07.協力しましょう
半ば以上偶然に檻から出ることができた雛㮈は、さてどうしよう、と首を捻った。マスターキーとやらを手に入れなければ、この檻は開けられないらしい。…もしくは、雛㮈が全ての檻を壊すか。現実的に可能だろうか。見当がつかない。
そもそも、こういった場面でどう行動していいか、雛㮈は分かっていなかった。
助けて、と懇願するような目を向けられ、雛㮈はますます困った。
「…お主だけでも逃げる、という選択肢もあるさ。危険を冒して鍵を手に入れる義理は無い」
銀狼が告げた。周囲は、そんな…、と非難の声を上げる。
「お主ら、“偶然”檻から出られたとして、全員を助けられると思うか? 助けたい、とは思うじゃろうが」
のう、と問われると、全員が押し黙った。シンと静まり返る。
「私は」
声を発するには、勇気が要った。
「…できる限りのことを、したいです。でも、私、こういう時にどう行動するべきなのか、分からなくて」
雛㮈は、銀狼の前に膝をついた。
「どうか、私に力を貸してください。貴方は、私よりも、この世界を知っているから」
銀狼は、値踏みするように雛㮈を見つめた。その視線に臆さずに、見つめ返す。
「何故、そこまでする?」
「…ただの自己満足です」
正義感ですらなく。
宮古雛㮈は、この世界で生きる理由を見つけたくて、今、できることを、見つけようとしている。
「………。よかろう。我としても、ここで朽ちるのは本意ではない。利用させてもらうぞ、娘よ」
「はい、よろしくお願いします」
第一段階をクリアしたような気持ちで、雛㮈はへにゃりと笑った。
「まずは、我と…それからそこの狐を解放できるか? 我は知恵と多少の戦力を提供できる。そこの狐もこの中では戦力になるだろうよ。のう、いいかの、狐の子よ」
「………。助けてくれるなら、恩返しくらいするよ」
狐の子は、少しいじけた顔で答えた。
「でもあいつらだって、自由の身だったら、一人でなんとかできたんだ」
「そうかそうか。ならば好都合。期待しておるぞ」
銀狼は、狐の子を窘めるように、言った。やはりこういった部分は、年の功、だろうか。
雛㮈は魔力を集中させる。先程よりも扱いやすい。あの檻が魔力を吸っていたというのは、本当のようだった。…ああ、だからあんなにクラクラしたのか、と思い当たる。檻の外に出ると、空腹感は当然あるものの、フラつく感覚は治まってきた。
バキ、と檻が壊れる。自由の身となった狐の子は、ぴょんぴょんと跳ねて、自分の身体を確かめた。同じ要領で、銀狼の檻も壊す。
「さて、まずはこのフロアの責任者を潰そうかね。上に連絡を取られては嫌だしの。それにあるいは、鍵も持っているかもしれない。まさか檻の鍵がマスターキーのみなんてことは無かろう」
「な、なるほど」
「オレは鼻が効くから、前方から誰か来たら、分かるよ」
任せるがいい、と尻尾を一振りした狐の子に、ありがとう、と返す。
前衛型の狐の子に、後衛型の雛㮈。銀狼は体力不足であまり動けないらしいが、前衛・後衛どちらもOKらしい。
連携を取ることができれば、それなりにやっていけそうだが、戦闘に不慣れな雛㮈が上手くやれるか、不安である。
場合によっては単体で戦う方がいいかものう、と銀狼は言った。
「よし、行きましょう」
気合いを入れて、部屋を出ようとした雛㮈を、慌てて狐の子が止めた。
「ちょ、オレが先じゃないとダメだってば!」
「そ、そっか! ごめんなさい!」
「………なあ、大丈夫なの、この人」
「………実力はあるじゃろう」
銀狼と狐の子がヒソヒソしながら、雛㮈を見ている。居た堪れない。顔を赤くしながら、「早く行きましょう! 早く!」と急かす。
緊急事態だというのに、緊張感が無い。無いというか、消えた。
狐の子、雛㮈、銀狼の順で、前に進む。雛㮈は恐る恐るだったのだが、狐の子は特に気にした様子も無く、ズンズンと進んでいく。
「…すげぇビビッてるけど、ほんと、大丈夫なのか?」
「だ、いじょうぶ…」
「ほんとかよー」
疑いの眼。カーダルにもこんな眼を向けられたな、と思う。そうすると、少し力が出てきた。絶対に、認めてもらうのだ。
「うん」
力強く頷く。
「なら、………待って、なんか臭う」
くん、と鼻を動かす。
「さっきの奴らと同じニオイだ」
