キリさん勇者君御一行に遭遇した
ということで、離れた森まで走ってきたキリ。
正直、キリが本気で走れば常人には文字通り目に見えない。早すぎて。
そして今回は、キリは久しぶりに全力で走った。結果、歩けば四日かかる道をキリは二十分足らずで走破。
立派に人外である。
なお補足するならば、彼は綺麗に均された道を走ってきたわけではない。木々の根を飛び越え、苔むしたした大岩を蹴りながら駆けてきた。それでいてこの速度。
重ねて言うが、彼は立派に人外である。
「ええと、カシナ草、カシナ草…………あったあった。んー、後は…………んん?」
薬草採取に精を出していたところ、キリの超センサーが戦闘音を感知した。かなり離れている。キリが走って一分、といったところか。
彼がそれだけ離れているところの音すら聞き取れるのは、彼が自身の限界をぶった斬ったからに他ならない。
採取した薬草を持ってきた小さなリュックに詰め込み、少し屈伸してからキリは駆けだす。
景色が次々に流れていく様がどこか美しい。
持ち前の反射神経を以て障害物を避けつつ、キリは走る。
「ハハッ」
キリは、この感覚が好きだ。
この疾走感。
この爽快感。
自然と笑みがこぼれる。
しかし、すぐに目的の場所へと到着してしまった。
そこにいたのは、十六、七歳ほどの少年少女たちと大型の魔物。
少年少女の数は三人。一人の少年と二人の少女。
「(なるほど、ハーレムか)」
少年が剣を握り魔物をかく乱、白い服の少女が少年の動きを補助魔法でアシストし、黒い服の少女が攻撃魔法で魔物にダメージを与えていく。恐らく、白い服の少女は回復役も兼ねているようだ。
「(にしても、前衛が足りないな)」
三人はかなり優れた使い手なのだろう。あの魔物はかなり強い部類に入るだろうが、三人は全く引けを取らず、むしろ押している。
だが、これは少年の頑張りあってのものだ。少年が弾き飛ばされでもすれば、この状態は一気に崩れる。
「って、考えたそばから……」
少年が魔物の振るった腕をうまくいなせず吹き飛んだ。そうなると、危険なのは後衛二人。
「ああもう。しゃあない、行くか」
このまま見てるだけというわけにもいくまい。そう考えて、キリは魔物に向かって駆けだす。
そのまま一息に魔物を射程に捉え、左手は鞘に、右手は柄に。
刃を抜き放つ。
―――― 一閃
刀。
それが彼の持つ武器。
正直、彼がなまくらの武器を使っていても彼に勝てる存在はほとんどいないだろう。
そんな彼が持つ、斬ることに重点を置いた武器。
魔物の上半身と下半身がずれる。
キリの後ろで二人の少女が息を呑んだ。おそらく状況もうまく呑み込めてないだろう。
愛刀に付いた血糊を払って鞘に納めつつ、キリは後ろを振り返る。
「よお、怪我ねえな?」
「「…………え?」」
同じタイミングで同じ反応。よく見れば顔も似ている。
ただ、白い服の少女は優しそうなタレ目なのに対して、黒い服の少女は少しきつい感じのするツリ目だ。
固まっている二人の少女を前にどうしたもんかとキリが迷っていると、
「リース!! レーナ!! ……って、え?」
先ほど魔物に吹き飛ばされた少年が戻って来た。最後の疑問符は切り裂かれた魔物の姿を見てのものだろう。
「なあ、少年。せっかく助けたのに二人が固まっちまったんだが、どうすりゃいい?」
「…………」
残念ながら少年も固まっているようである。
誰からも反応が返ってこない、とブツブツ拗ねだしたキリ。
完全にフリーズしている三人の少年少女。
見事なカオスが、そこにはあった。
「「「ありがとうございました!!」」」
暫くキリが一人で拗ねて、地面によく分からない絵を描き始めたあたりで三人は復活した。
きちんと礼を言うあたり、三人ともきっちり礼儀を弁えているようである。
「おー、どういたしましてー」
ひらひらと手を振って返すキリ。
