06.初めての課題です
城に行ってから二日。
正式に、城へ出向する日取りが決まった。明日から来い、という聞きようによっては横暴なものだ。
とはいえ、雛㮈は現在、特に何もしていない。精々がセパルたち屋敷勤めの者たちとお喋りをして、リリーシュの横についているくらいだ。外出どころか部屋を自由に出ることも許可されていないから、それくらいしかできない。だから、明日、という突然の決定でも、対応可能だ。
だから、問題があるとすれば、雛㮈の気持ちのみなのだ。
上手く仕事ができるだろうか。周りの人と、仲良くできるだろうか。
入社前の気持ちと、そっくりそのままだ。…そういえば死ぬ前の職場は、大丈夫だろうか。普段から内容は共有していたから、雛㮈が急にいなくなっても、程々には大丈夫なはず、だが。
(先輩にも後輩にも、迷惑掛けるなぁ…。悲しませちゃっただろうし)
雛㮈は困ったように、眉を寄せた。せめて、手紙のひとつでも送ることができたら。死者からの手紙なんて、あちらからしたら、恐怖だろうけれども。
ぽすん。
身体がベッドに、ゆっくりと沈んでいく。それがひどく、心地よかった。
「お嬢様。ヒナお嬢様? お食事の用意ができましたので、どうぞ」
「っ、はい!」
ベッドから勢いよく起き上がる。知らず、自分の世界に入っていた。慌てて仕度をして、部屋を出た。
リリーシュの深層世界へ行った日から、余程都合が悪い場合を除き、カーダルと同じ席で夕食を摂るようになった。とはいえ、会話はほぼ皆無だ。たまに、一言、二言を話す程度。今の自分たちの状態を、よく表している、と雛㮈は思った。
今日も今日とて、やはりカーダルはちっとも雛㮈を見ない。
「明日からは、俺と同じ時間で、城に出向くことになる」
「あ、はい」
ちっとも目が合わないままの状態で、話し掛けられた。
「だから…朝食も一緒でいいだろう」
「そ、うですね」
同じ時間で出るのに、少しだけ違う時間で朝食を食べられても、コックに迷惑だろう。そうと分かってはいたが、朝もこの重苦しい中でご飯を食べないといけないのか、と思うと、少し気が沈む。セパルとの食事の時間もなくなってしまう。彼女の傍は温かかったから、余計に寂しい。
カーダルが悪い人だとは思わない。ただ、こうも拒否した雰囲気を醸し出されると、どうにも息苦しい。
飲み物を、こくん、と飲み干す。ほう、と息を吐くのに見せ掛けて、控えめに溜め息を吐いた。
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翌日、予定通り静かな朝食を共にし、馬車に乗り込む。
「お前は直接アイレイス様の所へ行くことになる。護衛は、前回同様、二名を扉の前に付ける。詳しい仕事内容は、アイレイス様が直接お話くださるだろう」
敬語を交えながら話すカーダルにどことなく違和感を覚えながら、端的な業務連絡を神妙な顔で聞く。アイレイス曰く、しばらくは基礎知識の詰め込みということだ。新人研修のようなものだろう。
(…しごかれそう)
思わず、ブルリと震えた。
ドキドキしながら、豪華な城の、長い廊下を歩いて行く。二回目だけれど、やはり道は憶えられない。ただ、曲がり角と階段の上り下りを繰り返すので、わざと分かりにくい道を選んでいる可能性が濃厚だ。
だというのに。
「遅いわ。あたくしは忙しいのよ」
待っていたのは、そんな辛辣な言葉だった。
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「まずは基礎魔法の習得よ」
「は、はい」
こくこくと頷く雛㮈に、はい、と杖が手渡される。何気ない装飾がお洒落だ。
「これは…?」
「杖よ。あたくしのお古だけど、いいわよね」
杖は、なんで必要なのだろう。戸惑いが顔に出ていたのだろう、アイレイスは面倒そうに説明した。
「杖は、魔法補助アイテムですのよ。魔力のコントロールを容易にするわ。初心者が使う物ね」
嗜好品として、自らの力の誇示のために所持している人もいるけど。
アイレイスは、例えば、と自室の壁を、つ、と指で示す。
「あれとかも、実用品というよりも、トロフィーのようなものね」
そこには、赤くて長い羽根をあしらった、ボリューム感たっぷりの杖(?)が飾られていた。
「国への貢献度が高いと認められた人は
、その相手に合ったものを贈られるんですのよ」
自信家のアイレイスにしては珍しく、さして興味もなさそうに、言う。
「すごいですね」
「敬語。あと、あたくしは、この程度じゃ満足しませんわ」
じとり、とした目を向けられる。
「魔法を、国民に利を、救いを与えるものに、より進化させていくこと。そのためなら―――」
アイレイスの瞳が、怪しく光った気がした。
「あたくし、使えるものはなんだって使いますのよ」
気のせいでは、無い気がした。
「さ、まずはこの魔法からね」
火を発生させる下級魔法だ。攻撃魔法の下級でありながら、日用魔法にも与するものらしい。
「魔法は、魔法陣を介して発生させる“現象”よ。紙に描く、宙に描く…、やりようはいくらでもあるわ。ただ、大前提として、“憶えなければ駄目”ですわ」
記憶力か。記憶力なら、意外とある方だ。しかし、何十とソレを憶えられるか、間違えないか、不安である。
「まず、手本を見せますわ」
これは、後でやってみろ、とパターンだろうと、目を凝らして、一挙手一投足を見逃さないように気を配る。ガン見、というやつだ。
意識すると分かる。彼女の静かな魔力が、一気に手に集まる。小さな魔法陣が手の上に浮かんだ。そこから、ポッと炎が出現する。
「こんな感じね。ああ、魔力を集める方法が分からないのでしたわね。魔力は熱のようなもの。熱を集めるように練っていきますのよ。貴女の場合、まずはそこからですわ―――ね?」
ん、とアイレイスがふと覚えた“違和感”に首を傾げた時、ボッ、と目の前で火が上がった。
「できた!」
満面の笑みで、まるで子供が親に自慢するかのような顔で、雛㮈は初めての魔法を難なく成功させた。
「どうせできたのなら、いっそ清々しく喜ぶといいのですわ!」
「え〜…えっと、えーっと、…や、やったー。うれしいなー」
引き攣り&愛想笑いのコンボです。
雛㮈さんは(忘れ掛けますが)一応チート設定。…あまり発揮されることがないですが。
一度実演してもらえれば、こと魔法についてなら、大抵のことはクリアできる実力者です。…あまり発揮される(以下略)