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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ3.一難去らずにまた一難
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04.精霊風から逃げます

 馬車はガタガタと揺れるが、快適だった。なにせ、(カーダルに対して)気を張らなくていい。

 御者であるチク(だと教えてもらった)の隣に、カーダルは陣取っている。もしものことがあった時のため、らしい。雛㮈は荷台側で、ちょこんと体操座りをしている。タク(チクじゃないから、多分タク)は荷台の後ろで、見張りを行っている。だから、荷台には、雛㮈とハイキーがいるだけだ。

 ちら、と窺うと、ちょうど目が合った。

「嬢ちゃん、そんなに怯えんでも…って、無理だわな」

「あ、や、そ、そんなこと…」

 ぎゅ、と杖を抱き込んで答える。行動と言動が噛み合っていない。

「ご、ごめんなさい。あまり…その、旅にも慣れていなくて…。悪い方だとは、思ってないんですけど」

「や、そこは疑った方がいいかんね(からね)

 今後の為にも、とハイキーは苦笑した。意外と世話好きなようだ。

 そんなハイキーの近くには、火の精霊が一匹、きゃー、と擦り寄っている。基本的に善悪の区別が人間とは違う(というか、あるのか謎)精霊ではあるが、彼らが懐いているということは、少なくとも根っからの悪人ではないのだろう、と雛㮈は判断していた。チクとタクも同様だ。彼らは擦り寄られることは無い代わりに、たまに叩かれている。不憫な。

「嬢ちゃん、魔法使いなんか(なのか)?」

「あ、はい。新米ですけど…」

「杖持っとるってこたぁ、そうだとは思っとったけど」

 胡座(あぐら)をかいたハイキーは、あんな、と雛㮈を真剣な目で見る。

「新人魔法使いの女の子、って結構危険だと思うで、気ぃ付けりぃよ(なよ)。力が無いと見られて、連れ去られるかもしれんでな」

「…じ、人身売買的なもの、ですか?」

「的なものっつか、そのものだわなぁ」

 そのものだった。昨晩のカーダルのお叱りが、真実味を帯びてきて、青褪める。怯える様子に気付いているのか、ハイキーは更に言葉を重ねる。

「俺らはこれでも商人だで、情報はそれなりに入ってくんだけどな、ノジカ街は、最近ヤベェって話よ。噂によると、近く巨大な闇市が開かれるそうな」

「闇市…」

 パッと思い当たらないが、よくない響きなのは分かった。小説で読んだことがある、違法に手に入れた物品(ヒトも含む)をやり取りする、アレだろうか。

「その、ノジカ街は、治安が悪いんですか…?」

「このご時世、どこも同じようなもんだけん。でも、最近のノジカ街は、妙な奴が君臨しちまったようでよ、闇市もそいつが主体で動いとるって話だわ」

 ひそひそと声を潜めながら言ってから、ようやく雛㮈が怖がっていることに気付いたらしい、がははは、と今更取り繕うように笑った。

「まあ普通に生活しとったら大丈夫だわな。不安なら、兄ちゃんの傍から離れんようにしんよ(しなよ)。…気を付けるに越したこたぁ無いが」

「気を付けます…」

 気を抜かないようにしよう。ここで死んだら堪ったものではない。杖を持つ手を震わせながら、雛㮈は涙目で誓った。

「でも、ハイキーさんは、何故この話を私に…?」

 そんなに長い付き合いでもないのに。

 小首を傾げる。親身に話をしてくれたからなのか、恐怖心は薄れていた。我ながら、現金である。

 彼は、それを訊かれたことが予想外だとも言わんばかりに、吊り目を丸くさせる。それから、二カッと笑った。

「いんや、また嬢ちゃんが兄ちゃんに怒られたら不憫だもんでな」

 すごく、気を遣われていた。

「兄貴ー。そろそろ休憩にしやしょう」

 チク、もしくはタクが叫んだ。

「おう。嬢ちゃんはちょっと待ってな」

 ハイキーは立ち上がると、雛㮈の頭を、ぽんぽん、と撫でた。やはり、子供扱いだ。頭に手を置きながら、口を尖らせる。前方で、ハイキーがカーダルと話をしている。

 言われてみたら、お腹が空いた、ような気がする。宿屋の朝食は、味付けも何もかも違うのに、お母さんの味がした。

 美味しかったなあ、と思う。

『美味しそうなの…』

「そう、美味し…え?」

 見ると、精霊がみな、ソワソワしている。これは、どういう反応だろう。まさか雛㮈の思考を読み取った訳ではあるまい。

『美味しそうな香りがするー』

『野性的。それもまた美味なりー』

「?」

 何のことか、サッパリ分からない。思考を巡らせる。精霊たちが食べるものは、魔力だ。その香り?

「…どこからするの?」

『うーん、あっちー?』

『うん、あっちー』

 あっち、とは、どっち、だろう。小さい手で必死に示しているらしいが、ふよふよ浮いているのもあって、分からない。ううん、と雛㮈が唸ると、精霊たちは嬉しそうに踊り始めた。

『たくさんするのー』

『たくさんするねー』

『分けてもらうー?』

『そうするー?』

『そうしよー』

 ふよふよ、ふよふよと浮きながら、馬車の後方へ移動していく。雛㮈は首を傾げながら、その後に続いた。馬車の後ろに身を乗り出すと、タクが、「おおっ?」と驚いた声を出した。

「嬢ちゃん、どうした。危ないから下がっとってなー」

「あ、ごめんなさい。ちょっとだけ…」

 断りを入れ、胡乱げな顔をするタクに、愛想笑いをする。精霊たちが飛んで行った方向を見ると、馬車以外のところにいた精霊も、みなふわふわと集まって行く。これは、尋常ではない。

