03.常識はずれの魔力量です
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「とにかく、精霊使いは本当に一握りのなのよ。魔法使いでも少数派だわ」
アイレイスは、呟くように言ってから、彼女は真っ直ぐに前を見た。
「問題は、確実に戻ってくる方法が分からないことね」
言われてみれば。
助けに行ったものの、戻って来れなければ、それこそ共に死ぬ可能性が高いのだ。精霊使いなら誰でもできるのか、では試しに、などという軽い気持ちで実践できることではない。
「精霊さんは、何か知らない?」
『わかんなーい』
くるくると踊りながら、呑気な様子で言われた。
「…分からないそうです」
「そうでしょうとも。本来、深層世界にいるべき存在ではないのでしょうから」
ピピピピピピ、と測定器が鳴った。
アイレイスは素早くその結果を確認し、「なんですの、これ!?」と顔を引き攣らせた。
「10万、100万………600万? 一割でも60万じゃないの。貴女、本当に人間なのかしら」
「い、異常なことなんですか?」
「あたくしの最大魔力量、いくつだと思いまして?」
ふん、と鼻息荒く迫られ、雛㮈は目を泳がせた。600万で驚かれたのだ。だから、それよりも下。ならば…?
「よ、400万、とか」
当てずっぽうで答えれば、しらーっ、とした顔をしたアイレイス。
「なるほど。確かに異世界人かもしれませんわね。もしくは、常識知らずのお馬鹿さん?」
「う…」
少なくとも、この世界の常識には、疎い。幽霊時代のリリーシュから多少のことは教えてもらったが、本当に多少だ。例えば、水は基本的に飲料水と書かれていないと飲んではいけない、とか。
「平凡な魔法使いが努力で得られるのが、50万よ。才能がある人で、100万。そしてあたくしは、200万」
単純計算で、その3倍だ。
確かに、規格外だった。
「でも、最大魔力量は、常に引き出せるわけではないわ。当然、限度があるし、使えば減るわ。それに、その内のいくらかは、普通に生きるだけで使用されますのよ。大体1日経てば戻りますけどね」
雛㮈の世界で言う、体力、あるいはエネルギーと同種かもしれない。
「それから、急に全て使えるわけではないの。血液を急に流すと、死に至るでしょう? それと同じよ。大方、貴女が倒れたのも、その所為でしょうね。そりゃあそうよね、それだけの魔力を一気に消費したんですもの。あたくしだって、流石にへたり込むわ。特に貴女、これまで魔力なんて意識したこと無かったのでしょう?」
じゃあ、何か、自分は髪を切ったり爪を切ったりするだけで倒れる持病になってしまったのか。サアァ…と青褪めた雛㮈に、ふう、とアイレイスが小さく息を吐く。苛め過ぎた、と思ったのかもしれない。
「ご安心なさいな。貴女の倒れた原因は、単なる不慣れ。慣れたら、自分の1割の魔力くらい、らくぅぅぅに使いこなせますわよ」
(なんか、拗ねられてる…!?)
面白くないのだろうか。…ないのだろうな。そりゃあそうだ、と思う。まさかこんなぽっと出の小娘に、軽々と抜かれるなど、思ってもみなかったのだろうし。
あわあわし始めた雛㮈に対し、アイレイスはにんまりと笑った。
「まあよろしいわ。これはこれで、いい研究対象。魔法学の発展の好機。せいぜいこき使ってやりますから、覚悟なさいまし」
研究対象って言われた。
ダラダラと冷や汗を流しながら、はぃ、と小さな返事をした。
「方針は決定よ。今の貴女が未知数過ぎて、今までの常識なんてクソ喰らえ、ですわ。まず実践あるのみ。直接精霊に魔力を注いでいらっしゃいな。データ収集に徹しましょう」
「…えと、爪とか髪とか、削るんでしょうか」
心底馬鹿にしたような目で見られた。実際、「貴女、真性の馬鹿なのかしら」と罵られた。
「魔力を注ぐ方法なんて、常識中の常識。基礎中の基礎。できないなら、覚えなさいな。それから、防御魔法、簡単な攻撃魔法、日用魔法は少なくとも習得してもらいますわよ。騎士団にへつらう魔法使いなんて不要よ、不要。そんな状態であたくしが戦地へ送り出すとでも。冗談もほどほどにして欲しいものだわ」
アイレイスの目が妖しく光る。妖艶な雰囲気がグッと増した。きっとMな人なら、この瞬間に傾倒するに違いない。残念ながら、雛㮈は普通の人間なので、多少怯えている。
「いいこと? 魔法使いは、高貴であらねばならないわ。外道魔法使いなんて、腐り散ればよろしい。むしろ、あたくし自らが散らして差し上げますわ。一度戦場に出たら、魔法使いが主役なのよ。民を助け、味方を助け、敵を堕とす。そして何より、本人が、生きて帰らねばならないわ。スマートに、それが無理なら無様でも。命と引き換えに皆を助ける? ふふ、冗談でしょう?」
彼女の鋭い眼光が、雛㮈を見据えた。否、彼女はどこか、ここではない場所を、どこかの光景を、まるで憎しみすら感じさせる眼差しで、見ている。追憶するように。未来を見通すように。
「魔法使いは圧倒的でなければならないの。貴女に分かりまして? ヒナ」
分からないです。
とは、言えない雰囲気だった。
「そういうわけですので」
にこ、とアイレイスは笑った。
「あたくしは、徹底的に貴女をしごきますわよ」
…やっぱり、さっきの魔力量が気に食わなかっただけなんじゃあ。
そう思わないでもない雛㮈であった。
意外と単純で熱いアイレイスさんです。
「んま! 何かしらこの汚らしい猫は!」
とか言いながら、せっせこと世話を焼いちゃうタイプです。




