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ハッピーエンドの材料はどこにある?  作者: 岩月クロ
レシピ1.精霊がいる世界
12/100

12.選択肢なんて無いです

 そわそわして、落ち着かない。

 陛下にお会いになるのでしたら、とセパスは気合いを入れて、服選びや化粧をしてくれたが、それがより一層“非日常”を強調させる。

 まあ、普段の生活も、雛㮈にとってはすべからく非日常なのだが。

 身体を強張らせる雛㮈の正面には、いつも通りの仏頂面のカーダルがいる。ガタゴトと揺れる馬車の中は、シンと静まり返っている。城から屋敷へ行く時よりも、より一層気まずいのは、あの時よりも少し心に余裕があるからかもしれない。以前は、周りすら気にする余裕は無かったのだ。

「え、えっと…」

 意を決して、話し掛ける。

「今日はあの、王様に、何をお話すれば…?」

「………………」

「………………」

 返事が無い。

 なんだろう。リリーシュの世界にいる時の方が、あるいは、そこに行く前の方が、まだ友好的だった気がする。家族の話だってしてくれた。でも今は、一言すら発してくれない。

(私、何かしたっけ…)

 むしろ、何かをする暇すら、無かった気がするのだが。

 頭を捻っていると、馬車の進みがゆっくりになった。徐々に速度を落とし、止まる。どうやら着いたらしい。

 雛㮈が動く前に、カーダルが動いた。一人、サッサと降りてしまう。慌てて、後を追う。しかし、馬車から降りるのは、意外と怖い。着慣れないドレスだからかもしれない。数歩先に行っていたカーダルが小さくため息を吐き、戻ってきた。

「ん」

 無造作に、手を差し出される。

「え…?」

 突然のことに戸惑っていると、痺れを切らしたカーダルが、更に手を伸ばし、雛㮈の手を掴んだ。驚く間も無く、もう片方の腕が腰に周り、そのまま持ち上げられる。ピキンと固まった彼女の足は、ゆっくりと地面に着いた。

 まるで抱き合っているかのような密着具合に、思わず息を止めてしまう。

 相手はというと、然程気にも留めていないらしく、動揺した様子は無い。ただ、じいっと睨むように雛㮈を見ている。

「…なあ」

「っ、!」

 なんでしょうか、という意を込めて、こくこくと精一杯頷いた。

「あれは…あのことは、絶対に陛下には言うなよ。その周りにもだ。むしろ、忘れろ。いいなっ?」

「は、はい?」

 あのことって、どのことだ。目を白黒させる雛㮈に、「だから」とカーダルは一瞬目を泳がせてから、続けた。

「あの世界で、俺が…っ、その、死んでいい、とか…言ったこと、だ」

「え…」

 確かに、記憶にはあった。しかし、口止めをするようなことだろうか。いや、されなくたって、人様にわざわざ言うようなことでもないが。

 まじまじと彼を見ると、ぷいっと顔を背けられた。いつもの仏頂面。だけれども、耳が少し、赤い。これはもしかして、照れているのだろうか。

(あれ、じゃあ今日話してくれなかったのって…)

 もしかして、照れていたから、なのだろうか。

 そう考えると。何故だか、途端にカーダルに対して、親近感が湧いてくる。

 というよりも。

(なんか、可愛い)

 クスッと笑うと、凶悪な顔で睨まれた。怖い。

「言うなよ?」

「い、言わないです! 本当です! 神にも誓えますよ?」

「そこまでしなくてもいい」

 にべもなく断られた。

 抱き締め体勢から、ようやく解放される。それもそれで、そこはかとなく、気恥ずかしい。カーダル自身は気にした様子も無く踵を返し、一、二歩進んだところで不意に立ち止まった。

「…陛下からのお話は、お前にとって悪いことじゃないはずだ。多分な」

 雛㮈は、遠ざかる背中を驚きを持って見たが、すぐに我に返り追い掛けた。その口元は、ここに着いた時よりも、ずっと和らいでいた。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「よくぞ参ったの」

 目の前に、お偉いさんがいる。洒落にならないレベルの。

 震える足を叱咤して、ピンと立つ。

「光眠り病を治したと聞いたが」

「ひかりねむりびょう、ですか…?」

 何のことだろう、と首を傾げると、王が仄かに微笑んだ。

「カーダルの妹君のことじゃ」

「あ…あ、はい。…あの、まだ、目が覚めていないですけど」

 それを、救ったというのだろうか。居心地の悪さを覚え、視線を泳がせると、初めて会った時のように王の傍に控えるカーダルの姿が見えた。彼は、こちらを見てはいない。立ち位置が違うだけで、心の距離は果てしなく離れている気がした。彼は、どう思っているだろう。

「我が国では、五年前の事件から発生した、光眠り病が問題になっておる。お主にその力があるというのなら、助力を願いたい。無論、無償とは言わぬ」

 今後の生活保証を含めた、至れり尽くせりの条件を、王は口にした。それほど、この問題は大きく、また難しいものなのだと、突きつけられた気分だった。

 大したことはしていないはずが、とんでもないことを引き起こしてしまったのではないか。雛㮈は、責任感に押し潰されそうになる。

 それでも。

「どうじゃの、引き受けてくれるかの」

 リリーシュとカーダルの顔が、思い浮かぶ。彼らの悲しげな顔。きっと、同じ想いをしている人は、大勢いることだろう。それに貢献できるなら、と思う気持ちはもちろんある。

 しかし、それ以前に。

(生活費が、仕事が必要です…!)

 選択肢は、あってないようなものだった。―――現実問題として。




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