4章
そんなこんなで、わたしはその日こそ休みはしたが、次の日にはとっとと学校に復帰した。都合三日の休みだが、クラスメイトは殆どその件に関しては触れない。
出席日数にギリ達する程度の、割にエンカウント率がレアなクラスメイトとして認識は終わっているわけで、まーそこに過度に触れてお互いに得になることはない。
だがまさにピンポイントでそこに触れてくるようなやつもいるわけだ。
「ってか超パネェっスよ!」
やや赤みがかった髪の、ボブカットのサイドに編み込みを入れている少女が声をあげた。オーバーに驚きのリアクション──机に手を掛けて大きく身を乗り出す系のポーズ──をとりつつ。
「やだなー。わたしが倒れるのはいつもじゃん」
動じずにわたしがやり返すけれど、ボブカットを赤く染めた子、阿川波瑠は首を横に大きく振って否定した。
「じゃなくて、新倉くんっスよ。なんであんなに大事にしていた顔にボールぶつけられても、あっさり許したんスかねえ?」
「あー。それね。何でだろうね?」
わたしも首をかしげる。
傍らにいた、エアウェーブのかかった茶髪の少女が、おっとりとした様子で手を上げた。
「ゆら、発言を許可するっス」
波瑠が指を指した。ゆら、と呼ばれた少女は一礼して発言を始めた。
「あのね、きっとね、いつも頑張ってる硝子ちゃんが困ってたから、助けてあげようって気になったんだと思うの。疲れ切って二日も寝込んでる病人と、顔に少しくらいの怪我とじゃ、比べようがないでしょう?」
なんという殊勝な心がけを想定するのか。彼女、冬室ゆらは基本的に他人の善意を過度に信じている。その反面、割と本能で察知したりするので鋭い。けれども、わたしの感触じゃあ、そこまで新倉が殊勝だとは考えづらい。ま、ゆららしくて可愛い回答だ。ほお擦りしたくなるな。
その横にいた、黒髪ストレートの少女が、首を横に振る。
「ゆら。それは違うと思うわ。硝子が4つもバイトを掛け持ちした揚句に、ソフト部と演劇部も掛け持ちしてるのを新倉くんが知っているとは限らないじゃない」
「ちょっとちょっと。奈津希、わたしソフト部は入ってないってば!」
わたしは彼女、畔柳奈津希にすかさずつっこみを入れた。
「あれ? ソフト部の子は既に稀代のエース獲得したって吹聴して回ってたわよ。ま、囲い込みの戦略だったかもしれないわね」
失敬、と絹のようになめらかな黒髪を揺らし、奈津希は苦笑した。まー確かにあんな事をやらかせば、ソフト部も動くかもしれない。後でしっかり断りを入れておかねば。
そして、いつものメンバーはもう一人いて、みんな演劇部に所属している。中でも残すもう一人の彼女、松見爽音はいつもヒロインを演じる、演技も上手いし凄く繊細だし、言い寄る男子は後を絶たない凄くガーリッシュな女の子だ。ローレイヤーの長い髪の毛がよく似合っている。
わたし? 髪の毛が短いからいつも男役なのさっ。
ま、演劇部自体は顧問の気分次第でかなり活動は不定期なんだけれど。その分わたしはバイトに精を出せるというわけだ。
ところが、その爽音の顔色は冴えない。一切口も開かないし、どっちかといえば病み上がりのわたしよりも顔色が悪いように見える。
「どったの爽音っち。全然元気ないじゃん」
様子を察して波瑠が声をかける。
「べ、別になんでもないわよ! 何でも!」
大抵、何でもないって言う人ほど何かあるのである。とは言うものの、つっこむのも野暮ってものだ。
「そうそう爽音っち、何で新倉くんは硝子の事許したのか、判るっスか?」
波瑠が聞いた途端、爽音の様子は誰でもはっきりとわかる程に平静から崩壊した。
「わ、判らないわ! 何でかしらね!」
爽音は大げさに肩を竦めて、首をこれまた大げさに振った。
や、そんな力む必要ないし!
明らかに怪しい様子の爽音に、奈津希は一瞬不審な表情を浮かべたが、ほんの一瞬。すぐにからりと乾いた委員長の顔でパンと手を叩いた。
「ほらほら、始業五分前よ。席に着いた着いた」
「えー。結局どういう事っスかー?」
「そんなの、本人にしか判らないでしょ。変な憶測はお互いのためにならないわ」
正論である。
えーっ、とつまらなさそうにして席に着く波瑠と、半分無理矢理彼女を引っ張っていくゆら。そして、つんと澄ました爽音が席に戻り、奈津希はわたしのすぐ近くに来て告げる。
「志岐センから伝言。あんまり無理してると、改造すんぞコラだそうな。あんまり無理しないようにね」
ぞぞ、と身の毛がよだつ。志岐セン、それは敵に回すと死を意味する悪魔の使徒の名。今宵も毒牙にかかる哀れな迷い子がいるのだろう。あなおそろしや。
ま、それはさておき、授業が始まるわけである。今日もまた、普通の日常が始まる。