7章
「えー、停学?」
例の自殺騒動が一段落し、演劇部の部室に集められたわたしたち演劇部員、マイナス一人というメンバー一同は、志岐センからその事実を聞かされた。叫んだのは波瑠だったが、彼女ならずとも一同が叫びたかった。
「ど、どうしてっスか?」
「どうしてもこうしても、理由なんか言わずとも判るだろう」
志岐センの返答にも、うーむ、と唸るしかない。ま、あれだけの事をやらかして何のおとがめもナシって訳にもいかないだろう。
「志岐先生はここにいる以上何も無いと思いますけどー、新倉くんは?」
ゆらが尋ねる。そうそう、それはわたしも気になっていたのである。
「言っておくが、彼は真っ先に私に相談してきたのだ。それを無碍に断るような真似を私はせずに、ああいった知恵を貸したわけだ。その上での行動なので厳重注意は私含め受けたが、基本的にはおとがめナシ、だ」
真っ先に志岐センというのも何ともアレだが、まあ志岐センなら何とかしてくれるという気持ちは皆誰しもが持っている。それを行動に移して、ああいった破天荒な真似をしたのなら、何となくうなずける部分もある。
「でも、志岐先生、本当に心臓に悪いのでウチの病院をダシに使うのはやめて欲しいです」
はあ、とため息をつきながら奈津希はジト目で志岐センをうかがった。
「すまねーすまねー。でも、実際にはカルテも録音もなかったってアナウンスはしたじゃねーか。母上にも詫びは入れておいたし」
実は、爽音が放送室に飛び込んだ直後、全校に訂正放送をかけたのである。その辺の幕引きといい、実に志岐センは策士だとは思ったよ、ほんとに。
「でも志岐センセ、演劇の大会は?」
わたしは一番気になった質問をぶつけてみる。
一同顔が曇る。無理もない、停学と聞いて一番危険に思った部分、それは今週末に控えた演劇大会の件であり、おそらくここに集められた理由のかなりの位置を占めるのは間違いないからだ。
忙しいバイトの合間を縫って、おおよそ一ヶ月、わたしたち五人は稽古を行ってきた。脚本演出とかは志岐センであり、まあかなり厳しい叱咤が飛びつつも、みんながんばった。衣装も作ったし、後は最後に二、三回合わせる程度、そのレベルにまで持ってきていた。
で、そんな矢先というわけなので、気が気ではないのである。
そして、志岐センはそうですよねー、と同意したくなる返答をあっさりした。
「勿論、爽音は出場しちゃならない。で、爽音は主役なので、主役に穴開けて参加は、ちょっとな」
ま、そうですよねー。
みんな、肩を落とす。
「でも心配するな。私はどうにかするように既に手は打っておいた。入れ!」
そして扉を開けて入る一つの影。
「ど、どーも」
それは、新倉明太。騒動の渦中に居たあの男だった。
皆、驚きを隠せない。当然だ、志岐センが打った手というのも意味がわからないし、何よりつい少し前まで生徒指導に絞られていた彼がこの場にいるというのも信じられない。
頭が混乱しきった中、果敢にも奈津希は質問を投げかけた。
「で、志岐先生、彼に何をさせるおつもりですか?」
黒子? それとも雑用? ま、そのくらいが関の山だろう。
ここで、少しばかり、一体わたしたちはどんな劇を演じようとしていたのか説明をしなければならない。
題材はシンデレラ。これを現代風にアレンジした劇だ。もちろん、あの志岐センなので、並大抵のアレンジの仕方ではない。
時代は現代。弱小企業で、お局に顎で使われる派遣社員達がいた。かつては若さ溢れる美貌に物を言わせ、並み居る男から数々の金品を貢がせてきた歴戦の勇者たちだ。しかし今は昔。不景気と共に加齢を重ねた美貌は、厚塗りの化粧で到底誤魔化しきれる状態を超えていた。
企業自体もいつ終わるともしれぬ不況の嵐の前に、非常に逼迫した財政を強いられ、昔なじみとはいえ、既に社長は人員整理を考え始めていた。
そんな中、田舎から上京し、夢に溢れる一人の若い娘が入社する。
古参派遣社員は彼女の美貌を妬み、あれやこれやの嫌がらせを企む。健気にもそんな仕打ちに耐えに耐える若い派遣社員。凄惨ないじめ。しかし、そんな状況も束の間、ついに社長は、今月いっぱいで一人人員整理する事を告げる。
色めきたつ派遣社員。そしてその時、横並びでダントツに三人の成績が振るわなかった。古参派遣社員二人に、あの若い派遣社員だ。
今夜中に売り上げを逆転しなければ、彼女たちは三人共に人員整理の対象になってしまう。
そんな折、IT業界の若き社長との合コン話が持ち上がる。一発逆転の最後のチャンスに色めきたつ三人。だが、その時お局の下に昔の同僚から一本の電話が入る。
「東京特捜部が、明日強制捜査に入るらしい」
なんでも、インサイダーやら粉飾決済やらで、IT長者は表向きだけで、実際のところは首も回らない状況らしい。タイムリミットは明朝、今夜中に金を落とさせなければ、その金は全て泡沫と消えてしまう。
三人の派遣社員たちのデッドヒートが今、幕を開ける。
――という内容である。
わたしは王子ならぬITの若き社長役。そして、お局が奈津希、古参派遣社員が波瑠とゆら、そして主役の若い派遣社員が爽音。役交代はほぼあり得ない。
そして、静かに志岐センは告げた。
「主役をやって貰おうと思うんだが、どうだろうか」
誰も、返答できるほどの神経の持ち主はいなかった。