02.ドアを開けちゃいました
3,000PV、ありがとうございます!
がんばります…!
ぱかぱかと、ひどくゆっくりと進む。ぽつりとカーダルが、雛㮈自身もひょっとして、と思っていたことを口にした。
「これは、二日じゃ着かない」
そうですよね、と遠い目で納得した。主な原因は、というか、全ての原因は、雛㮈だろう。おまけに、ゆっくり進んでいるはずなのに、非常に疲れる。乗馬はスポーツだ、と改めて気付いた。
「れ、練習、しま、す…」
揺れに合わせて声を出すので、精一杯だ。「そうしてくれ」とカーダルが仕方無さそうに呟いた。
⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎
やっとの思いで、小さな村に着いた。
カーダルに手を貸してもらって、地面に降りると、足がガクガク震えている。力が入らない。生まれたての子鹿のような雛㮈の姿に、カーダルはそっと目を逸らした。
(だ、駄目だコイツ、って思われてる…!)
外れている気がしない。
「…今日は、もう休め。明日の午前で、少し練習をしてから出発する」
「はい…」
情けない気持ちになったが、しかし今から練習といわれても、無理だ。
馬を馬小屋に繋ぎ、宿屋に入る。
「部屋をひとつ。空いているか?」
「あいよ」
チラリ、と宿屋の主人の不躾な視線を受け、雛㮈は身体を震わせ、カーダルの後ろに隠れた。よくよく気にすると、周りにいる別の者たちからも、ちらちらと見られている気がする。自意識過剰だろうか。彼は特に何かする気は無かったようで(そうでなければ、宿屋なんて仕事をやっていられないのだろう)、そのまま部屋の鍵を投げ渡した。
「晩飯・朝飯付きで一泊100イェンだ。馬小屋付きで30イェン追加」
懐から無造作に銀貨を一枚、銅貨を三枚出し、支払う。
「まいど」
カーダルは主人に会釈をして、雛㮈に目配せした。ついてこい、ということだろう。震える足を叱咤して、その後ろに続く。
雛㮈には、ひとつ、とても気になることがあった。
部屋に入り、そこが当然一部屋であること、そして質素なベッドが二つ、横並びになっていることを見る。
「………同室、なんですね」
「一部屋料金だから、二部屋だと高くつく上に、お前から目を離すと、何が起こるか分からん」
「そ、そうですよね…」
分かってはいたが、緊張する。いや、まかり間違っても、カーダルが自分に手を出すことなど、あり得ないだろうが、それでも一応、雛㮈はうら若い女性なのであって(例え、見た目年齢が子供だろうとも)。
悶々と悩みながら、とりあえず、ベッドに腰掛ける。硬い感触が、尻を伝わる。やはり、カーダルは高貴な出なのだろう、と思った。彼の家のベッドは、日本のものと違わない程、柔らかかった。
キュロットスカートをめくり、膝下を露わにする。回復魔法を唱えた。筋肉痛にも効くと、アイレイスから教えてもらった。明日、痛くて動けない、なんてなったら、目も当てられない。太腿はどうしよう、と考えたところで、ふとカーダルを見やった。
彼は、ぽかんと口を開けていた。
「お前…いくら子供っていっても、女だろう。恥じらいは無いのか」
「恥じらい…?」
問われて、小首を傾げる。それから、ふとアイレイスの言葉を思い出した。
『いいこと? 女たるもの、無闇矢鱈と肌を見せない! 肌を見せるという行為は、相手を誘う行為とされているわ』
気を付けなさい、と。炎の魔法を練習していたある日、暑いなあ、と胸元をパタパタやっていた雛㮈に、アイレイスが怖い顔で言ったのである。
「………………」
無言で、自分のふくらはぎを見る。
これは…そういうことに、なる?
