06.連れ去られました
ブックマーク、ありがとうございます!
ひとり、きゃーっ、と喜んでおります笑
拙い物語ですが、お付き合い頂けますと嬉しいです♪
「う…」
呻いて、覚醒した。灰色の天井を見て、思う。デジャヴだ。
しかし、前回の牢屋で起きた時と違うのは、天井が非常に近く、いる場所も非常に小さいことだ。両手すら完全に伸ばしきれない。
というよりも。
これは、牢屋ではなく、檻だ。
腹が痛い。殴られたところだ。さすりながら、上半身を起こす。
「…マイナススタートに振り戻った」
しかも、マイナスの値が更に大きくなっている。
思わず自嘲気味に呟くと、それに反応するように、ガタッ、と地面が動いた。よくよく気にすると、小刻みにカタカタ揺れている。最後に見たあの馬車なのかは分からないが、どうやら動く“何か”の中にいるらしい。
ようやく暗闇に慣れてきた目で、周囲を見渡す。鉄格子の檻は、他にもたくさんあった。中に入っているのは、これまで見たことも無いような生き物や、…雛㮈と同じく、人間もいる。汚れきっているものから、やけに綺麗なものまで、様々だ。精霊に囲まれている子もちらほらいる。
「あ」
先程の精霊を見つけた。見分けは明確に分からないが、本能的に、あれだ、と思う。
その精霊に囲まれていたのは、朱の髪をした子供だった。通常と違うのは、大きな獣耳と、獣を思わす鼻がついていることだ。先っぽが黒い。狐みたいだ。驚いたが、そういうものか、とすぐに納得する。剣と魔法の世界だ。半獣がいても、おかしくはない。
彼、あるいは彼女。ボロ雑巾のような格好をした小さい子の性別を判断する手段は無い。
すすり泣く声すら、聞こえない。シンと静まり返った異質な空間。
「あ、あのぉ〜…」
恐る恐る、声を発する。
「これ、どこに向かっているか、ご存知の方、いますか?」
「…ノジカ街の闇市よ。あたしたち、皆、売られるのよ!」
どこかから、わっと泣く声がした。つられるように、そこらかしこですすり泣く声がする。
ノジカ街の闇市。
『ノジカ街は、最近ヤベェって話よ。噂によると、近く巨大な闇市が開かれるって話だ』
ハイキーの言葉が蘇る。
まさか自分が商品側になろうとは、想像していなかった。参った。
カーダルは、自分を探しているだろうか。心配を掛けている…のかは分からないが、面倒に巻き込んでいるのは確かだった。これで更に、心の距離が空きそうだ。
不思議と、この先どうなってしまうんだろう、とか、助かるんだろうか、とかは思わなかった。
捕まったことは確かだけれど、悲観的にはならなかった。
アイレイスは言った。魔法使いは、その場において圧倒的であるべきだ、と。
自分には、その力は無い。けれど、手を出させない自信はある。イザとなったら、ひと暴れして逃げよう。…問題は、その後うまくカーダルと合流できるか、だ。
けれど。
泣き声に、眉を寄せる。ここの人たちを、見捨てることもできない。
ふう、と息を吐く。今は耐えよう。もしかしたら、カーダルが闇市関連だと気付き、ノジカ街で開催場所を突き止めるかもしれない。大規模な闇市だと言っていた。ならば、開催場所も限られてくるだろう。
ばくばくいう心臓を落ち着かせる。
「大丈夫、大丈夫…」
目をぎゅっと閉じ、唱えた。
⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎
食事は、申し訳程度に出された。死なないように、という考慮だろう。死んだら価格は落ちるだろうから。しかし、全く足りない量だ。元気になりすぎて、反抗されることを避けたいのだろう。
雛㮈も、空腹で頭がボーッとしたきた。まともにものが考えられない。時々少量が出される食事が余計に、空腹を煽る。
(捕まってすぐに、逃げた方がよかったかなあ…。でも、それじゃあ…)
くらくらする。腕を上げるのも億劫だ。ふ、と息を吐く。いったい、今はいつだろうか。暗闇の中では、時間感覚も分からない。食事が運ばれて来たのは、三回だ。ならば、三日経っているということだろうか。途中、馬車から運び出された。会場入りしたのだろうか。それとも、一時的な保管場所か。
そういえば、闇市がいつ開催されるかも、分からない。いつまでこんな生活なのだろう。…売られる際に、無事に逃げ仰せられるだろうか。さすがにここまで力が入らないと、不安になってくる。
四回目のご飯は、少し豪華だった。本当に、ほんの少し。けれど、明確に示すように。それは善意か、それとも別の理由なのか。
「…最後の晩餐?」
喜ぶべきか、悲しむべきか、微妙なところである。ゆっくりと咀嚼して、嚥下する。大事に大事に、口に含みながら、雛㮈は、覚悟を決めていった。
食事が終わると、捕まった人たちの息遣いだけが、響いていた。
みんな、本能的に、明日なのだ、と気付いている。狐の子は、ずっと寝たままだ。死んでいるのではないかと不安になるが、男が棄てないところを見ると生きているのだろう。
「大丈夫、大丈夫…」
雛㮈が唱えた言葉は、思い掛けず、大きく響いた。
「大丈夫なわけないじゃない…」
誰かの、消え入りそうな声が聞こえた。
⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎
「―――!」
声が聞こえる。ぐわん、ぐわん、と。
「―――よ!」
近付く。近付く。近付いていく。
『起きて』
『あの子を助けて』
『約束したもの』
『約束、果たされナイの?』
約束。そうだ。
黒に染まる精霊。それは、阻止しなければ。だから。
『そンナこと、許サない』
―――だめ!
