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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ2.魔法使いの素質
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07.だから頑張ります

「なんなんですの、なんなんですの、なんなんですのっ!?」

 その後与えられた課題も、軽々とクリアしていく雛㮈に、アイレイスは髪を掻きむしった。

「貴女、初めてって言っていませんでしたっけねぇ!?」

「は、ははは初めてですーっ!」

 ゆらり、と怒気を揺らめかせるアイレイスに、初めは素直にできたことを喜んでいた雛㮈も、逆に何故できてしまうんだろう、とオロオロし始めた。出過ぎた杭は、打たれるのだ。自分は多分、打たれ弱いから、折れてしまう。

 幸運だったのは、アイレイスがなんだかんだいって、実力主義の考え方だったことだ。彼女は初めこそ、急成長を遂げる雛㮈に苛立っていたようだったが、すぐに頭を切り替えたようで、「これなら二週間の研修が、三日で終わりそうだわ。どうせだから精度を上げる練習を増やそうかしらね」とにまにましている。

 アイレイスは、ただ練習するだけではなく、雑談にも付き合ってくれた。雛㮈にある程度の常識も教えてくれた。騎士団関連の話も聞いたが、多分それを鵜呑みにすると、偏った知識になってしまうのだろうと、そこだけは話半分で聞いた。

 高飛車な性格であるが、世話好きでもあるのだろう。また、話好きでもあるようだ。雛㮈の中にあった警戒心は、日を追うごとに薄れて行った。気の置けない人間が身近にいるというのは、雛㮈にとって、心休まることだった。

「…随分と楽しそうだな」

 ある日、警備担当だったカーダルに言われた。何故か、じっとりとした目で。思わず謝ると、フンと顔を逸らされた。

 なんだろう、と疑問に思ったが、すぐに答えを出すことを諦めた。考えても分からないし、かといって訊いても教えてくれないだろう。否、訊く勇気が無い。

「アイレイスさん」

 ここに通うのも五日目だ。最終日、ほとんどの工程を大して苦労せずに終わらせた雛㮈は、アイレイスから許可を得て、書籍を読み漁っていた。

「なにかしら」

 アイレイスは、手元の書類から目を離さない。ここ数日で感じたが、彼女は非常に忙しい。雛㮈を手元に置くことで、更に多忙を極めている。

「この本は…?」

 他の書籍に比べ、至ってシンプルな黒い背景に白い文字で飾られた書籍。タイトルは、『禁術辞典』だ。

「あぁ…戒めのために、置いてありますの。それだけは、実行しては駄目ですのよ。それは、人の枠を外れるわ」

 憎しみを込めた目で、アイレイスは本を睨んだ。否、本を通して、何かを見ているのだ。

「五年前の大事件も…」

「五年前? それって、光眠り病の原因になった…?」

「…ええ、そうよ。貴女は知らないのでしたわね」

 こくり、と頷く。彼女は書類を置き、真っ直ぐに雛㮈を見た。

「禁術のひとつに、精霊使役というものがあるわ。自然の理である精霊を、無理やり我が意に添わせようというものよ」

 アイレイスは、す、と目を閉じた。

「罪を犯した男は、魔力量が低かった。追い込まれていた。…結果を出したかったのね。だから、闇に飲まれた。誘惑に負けたの。彼からしたら、生死を賭けた大博打、ってところかしら」

「それで、その人は…」

「賭けは失敗。死んだわ。跡形もなく」

 その声は、静かだった。しかし、激情を無理やり抑え込んだような、迫力があった。もしかすると、その“男”は、彼女の知り合いであったのかもしれない。彼女の瞳には、怒りと、哀しみと、どうしようもない遣る瀬無さが在った。

 彼女が、光眠り病の第一人者となっているのも、あるいは…。

「暴走した精霊の為に、多くの人が巻き込まれて死んだ。精霊を止めようとした人たちも、ほとんどね。…多大な犠牲を出して、ようやく精霊は鎮まったわ」

 その中に、カーダルの両親も含まれているのだろう。もしかすると、雛㮈がこれまで会った人も、知らないだけで、身近な人を亡くしているのかもしれない。

「光眠り病が精霊が、心に住んだ為に起こったと聞いて、不思議と納得したわ。人が出してはいけない領域に手を出した、精霊からの報復かしらね。あるいは、もっと別の…」

 でも、とアイレイスは首を振る。

「少なくとも、今眠っている人に、そんな事情は関係無いのよ。無関係だわ。だからこそ、救わなくては」

 彼女は力強く言い切った。何かを振り切るように。

 雛㮈は少し考えてから、笑った。

「私は、アイレイスさんのお手伝いができるように頑張るね。思い切り、使ってくれたらいいから」

「…ふふん、言いましたわね。その言葉、しーっかり、聞きましたから! 撤回はできませんわよぉ」

 いつものアイレイスらしい悪巧みをしていそうな顔に、少し、安堵した。

「って訳だから、明日から出張よ」

「…え!?」

「あたくしが行けるといいのだけど、そうもいかないのよ。癪だけど、身元請負人に頼んでおいたわ」

「え!?」

 混乱する雛㮈に、「さっき、思い切り使えと言いましたものね」と笑い、

「それじゃ、よろしく頼みましたわよ。あ、これをずーっと身につけておくこと! 測定器よ。高価だから壊さないでくださいましね」

「え…え…!? え〜〜〜〜〜〜っ!?」




「ふふ〜ん♪」

(よ、余計なこと言っちゃったかも…)


 言質は取られたため、この後は相当こき使われる予定の雛㮈さん。

 それにしても、なかなかカーダルさんのかっこいい出番がありません。


 これで第2章(新人研修)は終了です。次回からは、アイレイスさんのお部屋から、もうすこし広い世界へ巣立っていきます。


 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 これからもお付き合い頂けますと、幸いです!

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