キリさん故郷へ帰った
「懐かしいな、この空気」
キリは船をポーチにしまい、海辺の街道をを歩いていた。
左耳に潮の音を聞き、右耳で街道沿いに植えられた木々のさざめきを聞く。故郷の匂いというのは、やはりキリにも何か感ずるものがあるらしい。
ふと、木々の方に気配が。そちらに目を向けるキリ。
「…………あー、魔物……いや、妖怪か」
キリの前に姿を現した犬のような生物を見てキリは呟く。
このノーインでは、独自の進化を遂げた魔物と同じような生物が存在する。それが、妖怪。まあ、存在としての大した違いはない。ノーインにしかいない魔物と考えて問題ないだろう。
別に見ている人がいるわけでもないので、一瞬で斬り伏せる。
「そういやいたな、こんなの」
地面に横たわっている犬のような生き物の死骸を見てキリはそう言った。
何十年ぶりかの帰郷で最初に出会った生き物が妖怪とはついてない、とキリは思う。出来れば人に早く会いたいと思うのも仕方のないことであろう。
そういったわけで、早く人に出会うためにもキリはそのまま街道を歩き始める。
「さーて、どこに行こうかね」
はっきり言ってキリには目的といった目的が全くない。既にこの国の遺跡等はあらかた探索を終えてしまっているのだ。だからこそ、キリはこの閉鎖的な島国を飛び出して大陸に渡った。流石にキリがノーインを離れていた数十年で遺跡が生まれたりはしないだろう。
とりあえずこれからの事は人と出会ってから考えよう。そう決めてキリは足を進める。
ちなみに、キリは自分の現在地を全く分かっていなかったりする。なんとも行き当たりばったりな男である。
キリの故郷、ノーイン。ここは酷く閉鎖的な国である。
大陸では黒髪は東洋の人間として物珍しげに見られるだけだが、この国に大陸の金髪などの人間が入ればあっという間に排斥される。というのも、この国から大陸に渡るものは少数だが存在し、黒髪の存在が大陸側でも認知されている。しかし、こちらはわざわざ大陸から渡ってくる人間がほとんどいないため、まだまだ受け入れられていないのだ。
キリの友人二人が全くついてこようとしなかったのもそういった理由にある。ソーサルディアの魔法で海を渡ることも可能なのだが、二人はそれをしなかった。……まあ、店を放っておけないという理由もあるが。
とりあえず大きな街に行こうと考え、歩き続けること十日。キリはこの国の中心地、紅陽にたどり着いた。
途中、小さな村に寄って自分の現在地の把握に努めたり、自分の服が大陸仕様で目立つことに気づいて服を入手したり、所持金も大陸のものしかなかったため慌てて金策したりと色々あったが。
暫くは遺跡や冒険から離れて街や村を見て回るのもいいかもな、などと考えながら紅陽をぶらついていると、正面からなにやらぞろぞろと人が歩いてくるのがキリの目に入った。
「陰陽連、か」
その集団は、キリがノーインにいた時にも見た覚えがある。陰陽連と呼ばれる、陰陽術を修めて妖怪と戦うことを生業とした集団だ。
だが、いつも偉そうにしている割に対して強くなかったりするので、キリは好きではない。
この国に魔法は伝わっていない。代わりに存在するのがこの陰陽術だ。
だが、魔法は多くの人間が使えるのに対して、陰陽術は少数の人間しか使えない。
それは、陰陽師が特権階級であり、そうやすやすと力の使い方を人に教えないためである。
大陸の様子を知るキリからすれば非常に無駄なことをしているように感じるが、この国に住んでいる人々にとってはそれが当たり前のものになっているため言っても仕方がない。
絡まれるのも面倒なので、仕方なくキリは周りの人々とと同じように道の脇へ避けた。
去っていく陰陽師たちを見ながらキリは思う。しばらく妖怪退治をやってみてはどうか、と。
各地を旅しながら妖怪を退治していくというのも楽しそうだ。そう考えたキリは、これからのこの国での方針を決定した。
キリは数日過ごしたのち、紅陽を出発した。
妖怪退治の旅と言っても、見つけた妖怪を倒し、村や町で妖怪の話を聞けば倒しに行くだけだ。
当てもなく、今日ものんびり足を進めていくキリ。
紅陽で購入した濃紺の着流しが風にはためき、腰に差した刀がゆらゆらと揺れている。
懐にはミシュエラからもらった何でも入るポーチ。長期の旅でもこれ一つで十分なほど食材などが大量に入っている。
「お、村発見」
発見した村に真っ直ぐ突撃するキリ。
挨拶大事、初印象は重要、と自分に言い聞かせ、極めてにこやかな笑顔を浮かべて村人に話しかける。
「どうもー、妖怪退治屋でーす」
「…………はい?」
ファーストコンタクトはどうやら失敗に終わったらしい。それでもキリはめげない。
「……妖怪退治屋でーす」
「はぁ、そうですか」
