05.職を見つけるのも大変です
みなさまのおかげで、25話まで書き進められました!
これからもがんばります!
「今回は嬢ちゃんのお陰で命拾いしたわ。休んどる間に精霊風に晒されたら、ひとたまりも無かったしな」
かかかっ、とハイキーが大口を開けて笑う。
「こんなもんじゃ足らんけど、お礼だ。遠慮せんで食べり」
そう言い、彼らは雛㮈とカーダルに、昼食を振る舞ってくれた。携帯食料のアレンジ料理なので、すこぶる美味しい訳では無かったが、疲れた身体に染み渡る少し濃い目の味付けに、舌鼓を打つ。
「それにしても嬢ちゃん、杖持ってる割に、なかなかすごいのな」
「でも精霊風を確認しとる時、使っとらんかったに」
「あ…元々、杖無しで魔法は使えるんですけど、持っていると安心して…」
けれど、杖持ちは初心者と侮られて、襲われる危険性が高まるらしい。どうしたものか。うーん、と唸ると、「いっそ杖持ちだからと油断しとるところを叩く! ってスタンスで行けば?」とハイキーがニヤリとした。騙し討ちをする、ということだろうか。
「なあ、兄ちゃんはどう思う?」
「…それで良いんじゃないか」
どの道、あまり信用していない。
と、顔に書かれている気がする。先程は褒めてくれたのに、この変わりよう! もう少し信頼を置いてくれても、と思わないでもない。
「ま、嬢ちゃんが危険な目に遭った時にゃ、兄ちゃんが助けてくれるで、大丈夫だわ」
「は、いえでも、あの…」
できれば馬鹿にされる前に自分で窮地を脱したい。いや、そもそも、窮地に追いやられる事態を減らしたい。
それに。
視線を泳がせている雛㮈に、視線が集まる。言おうか言わまいかで迷っていた雛㮈は、退路を絶たれた気持ちになり、仕方なしに口を開く。
「あの、イザという時に仕事にできるものを探していて…。ご、護衛だったらどうにかならないかな、って。…その時には、杖無しで、こう、堂々としてなきゃ、なんですよね」
「………護衛? 嬢ちゃんが?」
「はいっ」
にこ、と雛㮈は笑った。
「えっと、次の街までは、あと半日くらいなんですよね」
「…そうだが。大体その街で中間地点だかんな」
「はい。なので、一日馬車に対して防御魔法を掛け続けていれば、私でも護衛が勤まるかな、て」
一拍後、ぶはっ、と思わず吹き出したような笑い声が響いた。その中で、カーダルだけがいつもの、否、いつもよりも不機嫌そうな仏頂面で、佇んでいる。
「嬢ちゃん! そりゃあ無理がある。防御魔法はそんなに長続きしないわな。それこそ、王宮の上級魔法使いでも無い限り!」
王宮の上級魔法使いというと、アイレイスのことだろうか。雛㮈はこてん、と首を傾げた。確かに、アイレイスなら集中力も程々にやってのけそうだ。自分なら、集中していないと、少し不安。
でも、そうか。
雛㮈はひとつ学んだ。護衛をやるにしても、「こいつは強そうだ」と思われることが大事なのだ。ひよひよの雛㮈を見て、命を預けたいと思うだろうか。いや、思うまい。
人生、ままならない。
がっくりと肩を落とすと、カーダルがその肩に手を置いた。
「お前、常識もままならない癖に、無理を言うな。せめて自分の世話をできるようになってから言え」
「うぅ…」
仰る通りだった。
まだまだ、憶えることも、慣れなくてはいけないことも、たくさんある。…それにしては、雛㮈が新しいことに触れる機会は、あまりに少ない気がしているが。
ハイキー達の笑いが治まった頃を見計らい、出発となった。
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その後はさしたる問題も無く、夕刻、無事に街に着いた。街というよりも、素朴な町、あるいは村に近い。
長閑そうなところだな、というのが第一印象だ。
馬車を停め、馬を馬小屋に連れて行く。手持ち無沙汰になった雛㮈は、独りぽつねんと立っていた。
ノジカ街に行くのは、この道が一番近いらしく、周りには旅装束の人も多い。ゆるゆると視線を動かしていると、遠くから小さく悲鳴が聞こえた気がした。
「………?」
なんだろうか。先程の声を頼りに、その方向に歩いていく。
特に、どこかでトラブルが生じているようではない。
(でも、今、確かに…)
「どうかされましたか?」
「ひゃっ」
背後からの声に、慌てて振り向く。優しそうな顔をした、薄目な男性がいた。どうかされましたか、だなんて。相当不審な行動をしていただろうか。思わずソワソワしてしまう。
「いえ、特に―――」
ぞくり、と肌が粟立つ。
男の背後には、馬車がある。ハイキーのものではない。目の前の男のものだろう。その周りを、精霊が飛んでいる。いつもの穏やかな様子ではない。
『大丈夫? 大丈夫?』
『ぼくたちの大切な子』
『起きて? ねえ起きてー?』
心配する精霊。その傍らで。
『ぼくタチの大切な子』
『手を出しタ』
『許サナい』
手足の先が黒くなった精霊が飛び交っている。ならば、先程の悲鳴は。
必死に平静を装いながら、雛㮈は男に訊ねた。あの精霊を放置していたら、いけない気がする。
「あの…お兄さんも、ノジカ街に行かれるんですか?」
「ええ、そうですよ」
「馬車…商人さんですか?」
「ええ」
これも肯定される。穏やかな物腰に絆されそうになるが、しかし、ここで引き下がる訳にはいかなかった。
「…何の商人さんなんですか?」
それまで、スラスラと答えていた男からの返事が無い。不安げに精霊を見ていた雛㮈は、男に一歩距離を詰められたことに気付けなかった。
彼はそのまま、“非常に手慣れた”自然な動作で、自身の拳を雛㮈の腹に放った。強い衝撃が、雛㮈を襲う。
カラン、と手から杖が滑り落ちる。
「―――ぁ」
息が詰まる。
急速に薄れて行く意識の最後、雛㮈は語り掛けた。
「……だめ」
だめだよ、と。
(……私が、なんとかするから。貴方たちの大切な子も、私のことも。だから、“手を出してはだめだよ”……)
その想いは届いただろうか。理解する前に、ブラックアウトした。
『いっちゃった…』
『いっちゃったよ…』