慌ててスカートを戻し、弁解した。
「っ、ち、ちが! 違います! 違いますから!」
「分かっている! 誰がお前みたいな子供に手を出すか!」
「なっ」
カチンときた。分かっていたけれど、カチンときた。
「私は子供じゃないです! 私は…」
勢いでそこまで言い、しかし言い切るということは、自分の年齢を暴露することだと気付いた。いや、年齢がバレる分には良いのだ。しかし、雛㮈は感じていた。カーダルが自分を子供だと思っているからこそ、“いろいろと許している”ということに。
それを捨てるのか。一時の感情で。
いや、しかし、本来ならばそれが正常であって。子供に見えることを利用して、子供だから、と逃げるのは、大の大人としてどうなのか。
口を噤んでぐるぐるする雛㮈を一瞥し、カーダルは踵を返した。
「…背伸びしたい年頃なのは分かるが、それならそれらしく、自重しろ」
バタン、と扉が閉じられる。雛㮈は、見捨てられた気持ちになった。
「はあ…」
ため息が、一人きりの部屋に響く。ゴロンとベッドに寝転がった。とことん、自分と彼は上手くいかない。これはもう、根本的な相性の問題ではなかろうか、と思う。カーダルが悪い人間だとは思わないからこそ、余計にだ。
「どうしたらいいのかな…」
徹底的に線引きをして、これ以上近寄らない。というなら、それもひとつの道なのだろう。要するに、ビジネスライクな関係。でも、それはやっぱり寂しい。そう思う。リリーシュに対する愛情を垣間見たからかもしれない。
どうせなら、仲良くなりたい。
それが、雛㮈の本心だ。
でも、どうしたらいいのか分からない。ふう、と知らず知らずの内に、ため息が漏れた。
それにしても。
雛㮈は首を傾げる。カーダルはどこへ行ったのだろう。まさか拗ねて出て行った訳ではあるまい。それなら、用事を済ませて、そろそろ帰ってくるのでは?
それを肯定するかのように、コンコン、とノックの音がした。一応、“女性”が中にいる配慮だろうか。「はあい」と返事をして、ドアを開けると、そこにはカーダル―――ではなく、見知らぬ三人組(男)がいた。
「………どちら様ですか?」
ポカンとする雛㮈に、中央に立っていた男性が、ニヤリと笑った。
⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎
馬鹿だ。
カーダルは自分の行動に、バツを付けた。なんで、あそこで、勢いに任せて部屋を出るんだ、俺は。
馬の背を撫でながら、長いため息を吐く。子供のしたことだ。そのまま指摘して、注意して、流せばいいだけの話だったのに。
どうしたの、と馬がふんふんと鼻先を近付けてくる。なんでもないさ、とカーダルは馬に答えるように、頭を撫でた。
「………………」
曝け出された、白く伸びる足に。
何も感じなかったと言ったら、多分、嘘になる。
だというのに、あんな子供に、と自分を詰り、必死に否定する面があることも確かで、どちらかといえば、カーダル本人は後者の味方だ。
「………ふざけんなよ、自分」
アイレイスに言われたことを思い出し、毒づく。幼女趣味なんかじゃない。そもそも、あれは流石に幼女って歳では無い。…いやいやいや、そういう問題では無くて。幼女じゃないから良いだなんてことは、決して無くて。
ぶるるん、と馬が嘶く。ブラッシングに、集中していないことがバレたらしい。ご立腹だ。
「悪かったよ」
ご機嫌取りに頭を撫でる。そんなことじゃ騙されないんだから、と馬はプイと顔を背けた。その様子に、出直そう、と思う。今は何を言っても無駄だ。
馬小屋から出て、なんとはなしに宿屋を見上げる。泊まっている部屋の場所は、把握済みだ。灯りはついたまま。彼女が部屋にいるのだろう。しかし、カーダルがそのまま視線を外そうとした直前に、“あり得ない”ことが起こった。
部屋の窓に取り付けてあるカーテンがシャッと閉じられた。いや、それはいい。問題は、“閉じた人物”だ。
あれは、決して、雛㮈ではなかった。宿の女中などでも、当然無い。柄の悪そうな男だった。
「…なんでこんな短時間に問題発生してんだよ、おい」
カーダルは、口元を引き攣らせて、思わずごちた。
「あれ? にーさん、もう帰っちゃったのー?」
「うん」
「僕のブラッシングはー?」
「それどころじゃないらしいよ」
「ええー。自分だけしてもらって、ズルイ!」
「俺のブラッシングだって、中途半端だよ」
「…そうなのー?」
「そうだよ」
「………。ふーん」
「はー」
残された後の馬さん。




