10.魔力をあげます
魔力。
雛㮈は眉を寄せた。
魔力、というのは、例えば魔法を放つ時に使うアレだろうか。ファンタジー的なものだろうか。
はやく、はやく、と急かす精霊。
そもそも、雛㮈は自分が魔力を持っているとは思えなかった。
「あ、あの…魔力は、あげられるならあげたいのだけど、私、持っているかどうかも…」
『ひなは、たくさん魔力持ってるよー』
そうなのか。それは、知らなかった。
なら、次の問題だ。
「どうやって渡すの…?」
『ハイ、って渡すのー』
答えになっていない。もしや、彼らも知らないのではないか。疑いの目を向けると、彼らは一生懸命短い手足を動かし『こうねー、力を入れてねー、えいっ、てやるのー』と説明している。
参考にならないことだけは、身に沁みるほどよく分かった。
困り果てた雛㮈は、ふと思い出したようにカーダルを見た。
「あ、あの…」
「…なんだ」
多少の警戒心を滲ませている。無理もなかろう、と思う。
「魔力って、どうやって渡せばいいですか? その…他人、に?」
「は?」
この期に及んで何を言っているんだ。と言わんばかりの眼光に晒される。問答無用で謝りたくなるが、そんな場合ではない。
くん、と彼の服の裾を、リリーシュが引いた。それを受け、ガシガシと頭を掻きながら、「俺は魔法使いじゃないから、知識レベルだが」と前置きをした上で、魔力の引き渡し方法を挙げた。
「触れ合ったり、何かを媒介にしたりすることで渡せる、とは言う」
例えば、手を繋いだり、魔力が通るものを間に挟んだり、だ。
「手を繋ぐだけでは駄目で、渡す側が意識的に魔力を注ぐ必要があるらしいが」
「注ぐ? 注ぐって、どうやるんですか?」
「俺が知るかよ」
どうやらそれは、魔法使いの感覚的な部分であるらしい。魔法使いではないカーダルがその方法を知らないのも、おかしな話ではなかった。
ないのだけれど、少し、恨みたくなった。
そうこうしている間に、崩壊は進み、黒い靄はついそこまで差し迫っている。
「ほ、他には無いんですか…?」
「他と言われても…。ああ、普段身につけているものには、本人の魔力が宿るとは言うな」
「普段身につけているもの…?」
思い当たるものは、何一つ無い。絶望感と、何もできない罪悪感に苛まれていると、ふわり、と優しい風が吹いた。
「ヒナちゃん、ありがとう。でも、もう時間が無いよ。ヒナちゃんとお兄様だけでも…」
「そんなのダメ!」
雛㮈はリリーシュの言葉を遮った。ふわり、ふわり、と風が吹く。リリーシュが驚いたからであるようだった。この世界は、リリーシュそのものだから。
風に揺られて、髪が靡いた。肩甲骨まで伸びた、黒い髪だ。…常に身につけているもの。
「精霊さん」
『なあにー?』
「あげるものは、これでもいい?」
髪をつまみ、示すと、『いいよー!』と元気のいい返事があった。
『たくさん魔力がつまってる』
『食べていい?』
『もう食べていい?』
くるくると自分の周りを回る彼らに対して頷く。ふわり、と。まるで髪が意思を持つように、浮いた。
パチン、と。軽い音がする。急に頭が軽くなった。振り返った時に、髪の先端が見えた。普段の長さでは、決してあり得ないことだ。頭に手をやると、髪は肩のラインで切り揃えられていた。
わらわらと集まった精霊が、大事そうに雛㮈の髪を握り締めている。
黒い靄の侵食が止まった。侵食されるよりもかなり緩やかなスピードで、リリーシュの世界が広がっていく。
『お腹いっぱーい!』
『たくさん食べたー』
『もう食べる必要ないのー』
精霊たちが嬉しそうに笑う。
よかった、と雛㮈は思う。これで、もう、大丈夫だ。安堵した瞬間に、ふ、と景色が歪んだ。
帰るんだ。
それを悟り、咄嗟のところで、カーダルを掴む。彼を置いていく訳にはいかなかった。
「俺は…!」
「リリーシュさんは、もう大丈夫ですよ。だから、“向こう”で待ちましょう」
雛㮈がそう告げると、カーダルの抵抗が止んだ気がした。ただ、それは気のせいだったかもしれない。真実はわからない。なにせその直後に、二人は光に包まれたから。