一度はめげなかったキリだが、二度目の村人の反応を聞いてとうとう心が折れたらしい。「俺、妖怪退治するの諦めるよ……」などと言って地面にうずくまり始めた。
キリが何故こうなったかさっぱり分かってない村人が困っている。
「それで、妖怪の噂とか聞いてないか?」
しばらく経って復活したキリが村人に尋ねる。
「妖怪、ですか。んー、ここらじゃあんまり聞かないですねえ。もっと南の方なら結構出るって聞きますけど、ここらは紅陽の陰陽連が時々来ますから」
「南ねえ。よし、分かった、ありがとう」
とりあえず今後の進路は南に取ろう、と決定した。
結局この村では何もなかったので再出発。
向かうは南。だいたい南。それだけ合ってりゃ何とかなる、と考えるのがキリである。
あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。街道を逸れては街道に戻り、街道に戻ってはまた街道を逸れる。街道の脇の林などに何故か興味をそそられるキリであった。
そしてその結果、
「おっとー、キリ選手、どうやら街道を見失ってしまったようだー」
道に迷っておかしなテンションのキリへと相成ってしまったわけだ。完全に棒読みな辺り、大して困ってなさそうであるが。
「あー、ウサギ追いかけるんじゃなかった。……まあいいや、そのうちどこか着くだろ」
なんとも阿呆な男である。
そのまま特に焦ることもなく歩き続けていると、
「…………ん?」
気配が一つ。キリの右前、常人には絶対に発見できない距離だが。
「しかも……人間?」
その上、妖怪の気配ではなく人間の気配だった。感覚的なものだが、何となく人間と魔物などの違いが分かるキリ。
しかし、たった一人で森の中にいるなど一体どうしたというのか。一般人では妖怪に襲われればひとたまりもない。それなのにもかかわらず、一人で山奥にいるこの人間には大した力を感じない。
そして、その人間に迫っていくもう一つの気配を発見。こちらは妖怪だ。
「…………ほっといたらマズイんじゃね?」
キリは駆けだした。
「って、白……い……?」
とりあえず人間を発見。しかし、何かが普通と違う。具体的に述べるならば髪の色辺りが。
「ひっ!?」
しかも妖怪ではなくキリが怯えられた。
「何故だ……」
少々へこむキリ。だが、妖怪はどんどん近づいている。
仕方がないので白い髪の人間を背に刀を抜く。
しかし、妖怪の方がキリよりも人間に近いところにいたのにキリの方がずっと早くに到着するとは、流石キリと言ったところか。
そして、妖怪の姿が見えた瞬間、キリは消える。
正確には妖怪の正面に踏み込んだだけであるが。
――――斬
キリの持つ特性を存分に生かし、妖怪を断ち切る。
「…………よし。んで、お前さんは?……って、マジか」
後ろを振り返って白い髪の人間に問いかける。
それは少女だった。十五、六歳ほどだろうか
彼女はじりじりと後ずさっている。おそらく逃げてもキリが追いかけてくれば逃げきれないのは理解しているんだろうが。
「…………あー、えっと、大丈夫だ。俺はなんにもしない。ほら、今だって助けに来たんだぜ?」
「…………」
何とか安心してもらおうと語りかける。少女の警戒は解けないが。
しかしこの少女、良く見れば眼も赤い。髪色含め、およそこの国の人間にはあり得ない色だ。
恐らくこの容姿のせいでキリをここまで警戒しているのだろう。
大陸の人間かと思ったが、顔立ちはどうにもノーイン人のようだ。
考えても分からないな、と彼女の考察をやめキリは再び口を開く。
「ええとだな、俺は桐切 斬、この国を旅して妖怪退治をしてる男だ」
「…………」
彼女は相変わらず沈黙を保ったまま。
「…………そうだな、俺はつい最近まで大陸にいたんだが、大陸ではそんな目の色や髪の色をした奴が沢山いるぞ」
「…………本当?」
ようやく少女が声を発した。鈴が鳴るような、涼やかで綺麗な声だった。
「ああ、本当だ。…………そうだな、ちょっと待ってくれ」
ごそごそとポーチを漁るキリ。中から取り出したのは、ミシュエラ特性魔道具。どれだけ離れていても相手と連絡を取れるアイテムだ。
キリのノーイン出発の前夜に受け取った。
「…………あー、ミシュー? ――――ああ、でさ、ちょっと困った子がいるから俺のとこ来れない? 少しの間姿見せるだけでいいんだけど。――――俺の居場所? まあ、サルなら何とかなるだろ。――――おう、分かった、待ってるわ。
ってことで、もうすぐその大陸の人間来るからちょっと待っててくれ」
さっぱり状況が分かってないらしい少女が困惑しているのを見つつ、キリは友人二人を待つのだった。
キリのノーイン出発前にいい感じで別れたのに、結局すぐに再開するキリとソーサルディアでしたとさ。