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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ3.一難去らずにまた一難
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01.馬に乗れません

 新人研修を終えて、すぐに外に出された。

 少し離れた土地にいる光眠り病の人に会って、その深層世界に入ってくる。そんな任務を背負って。

 結構なブラック企業だ。

 それをしないことには始まらない、ということだろう。理解はできる。が、不安だ。

 特に。

「何してる、さっさとしろ」

 メンバー的な部分で。

「あ、は…はい」

 返事をしながら、横に並ぶ。ちらり、と横目で見た彼は、いつも通り仏頂面で、何かを気にしている様子でも無い。

 二人きりで旅だなんて。

 …どうなることやら。

「ノジカ街か…最速でも二日は掛かるな」

「じゃあアイレイスさんへの報告は、早くて三日後ですね」

「…片道二日だ」

「え!」

 予想外に長い移動時間だった。地図を見せてもらったが、そんなに離れているようには見えない。雛㮈は自分の世界の文明の高さを感じた。

「馬を二頭準備した。乗れるな?」

「の、乗れません!」

 何故、乗れることが当然なのだろう!

 …多分、この世界での交通手段が、主にそれだからなのだろうけれど。心底呆れた表情の彼を見て、雛㮈は察した。そして、自分以外は当然、それを想定していたのだろう。だから自分の格好は、スカートに見せ掛けたキュロットスカートだったのだ。これなら、馬に跨っても安心だ。今更だけど。

「そんなに貧弱で、よくこれまで、生活できてきたな」

 嫌味を言われた。少し、ムッとする。

 これまでは言われたい放題だったが、雛㮈だって、ようやく異世界に慣れてきたのだ。元来の性格は、口うるさい方では無いとはいえ、前向きで明るいのである。不安で潰れそうなところから、アイレイスに会い、目的・目標を持ち、雛㮈はようやく本来の自分を取り戻しつつあった。…怖い人に怯えるのは、元からだけれども。

 だからこそ、口を開いて―――黙って閉じた。何せ、彼とは最低四日間は二人で生活をしないといけないのだ。今から喧嘩してどうする。

「止むを得ない。馬の扱いは、戻ってきてから教えてやろう。この先も馬での移動が多くなるだろうからな」

 鬼教官二号が誕生した瞬間だった。

 戦々恐々とした面持ちでいる雛㮈のことなど気にも留めず、「そこで待っていろ」と彼はサッサと馬を受け取りに行った。馬は、城で管理されているらしい。カーダルの愛馬は、普段は屋敷にいるのだが、今は養生中だそうだ。

 手持ち無沙汰で待っていると、ルークが通り掛かった。他の団員も一緒のようだ。

「やあ、お嬢さん」

「ルークさん! こんにちは」

 ニコッと笑うと、ニコッと返してくれる。彼は、雛㮈が知るこちらの人間の中で、一番気さくで、話しやすい。

「うん、いい笑顔をするようになったね。こちらの生活にも慣れてきたかな」

「おかげさまで、なんとか。ルークさんにも、他の方にも、いつもお世話になっていて、申し訳ないですけど…」

 口にしてから、後ろの団員にも軽く会釈する。休憩中で気が抜けているのか、へら、とした顔で笑われた。堅物集団、とアイレイスは称するが、意外とそうでも無い気がする。

「今日は今から、…ああ、出張だっけ」

「はい」

「カーダルと?」

「…はい」

 不安が顔に出ていたのだろうか、ルークは「大丈夫だよ」と言った。

「あいつは責任感が強い奴だから、お嬢さんを途中で放り投げたりしないよ。それに、ここ数日の様子を見る限り、やっぱり大切にしているみたいだから」

「大切? そ、そんなことは…っ」

 責任感が強い、という言葉には同意できるが、その後ろの言葉は、同意しかねた。いくらカーダルと付き合いが長いルークの言葉といえど、雛㮈の不安を慮っての言葉だろうことは、明白だった。

 でなければ、大切、だなんて。

「はは。ま、あいつも分かりにくい奴だからね。…さて、そろそろ失礼するよ。気を付けて。イザとなったら、カーダルを盾にして逃げるんだよ」

「え、や…!」

「“護衛”って、そういうものだから」

 戸惑う雛㮈に手を振って、ルークは周りの団員を引き連れて去って行った。

 この世界での知り合いに共通して言えることがあるとするなら、全員が全員、嵐のような人ばかりだ、ということだ。不意に雛㮈はそう感じた。カーダル然り、アイレイス然り。

「今のは、ルークか?」

 背後から急に声を掛けられ、「ひゃいっ!」と返事のような悲鳴のような声を発した。(恋愛的な意味ではなく)ドキドキする胸に手を置き、振り向く。

「あ、あの、偶然通り掛かったそうで…挨拶を」

「…そうか」

 自分から訊ねた割に、興味が無さそうだ。彼はそれしか返さず、馬の頭を撫でている。

「大きいですね…」

 雛㮈の知る馬よりも一回りは大きい。

「そうか? 普通だろう」

 こちらのサイズ感では、これが普通であるらしい。目を丸くしていると、内の黒い毛並みをした一頭が雛㮈にそっと顔を寄せた。

 挨拶だろうか。

「こんにちは。今日からよろしくね」

 雛㮈が笑うと、ぶるる、と鼻を鳴らして返事をした。かなり賢い。そして、純粋に好意を向けられたことが、嬉しい。

 動物は好きだ。特にモフモフが好きだけれど、モフモフがなくても好きだ。

「…驚いた」

「へ?」

「この馬が、初対面の奴に懐くなんて」

 そんなに珍しいことなのだろうか。首を傾げると、「馬全般というより、セーツ種の馬だけだ。乗せる奴を選ぶ」と言った。

「俺は面識があるから、最悪お前が嫌われても大丈夫だと思っていたが、不幸中の幸いか」

 幸運とも思っていなさそうないつも通りの仏頂面のまま、カーダルは、もう一頭の白い馬に、荷物を乗せて括ると、「よろしくな」と背を撫でた。

 黒い馬にも一声掛け、ヒラリと背に跨る。馬も、どことなく誇らしげだ。カーダルは、雛㮈を見やった。

「…流石に馬には跨がれるだろう」

「無理ですってば!」

 そんなに馬に乗れることは、一般常識なのだろうか。泣きたい気分で、言い返す。カーダルは少し考えると、手を差し出した。

「掴め」

 乗るのを補助してくれるのだろうか、とその手を恐る恐る掴む。身体を浮遊感が襲った。馬車の時と同じだ。手と腰をひっつかまれて、馬の頭とカーダルの間に、ぽすんと収まる。早業だった。

「足回して。跨いだ方がいい」

「は、はい」

 これがまた、非常に難しかった。なにせ、安定しない馬の背中で、かつ支えとなるものがない。身動きするのも怖い。馬の首を掴むのも、何か可哀想な気がした。見かねたカーダルが、後ろから雛㮈のお腹に腕を回し、フォローして、ようやく前を向いた。この時点で、雛㮈は肩で息をしていた。

「………力、無さすぎ」

 否定、できなかった。

 旅に出る前から、不安感が漂った。




(というかこの体勢すっごく恥ずかしい、よう、な…!? あああ、お腹の肉が…! ………痩せよう。運動、しよう)


 結構、切実です。

 食事量は少ないとは言え、運動量が格段に下がっている雛㮈さん。危機感を覚えてます。


 さてさて!

 第三章、開幕です!お付き合い頂ければ、とても嬉しいです♪


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