「それにしても強いんですね。まさか森の主を一撃で倒すなんて……」
「…………え?」
少年が問うが、キリは今の言葉を聞いて冷や汗をかいていた。
森の主。この森で一番強い魔物の事だ。
キリからすればどの魔物も一撃で倒せるためどの魔物でも大した違いはないのだが、今倒した魔物はちょっとした魔物だったらしい。
キリは、自由に冒険するため下手に目立たないように気を付けて生きている。
これはまずい、と必死に弁解。
「い、いや、たまたまだよ。走った勢いそのままに斬ったのもあったし、きっとうまいこと斬れたんだって」
どうにもこの男、言い訳は上手くないようである。
「ですが、私たちを助けてくださった時、速すぎて魔物が倒されるまで気づきませんでしたよ?」
「い、いや、速さには結構自身があるんだよ、うん」
今度は白い服の少女。キリの言い訳はもうボロボロである。
「速さに自信があって、なおかつ森の主を一撃で倒せる攻撃力……」
黒い服の少女の呟きは全力で聞こえないふりをする。
「ま、まあ、とりあえず俺は今依頼の途中だからさ、緊急依頼だから早く町に帰らなきゃ」
キリは 逃げる を選択した。
「待ってください!!」
しかし少年に回り込まれてしまった。
聞いてもいないのに語り始める少年。
「ええと、そのですね……僕たちは今、魔王を倒すために旅をしているんです」
キリに 死亡フラグ が建った。
「(そういえば、最近魔王とかいうのが現れたから王国が勇者を探してるとかいう話を聞いたな。つまりこいつが勇者か)」
「それで、その、僕たち三人で今は旅をしているんですけど、流石に前衛が一人なのは辛いものがあって……」
「(うん、ここまでくれば誰でも分かるね)」
キリは諦めたようだ。
「その、僕たちと一緒に魔王を倒して下さい!!」
ガバッと頭を下げる少年。
だが、
「 断 る 」
実は、キリは嫌なことはNOと言える人間だったのだ。
「そんな!! お願いです!!
このままでは魔王は倒せません!! 人々も苦しんだままです!!」
「私からもお願いいたします」
「私もお願いします」
白い服の少女と、更に黒い服の少女まで頭を下げてくる。なんだか自分が悪いことをしているような気分になってきたキリ。
ここで、完全にこの申し出を断った場合を考えてみよう。
~~~~~~~~~~
「王様!!」
「どうしたのかね? 勇者よ」
「魔王を倒すために必要な人物が見つかりましたが、逃げられました!!」
「ふうむ、わかった。それは王国側で何とかしておこう。その者の特徴は?」
「黒髪黒眼の二十歳位の男性です。刀を持ち歩いていました。それと似顔絵も描いてあります」
「うむ、あい分かった。それをもとに国を挙げてその者を捜索しよう」
「ありがとうございます」
~~~~~~~~~~
キリの頭に大陸で最も力を持つ国から指名手配に近い扱いを受けるビジョンが浮かんできた。
「(マズイ不味い拙いまずい……!!!! これはうまくないぞ……!!)
え、ええと、とりあえず町に戻らせてもらえないか? 話はそれからにしよう」
人、これを時間稼ぎと言う。
「分かりました、じゃあ町まで戻りましょう。ユーエルの町ですよね?」
「え? あ、いや、シンセリヤだ」
「結構遠いところから来たんですね」
「(言えない……!! 全力ダッシュしたら二十分弱だったなんて言えない……!!)
あー、そうだ、俺は結構急いでるから三人はシンセリヤに後から来てくれ」
キリは再び 逃げる を選択した。
「一緒に行った方が安全ですよ?」
「いや、毒に侵されて困っている人がいるんだ」
「それは大変ですね。分かりました、僕たちもユーエルの町に寄っていく用事がありますし、いったんお別れですね」
「そうだな、そうしよう。
(出来たら一生お別れになりたいなんて思ったのは久しぶりだよ)」
どうやら上手く逃げ切れたようだ。
こうしてキリは、勇者一行と別れた。