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10章

「あーあーあー」

 大口を開けて深呼吸。もとい、あくびとも言う。

 一時間目を終えての休憩時間。ざわめく教室の中で机に突っ伏していたわたしは、起き上がるなり一発大あくびをかました。

「ちょっと硝子、みっともないったらないっスよ。そんな馬鹿口開けて。もー」

 波瑠があきれ顔でため息をついた。

「そっちだってため息ついてる。幸せ逃げるぜ?」

「あんたがそんなあくびしてるから、あたしの幸せは逃げるのさ……」

「でも、本当にどうしたの? 硝子ちゃん。私がバイト終わっても、帰ってこなかったでしょ」

 ゆらが心配そうにこっちを見てきた。や、そんなに心配するような事じゃないじゃん。夜更かしなんて誰でもするよね!

「ゆらのバイトって10時上がりっスよね」

「うん。晩ご飯ごちそうになったりするよ。昨日はきのこのハンバーグだった」

「鏡一郎さん料理上手っスからねー。ってそうじゃなくて。硝子、いったいそんな時間まで何を?」

 わたしはぼりぼりと頭をかいた。

「ナイショ」

「ナイショ、じゃないわよ硝子。あんた、目の下真っ黒じゃない。倒れてもベッド開けてやんないわよ、そんな不摂生決めてたら」

 奈津希もため息をこぼした。

「へいへいサーセンサーセン」

 でも、これはこのタイミングじゃないと、意味がなかったのだ。だから、やらなければならなかったのだ、わたしは。見てろよコンチクショー。

 そんなこんなで、あくびと猛烈な睡魔に何度か敗北し、目の下のクマについてはさんざんこってりとしぼられ、放課後がやってきた。

 そして演劇部の部屋に入るなり、わたしは全員に向かって言い放った。

「主役は新倉くんだから! 意義は認めない」

「え、マジで?」

 驚きの声を真っ先にあげたのは新倉だった。

「だからあたしそう言ったじゃんよー」

 志岐センははあ、とため息をついた。

「え、本気だったんですか?」

 奈津希がやっちゃったー、って表情を顔全体に浮かべて、ちらりと志岐センを見た。

「本気も本気。超本気だから」

 頑として譲らない志岐セン。ま、いつものことながら強情さでは並じゃないよね。

「でもですよ、でも、新倉くん男子っスよ? 男子で爽音の代役ってのは無理じゃないスかねー」

 そうそう、波瑠の言うとおりなのである。そこが最大のネックなのだ。

 そして、私が目の下にクマを作ってでも作った秘策が、必要だった。

「じゃん」

 わたしは、懐に隠し持っていた音楽プレイヤーを出した。

「わ。なんか私嫌な予感してきた」

「奇遇だね奈津希ちゃん、あたしもさ」

 奈津希と波瑠は一瞬にして、このプレイヤーに何が入っているかを察知したようだ。

「この中には、爽音が全台詞を喋った音声が入っています。いやー、カラオケ屋で朝までコースはしんどかったぜ。ホント」

 まあ、その後さらに三時間のバイトが入ったけど。深夜は時給が高いのである。

 奈津希は頭を抱えた。

「硝子っ! あなたわかってるの? 停学中なのよ爽音は! それを連れ出して朝までですって? あなたは!」

 ひい。奈津希は怒ると思った。間違いなく。そして、波瑠もわたしの顔をじろりと睨んだ。うわっ。なんでまた波瑠まで。険悪なムードだ。むむむ、なんでこんな空気に。

「さすが硝子ちゃんだね。面白いこと考えるんだね」

 そして、さらっとゆらは空気をぶち壊した。

「そうそう。それ面白いよ採用。あたし黙認すっからこの件」

「えー!」

 志岐センの言葉に驚く奈津希と波瑠。ま、わたしも少し驚いた。

「でも志岐先生、演技には声が必要不可欠です。確かにのど仏も立派に出ている新倉くんに、女の子の声は出せない。だから別録りはあってもいいと思います。でも、違和感は絶対拭えない。本人が本人の声を当てても違和感があるんですよ、別録りは。ましてや性別も違う他人なんて!」

 奈津希のもっともな指摘に、ふっふっふ、と志岐センは笑った。変な笑い方。

「あたしゃ、それがわからないほど硝子は馬鹿じゃないと思うのさ。な?」

 わたしは頷いた。

「じゃ、合わせてみようよ、一回。声はあとでいいからさ」

 自信に満ちたわたしの顔に、皆渋々頷いた。

 そして、一同が新倉の尋常ではない演技力に驚くのに、時間はかからなかった。

 奈津希は真剣な顔でうーん、と唸ったあと、こう言った。

「……想像もしてなかったわ。生き写しというか、パクリね。パクったでしょ、あなたこの役を!」

「ちょ、ちょっと奈津希ちゃん、役を人がパクれても、人を役がパクれるわけないっスよ! でもおどろいたー、まるで映画のワンシーンを役者さんが再現してくれたみたいに、シーンがビタッと見えてくるんだよねー。別にその映画見たこと無いけど、なんつーかこう、ぐわっと!」

 波留の言葉にうんうん、とゆらも頷く。

「生きてるみたいだった。役が。日常生活の姿が後ろに透けて見える感じ。違和感がないの」

「ふ、フフフフ……。実は面白半分だったんだが、これはもうなんというか、大当たり過ぎるな。主役以外ありえねーだろ常識的に考えて!」

「……やっぱり面白半分だったんですね。志岐先生」

 奈津希が呆れ顔を見せる。

「だが結果オーライだ! 問題ないだろ! やっぱりあたしの目に狂いはなかった!」

 皆、その言葉に頷いた。

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