法を掛けた。
「えっと、どうしよう。逃げます?」
「追い掛けてくるんじゃね、あいつ」
「なら、風の魔法で足止めしますか?」
「…上にバレるぞい?」
顔を見合わせる。
「それは嫌ですね。でも…」
「今更じゃないか?」
「一理あるのう」
ここまで暴れに暴れておいて、バレない、という方がおかしかった。再度顔を突き合わせ、悩むこと一秒。
「えい」
風の魔法、最大出力。
そして、全力で走って逃げる。
「お、お二人とも、はや、速いです!」
「お姉さんが遅いんだよ」
「獣の足と人の足では、仕方ないことじゃのう」
獣の血が流れる二名は、余裕の表情だ。ぜぇはぁ、と肩で息をする雛㮈に、仕方がない、と銀狼が戻ってくる。
「我は今、体力不足だというのに…」
大型犬ほどだった銀狼が、三倍ほどの大きさになる。乗りな、と促され、おずおずと跨る。…馬よりも乗りやすい。
「わ、わ!」
急に動き始め、おろおろしていると、見かねた銀狼から、アドバイスを賜った。
「首に手を回して、上体を伏せた方が良い」
言われた通りに、身を屈めると、風の抵抗が弱くなり、なんとか体勢を整えることができた。こんな時に思うことではないが、もふもふで気持ちいい。
元来た道を戻り、檻のある部屋に入る。後ろから、大勢の人間が走ってくる音がする。雛㮈は廊下に面した壁一帯に、強固な防御魔法を掛けた。
(ふわふわだ…っ、もふもふ、だ! うわあ、うわあ、撫で回したい…!)
(何かとても邪な気配を感じるのう…)
銀狼さんは、自らの危機を正確に感じ取っています。
ふわもこ大好きな雛㮈さんには、銀狼さんの毛並みは最高級です。