「嫌だ! やめろってば!」
ぱちり、と目が覚めた。周りは、恐怖の面持ちで、声の主を見ている。こんなに元気な声、久々に聞いた。そんな場違いなことを考えながら、雛㮈もそちらに目を向ける。
狐の子が入っている檻が、乱暴に運ばれているところだった。声の主は、いつの間にか起きたその子のものだ。周りの精霊が、その悲痛な声に、心を痛め、怒っている。そして、雛㮈に期待を寄せている。
止めなきゃ。
倒れ込んだ体勢から、なんとか、上半身を起こす。切れそうな集中力を振り絞り、魔法を唱えた。
「いぎっ!?」
檻を運ぶ男が、身体を震わせて、崩れ落ちた。雷は、上手く彼だけに落ちたようだ。ほっと安堵する。
突然の事態に、周りがざわめいている。
「娘、お主がやったのかい」
声は、銀狼から聴こえた。ビックリして瞬きをするが、やはり銀狼の姿は変わらない。この世界では、獣も喋るらしい。
「この檻は、魔法さえ効かぬはずだが。そうさ、我でさえ、この忌々しい檻の所為で出られぬ。お主、何者じゃ?」
「…人より魔力が高いだけです」
答えれば、疑いの眼を向けられた。本当にそれだけか、と問われている。
「この檻は、魔法が効かないんですか?」
「ああ。正確には、吸収してしまう。そういうものさ」
ふむ、と雛㮈は頷いた。その時である。奥のドアが開いた。
「おい、何をちんたらしてるんだ。さっさと商品を………あ?」
彼は、檻の前で倒れる男を見て、訝しげに眉を寄せた瞬間、地面から生えた蔦に巻きつかれ、四肢の自由も、喋る自由も奪われた。
「一度ならず…」
銀狼が驚いているのを無視して、雛㮈は男に訊ねる。数日に渡る栄養不足で、頭がくらくらするが、無理に押し殺す。
「檻の鍵はどこですか?」
男は青褪めさせて、顔を横に振った。教えられない、なのか、知らない、なのか。仕方なく、口の蔦を取り払う。
「し、知らないんだっ。俺たちは、ただ雇われてるだけで…!」
「なら、誰なら知っていますか?」
「お、オーナーだ! オーナーなら、マスターキーを持ってる!」
オーナー。ハイキーの話では、闇市を主導している人物だろう。
「た、頼む、俺は正直に話したっ、殺さないでくれぇ!」
大袈裟な、と思ったが、すぐに思い直す。確かに、この生活を強いた人間を殺したいと思うヒトは多いだろう。雛㮈は、少し考えてから、蔦の猿轡を戻すだけに留めた。ふーっふーっ、と暴れようとする男に、心の中でごめんなさいと謝ってから、眠り草を嗅がせる。
もしもの時のために、とアイレイスが教えてくれた魔法が、こうも早く役立つ時が来るとは。苦笑。
さて。
どうしよう。
檻から出られなければ、こうしてひたすら、来る者を倒していくしかない。三人目、四人目…と倒していき、積み重なっていく。もうすぐ二桁になろうというところで、バキン、と音がした。
「あ」
雛㮈の檻が壊れた。おそらく、雛㮈の魔法に耐え兼ねて。
「…お主、本当に何者じゃ」
銀狼が、呆れたように息を吐いた。
「これ、私、弁償の必要が…?」
「しなくていいじゃろ。攫われて金まで払う気かい?」
「払いたくないですー」
壊れた檻は放置することになりました。




