キリさん勇者に捕まった
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ユーエルの町を一人の少年と二人の少女が歩く。
「あ、そういえばさっきの人、名前を聞くの忘れちゃったな」
勇者の少年、シオン・ノールズガルドは呟く。
「シンセリヤで待っていて下さるそうですから、ここでの用事を片づけたらすぐに出発しましょう」
その呟きに答えたのは白い服の少女、リース・エレイン。隣を歩く黒い服の少女、レーナ・エレインの双子の姉である。
「それにしても、凄い人だったね。森の主を簡単に倒して、毒に侵された人の治療のためにこんなに離れた所まで来るなんて」
「もしかしたらその毒ってカイズスネークの毒じゃないかしら。クレイン草はこの地域じゃこの辺りにしか生えてないし」
レーナの言うカイズスネーク。グレアキースなどよりよっぽど強力な毒を持った蛇である。
「ああ、だからあんなに急いでたのか。うん、きっとそうだね」
隣でリースもうんうんと頷いている。
勝手に勘違いしている一行だが、彼はただ勇者達から逃げたかっただけである。毒自体はそこまで大したものではない。
「……それにしても、颯爽と現れて森の主を倒し、すぐに人助けのために町へ帰るとか……カッコいいなぁ」
少年シオン、格好良いものに憧れる年頃である。
「そうね、人柄もいいみたいだし、強さも申し分ないわよね」
「あの方ならきっと力になって下さいます」
どうにもキリの望まない方向へ話は進んでいるようだ。
「……っと着いたね」
シオン達の言う用事とは、森の主討伐の報告。この町の町長に依頼されていたのだ。
この後シオン達は、森の主はとある人物に助けられて無事討伐されたこと、討伐自体はその人が行ったため礼はその人に言って欲しいことなどを告げてシンセリヤの町に向かった。
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「「「ありがとうございます」」」
その頃キリは、依頼主の少女ユーウェとその両親に頭を下げられていた。
キリが採ってきた薬草をユーウェ一家の知人の薬師に渡して調合してもらい、その薬をユーウェの父が服用。二時間ほど時間を置いて様子を見れば、ユーウェの父はかなり楽になったとのこと。
格安で依頼を受けてもらったことに対して礼を言われているのだ。
が、キリは焦っていた。
「(早く町を離れないと……!!)」
理由は勇者御一行から逃げるためである。
先ほど王国に指名手配されるビジョンが浮かんだが、流石にそれはないな、と思い直したのだ。
幸い、シンセリヤは街としてはかなり大きい部類に入る。‘運悪く’出会えずに、別の町に行ってしまったということにしてしまえばいい、と結論付けた。
だが、シンセリヤの近くの遺跡を探索するのはまたの機会にするしかないため、少し落ち込むキリ。
まあ、それなら薬草だけ渡してすぐにこの町を出てしまえばよかったではないかと思うかもしれないが、それは彼の冒険者としての流儀に反する。彼は、仕事は最後まできっちり結果を見届けることに決めているからだ。
一度それで痛い目を見たために。
という事で、キリは腰を上げる。
「じゃあ、俺はそろs「そうだ!! 大したおもてなしは出来ませんが夕食をご馳走しますよ」」
ユーウェの母君は、随分と快活な人物のようである。
「……いえ、悪いですから……」
「そんなこと気にしないでくださいな。ほらほらユーウェ、今日の夕食は張り切るわよ」
「うん!!」
あれよあれよという間に、キリが夕食をご馳走になるのは決定してしまったようである。
「(あれ? これまずくね? なんか前にも似たようなことがあった気が……)」
記憶をひねり出そうとうんうん唸りつつも、同時に何とかこの状況を切り抜けようと考えるが、
「(……まあ、あいつ等に合う前に町を出ちまえばいいだけだしな。何とかなるだろ)」
キリは考えるのをやめた。面倒になったようである。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
ユーウェの母とお決まりの挨拶をお互いに行い、そろそろ出発だなと考える。キリなら夜間に移動しても問題ないのだ。
しかし、
「そうだ、今日はうちに泊まっていきませんか? 部屋も空いてますし、明日の朝食も用意しますよ」
「いえいえ、本当にそk「さあユーウェ、空き部屋の準備をしてらっしゃい」」
「はい!!」
「(この親子、わざとやってないか?)」
結局、この後キリはこの家に泊まることになった。
「(まあ、アイツらが来るまでまだ時間はあるだろ。明日出発だな)」
普通に歩けば四日かかる道のりだ。まだ大丈夫だろうと判断した。
――――あと三日ほどは時間があるだろうと高をくくったのがまさかあんなことになるなんて、と後のキリは語る。
翌日。
「おはようございます。よく眠れました?」
キリはユーウェに起こされた。美少女に起こされるとかなり得した気分になるな、と寝ぼけた頭で考えるキリ。
「……んー、おう」
まだまだボーっとした頭で返事を返す。
「もうすぐ朝食が出来ますから、少し目を覚ましてくださいね」
寝起きのキリの様子が面白かったのだろうか、ユーウェは少し笑っている。
「いただきます」
「はいどうぞ」
昨日の夕食もだが、食事はユーウェとユーウェの母が一緒に作っているらしい。なかなかおいしい。
ユーウェの父は、まだ一応寝て様子を見るようだ。
「よし、ご馳走様。
それで、今日で俺はこの町を出ます」
「……え?」
昨日のように流されては敵わないと、キリは素早く話を切り出す。
ユーウェになんだかとても残念そうな顔をされて一瞬ぐらつきそうになるが、何としてでもこの町を離れなくてはならない。
「あら、そうなんですか。残念ですねえ。」
ユーウェ母がチラッとユーウェを見たのにはどんな意味があったのだろうか。
「ええ。お世話になりました」
キリはのそのそと出発の準備を始める。
愛刀を腰に下げ、その他の荷物も確認しつつ荷物を纏めていく。
「あの、キリさん。またこの町に来ることがあったら、うちにいらして下さいね……?」
荷物を担いで出口に向かった時、キリはユーウェにそう言われた。
「おう、分かった」
言葉を返し、キリは家を出る。
閉じられた扉を見つめるユーウェの二つの瞳が、静まり返った家で静かに揺れていた。
次はどこに行こうかな、と考えつつキリは足を進める。街の南口は人が込んでそうだな、と考え、東口に向かうことに。
東口のすぐ近くまで着いたが、東口は南ほど人がいないとはいえそれでもやはり人が多い。この街の規模が大きいことを示しているのだろう。
その中でも黒髪は珍しく、少し浮いている感じがする。
ぼんやりと、東口の目の前まで進んだ時だった。
「あ、いた!! 黒髪の剣士さーん!!」
キリに向かって駆けてくる少年と二人の少女を見つけたのは。
「(誰だよ、東の方が人が少ないって東口に向かったヤツ。一番会いたくねえ奴等がいるじゃねえか)」
この日、キリは再び勇者達と出会った。
ここまで登場させといて、ユーウェは実はモブという事実。
現実って非情ね。