キリさん旧友を訪ねた
当初は魔王倒して完結にするつもりだった。
「とまあそんなことがあったわけよ」
キリは出された茶を飲みながら最近あったことを話していた。
ここは知る人ぞ知る伝説の道具屋、【ソーミアの竪琴】。店主である赤髪をポニーテールに纏めた美人、ミシュエラ・クレイ・ミア・スペルドキャストの経営する小さな道具屋だ。
だが、表に並んでいる商品こそ普通の道具屋だが、裏に行けば‘何でもある’と言っても過言ではない品揃え。店主ミシュエラは、物を作ることに関しては他の追随を欠片も許さない鬼才っぷりを発揮するからだ。
そして、実は彼女は不老不死の薬まで作れたりする。その薬の初めてにして唯一の被験者が彼女自身なのだが。
まあつまりは、戦闘面に特化したキリやソーサルディアとは別ベクトルの、彼女もまた人外である。
ちなみに、もうその薬を作る気はないようだ。曰く、人のやっていいことを超えてしまっている、とのこと。一度作ってしまったことを失敗と捉えている節さえある。
「ふうん、大変だったんだねぇ。お疲れ様、キリキリ」
「はっ、ざまぁ」
「よし、表出ろサル」
「上等だカマキリ」
キリの苦労を馬鹿にした男、ソーサルディア・マジカ・スペルドキャスト。金髪碧眼の整った顔立ちを持つ魔法特化型の人外である。
ミシュエラ曰く、キリとソーサルディアは親友。彼女がそう言うたびに二人が息を揃えて「絶対にありえねえ!!」と叫ぶのは、ひそかな彼女の楽しみになっている。
まあ、何故ここにソーサルディアがいるかと言うと、実はソーサルディアとミシュエラは夫婦なのである。
先ほど、ミシュエラに続いてソーサルディアが表に顔を出したとき、キリは出会い頭に「てめえにゃ用はねえ。用があんのはミシューだけだ。奥に引きこもってろサル」と言い放つ一幕があったりするのだが。
「キリキリー、ソーちゃん、お店にちょっとでも傷をつけたらダメだよ?」
「…………よし、やめるかサル」
「そうだなカマキリ」
先ほども似たような形で鎮火させられている二人。学習能力が存在しないのかもしれない。
まあ、今のやりとりでも分かるように、キリとソーサルディアは決してミシュエラに頭が上がらない。
何十年経っても上がらない。
おそらく一生上がらない。
彼らは既に魂のレベルでミシュエラに屈服しているのだ。
二人は口をそろえて言う。
「毒薬危ない」、と。
一度彼女を怒らせたとき、キリは強力な麻痺毒を打ち込まれた。毒に対しても圧倒的抵抗力を持つキリをものの三秒でダウンさせる麻痺毒を、だ。
ソーサルディアは、魔法を全て無効化する金属(ミシュエラ特製合金その十八、製法不明)で作った針に麻痺毒を塗って投げつけられた。こちらは普通の麻痺毒だったが。
直接麻痺毒を至近距離で打ち込まれたキリと、張った障壁をすり抜けて麻痺毒つきの針を腕にもらったソーサルディアは揃って撃沈。それから身動きの取れない状態で彼女のお説教タイムに突入した。
流石にこれだけされれば嫌でも人外二人でもトラウマになるというものだ。いつもは温厚な女性だけに。
まあ、彼女は高い身体能力も持たない上魔法もほとんど使えないので反射神経の底上げもできないのだが。
戦闘に関してはやはりキリとソーサルディアが専門ということになる。
さて、そろそろ何故キリがここにいるのかに触れよう。
彼は魔王討伐ののち、無事にシオン、リース、レーナの三人を王都に送り届けた。
その時に実はリースとレーナが大貴族の娘だったということが発覚したり、帰還した勇者パーティーの一員としてキリも群衆に囲まれたりと色々あったのだが、英雄の凱旋を祝うパレードがあると聞いたところでキリは王都を脱出。そのまま彼はゲイルリア大陸の北西に位置するシルフィニア王国をも抜け出した。
勇者パーティーの一員となってしまったからには予想していたことだが、やはりしばらくはロクに動けないだろう。
と言うわけで、とりあえず腰を落ち着けるために大陸の東端にある小国、そこに店を構える旧友たちに会いに来たわけだ。
「それで、キリキリはこれからどうするの?」
「んー、考えてない。とりあえず十年かそこらどこかに雲隠れしようかと思ってるんだが」
「んじゃお前の故郷に行くとかどうよ」
キリの故郷、ノーイン。ゲイルリア大陸よりやや東にある島国である。
「ああ、その手があったか」
「じゃあ十年くらいはキリキリに会えなくなっちゃうね」
「んーまあ仕方ないんじゃね?ってことで船よろしく」
さらっとミシュエラに船の用意を依頼するキリ。まあ、ただの船を一つ作るくらい、ミシュエラにとっては朝飯前なのだが。
「うんうん、まいどありー。あ、そうだ、こないだ面白いもの出来たからキリキリにあげるよ。これはサービス」
ごそごそと店の奥の棚に何かを取りに行くミシュエラ。
「…………ポーチ?」
渡されたのは見た目は何の変哲もないポーチだった。
「んふふー、そう思うでしょ。試しにもの入れてみるといいよ」
キリが持っていたリュックの中から保存食を一つ取り出して中に入れてみると
「消えた!?」
ポーチの中に入れた瞬間保存食が姿を消した。
「だいじょーぶだいじょぶ、今の保存食のこと思い出しながらポーチに手を突っ込んでみるといいよ?」
おっかなびっくりにキリが言われたとおりにすると、手に何かが当たる感触がある。掴んで取り出してみると、それは先ほどの保存食だった。
「…………どうなってんの?」
「むふふー、すごいでしょ。これね、実はどんな大きさのものでも入るの。それに中に入れてる間は時間が止まってるらしくて、食べ物入れても腐らないんだよ。ね、すごくない?」
胸を張ってむふむふ言っているミシュエラだが、実際にキリはすごいと感じていた。今まで旅の荷物がかさばって邪魔だったのだ。
「ああ、すげえわ。めっちゃ助かる、サンキュー、ミシュー」
「どういたしましてー」
ニコニコと笑顔のミシュエラ。
「どうだ、俺のミシューは可愛いだろう」
「お前は空気のままでよかったのに」
「おい『変態剣士』カマキリ」
「何だ『イカレポンチ』サル」
「二人ともー、そろそろ食事の準備始めるから喧嘩したらご飯なしだよ」
「俺たちめちゃくちゃ仲いいよなカマキリ」
「だよなサル」
彼らは今日も平常運航である。
「さてと、じゃあそろそろ行くわ。ってことでサル、よろしく」
「あいよ。んじゃ数分だけど行ってくるな、ミシュー」
「いってらっしゃーい」
翌日、キリはソーサルディアの魔法で海辺まで送ってもらうことになった。
ミシュエラの作った船はキリがもらったポーチに入っている。どうやったらあんなに大きいものが小さなポーチに入るのか疑問は尽きないキリだが、とりあえず気にしないことにした。
ソーサルディアの魔法で海辺に着いたキリは、海に船を浮かべ後ろを振り返る。
「んじゃ、また十年後」
「おう、またな」
キリと同じく不老不死のソーサルディア、そしてミシュエラ。
十年後の再開を約束して、キリは海に浮かぶ船に乗り込んだ。
キリさん新たな旅立ち。
船一つで大した準備もなく海を渡れるのか? なんて思ってはいけない。なにせキリさんだから。
そして、 日本 → nihon → nohin → noh in → ノーイン という安易な名前。