つまり、倒すべき相手である可能性が高いということだ。
廊下の曲がった先にいて、こちらに向かって来ている、とのこと。
「オレが行くよ」
狐の子はそう言うと、とん、とん、と軽やかな足取りで走って行き、角を曲がった。
「な、」
上がった男の声の後、殴打する音が響いた。一瞬の出来事だった。
「もう来ていいぜー」
ぱん、と手を打った狐の子は、にかり、と笑い、らくしょー、と言った。
「想像以上に強いな。精霊の加護があるからかの」
銀狼がぽつりと呟いた。
「精霊の加護…ですか」
「…お主も、凄まじいのう」
空恐ろしい程じゃ、と称されて、苦笑する。恐ろしい程の力が無かったら、今頃幽閉されたままだっただろう。こんなところで人助けだってしていなかったに違いない。
その後の敵も、あらかた狐の子がやっつけてしまったので、雛㮈はついて歩くしかやることが無かった。
「この調子なら、案外サクッと行くんじゃねえのー」
へへ、と狐の子が笑う。
「そんな風に高を括っておると、足元をすくわれるぞ」
銀狼が窘める。雛㮈も、うんうん、と頷いた。上手くいくかもしれない、と思った時ほど怖いのだ。実体験として。
現に今、こうして捕まるはめになったのだから。
「二人とも、慎重過ぎだよ」
「でも多分、慎重じゃなかったから、捕まったんじゃないかなって思いますよ。私たち全員」
「我は違うぞ。変なものがあるから、面白半分で近付いたら罠だったのだ」
「そういうのを、軽率と言うのではないかと」
「そういうお姉さんはどうしてだよ」
「怪しい人がいるなって思って、話をしていたら、捕まりました」
「馬鹿なの?」
「阿呆じゃのう」
少なくとも狐さん、貴方を捕まえた相手は私と同じですよ。という言葉は飲み込んでおいた。
「とにかく、私、もう怪しい人には話し掛けないことにします」
「オレも次から即行逃げる」
「我は罠を破る力を身に付けるかの」
銀狼は、反省の色が見えなかった。もう、と思いながら、三人は曲がり角を折れ、―――人攫いと再会した。
「あれ!?」
雛㮈は狐の子を見る。狐の子は、お茶目な顔で、てへ、と笑った。
「わり、会話に気を取られて注意払うの忘れてた!」
「えええ!?…って、きゃあ!」
反射的に防御魔法を展開する。ガキィィィン、と金属音が響く。あの優男風の男が、顔色を一切変えず、抜き身の剣を扱っていた。剣を振り下ろされたのは、初めてだ。
「危ない! 本物だよ、これ!」
「はあ!? あったりまえだろ!」
「で、ですよね!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、その声で敵を呼び寄せてしまったらしい。初めは三人程度だったのに、十人程いる。
「増えた!」
「…お主らが騒ぐからじゃろ」
銀狼が、ジッと二人に見た。氷のような眼差しに、冷静になる。
「どうする、個別でやる?」
「いえ、先程まで狐さんの動きを見ていたので、大丈夫です」
合わせます。
答えると同時に、度重なる攻撃の手によって、防御魔法にヒビが入る。
「狼さんは、後ろに下がっていてください。どうしようもなくなったら、お願いします」
返事を聞く前に、防御魔法が割れた。甲高い音が響く。スタートの合図だ。
狐の子が、風のように走る。周りを囲った者を、雛㮈が魔法で一掃する。狐の子は、鋭い足技をリーダー格の男に振るった。当たる直前に、男はその場から飛び下がる。追い打ちを掛けるように、雛㮈が火の魔法を放った。急な攻撃にも男は動じず、ひらりと避ける。
「…ひとまず、周りのやつは蹴散らしたけど」
「後ろからぞろぞろ来ますね」
このまま交戦しても、そのうちこちらが不利になるか。別段勝ちたいわけでもない。退却も考えた雛㮈の目に、キラリと光るものが見えた。
「あ!」
「っ、な、なんだよ! 急に大声出して!」
狐の子が肩を震わせた。
「や! 腰! 鍵!」
単語だけの言葉だが、狐の子も分かったのだろう、「あ!」と声を上げた。
人攫いの男の腰についている、鍵束。もちろん、別の場所の鍵である可能性もある。しかし。
「探していたものかもしれぬのう」
銀狼が舌舐めずりをした。
人攫いさんと会う前の長閑具合は、まるでピクニックに向かうようでした。(危機感!)