 遠視の魔法を唱える。突然の魔法陣に、タクが驚いた顔をした。

「な、なんしとん!?」

「ええ、ちょっと…」

 先を、もっと先を。まだ見えない。精霊が群がる場所。―――見えた。

「………なに?」

 見えたけど、何か分からない。精霊に訊きたくとも、彼らはもう近くにはいない。困って、タクを見た。

「あの…魔力の塊みたいな風が近付いてるんですけど…これって?」

「っ、マジ?」

「マジです」

 タクは顔を青褪めて、前方に向けて大声で叫んだ。

「兄貴ィー! 精霊風が来たー!」

なん(なに)ーっ!?」

 止まり掛けていた馬車が、再び速度を増す。

「きゃっ」

 急なスピードアップに、体勢を崩し掛けたのを、タクが慌てて抱き留める。

「大丈夫かん?」

「あ、ありがとうございます。あの、精霊風って?」

「知らんのっ!?」

 驚かれた。常識だったのか、と思ったら、「確かに、旅の初心者は知らんよなー」とタクは一人、納得したようだった。

「精霊風ってのはな、魔力の塊がものっそい勢いで通り抜ける現象なんね」

 竜巻、みたいなものだろうか。雛㮈はうんうん、と頷いた。

「人にゃそれぞれ魔力の許容量があってな、精霊風はそれを簡単に超えちまう魔力を含んどるで、当たると二、三日は寝込む――最悪、死に至る、恐ろしいものなんよ」

 いつどこに現れ、およそどのくらいで消えるかも分からないらしく、冒険者が恐れる自然現象のひとつであるらしい。

 美味しそう、と精霊が言った理由は分かった。確かに彼らにとってはご馳走だろう。野性的、というのは、あの荒れ狂っている感じを示していたのだろうか。

「タク、そっちどうなっとる!? 視界に入っとるなら、荷も捨てんぞ!」

「や、見えとらんです! ただすんげー遠くに…嬢ちゃんが魔法で見っけた!」

 しばし、無言の時が流れた。カーダルに後で、余計なことをするな、と怒られるだろうか。雛㮈は少しばかり、不安になった。

「距離は!?」

 顔を見合わせる。

「さっきは1キロ先だったんですけど」

 金の単価は違うが、距離の単位は同じだったはずだ、とアイレイスに叩き込まれた知識を振り絞りながら、答える。

「さっき伝えた時点で、1キロ!」

 タクは、雛㮈の言葉をそのまま伝えた。「そんなら、このままのスピードで走んぞ!」と声が戻る。

「悪い嬢ちゃん、精霊風の状態、調べてもらえんか?」

「ま、任せてください!」

 なんだか、初めて役に立っている気がする。使命感に駆られて、グッ、と握り拳を固める。と、バランスを崩し掛けて、慌てて近くの支えを握った。格好が付かない。

 少し頬を赤くしながら、遠視の魔法を続行する。スピードの差だろう、距離が少し詰まって来ている。しかし、まだ肉眼で見える程では無い。遠視の距離を調整する。

「………あれ?」

「なん? どったん?」

「さっきより小さくなってます」

「そうか! そりゃ良かった!」

 タクは心底安堵したように、息を吐いた。ピークを過ぎとんのなら少しは楽だ、と呟くと、その情報を前にも伝えた。

「ん〜…」

 精霊たちが、精霊風に群がっている。ピークを過ぎたのは、彼らが魔力をばくばくと食べているからな気がしてきた。

 こちらとしては、ありがたいことだが。あれだけの魔力が、そのまま光眠り病の治療に使えたら楽なのに、とふと思う。とはいえ単純に人を放り込むと、許容量オーバーするから、難しそうだが。それに発生頻度も不明だ。なんともままならない。

「スピード、落ちてきました。あ、消えてく…」

「よっしゃあ!」

 タクはガッツポーズを取り(このポーズは世界を越えて有効らしい)、嬉々としてハイキーに報告した。馬車のスピードが弱まる。

「ようやく飯だー。腹減ったぁ」

 タクは気が抜けたのか、腰を下ろした。しかし、すぐに顔を引き締め直すと、周囲を警戒し始めた。

「な、何かありました?」

「や、油断した隙に野犬にバクリ、は嫌だもんで」

 どうやら、過去に何かあったらしい。ブルリと身体を震わす。

「嬢ちゃんは戻っとりん(戻っていな)よ」

「あ、じゃあ…」

 荷台に戻り、へたり、と座り込む。先程はそんな場合では無かったので、我慢していたが、大きく揺れながら走る馬車で、魔法に集中するのは、ひどく疲れた。恐怖を押し殺して、なんとか、だ。

 ガタッ、と御者の席から、カーダルがやってきた。怒られるだろうか、と上目遣いで見ると、乱暴に頭をかき混ぜられた。

「ひゃ、な、なにを…」

「よくやった」

 一言。え、と見上げると、柔らかい表情の彼と目が合う。

「ぇ…」

 見間違いか、と目を瞬かせている内に、いつもの仏頂面に戻ってしまった。それだけを言いに来たのか、彼はすぐに御者の席に戻ってしまった。

 取り残された雛㮈は、馬車が止まるまで、ぽかーん、と惚けたままだった。




(頭撫でられた…のは、ただの子供扱い。うん。きっとそう。笑ってた…のは、えっと…えーーー、と…)

 チラ、とカーダルがいる方向を見る。

(―――信頼の証、だったら嬉しいのに)


 その後、雛㮈さんは、にまにましているところを、ハイキーさんに見られました。

 どんまい!

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