キリさん依頼を請け負った
――――突然だが、話をしよう。
ん?その前に自己紹介しろって?
いや、名乗るほどのものじゃないのでね、とりあえず私の事は置いておいてくれ。
さて、気を取り直して。
ここは多分、おそらく、いやきっと、君の知っている世界とは別の世界だと思う。君のいる世界は魔法が飛び交ったり、剣を打ち鳴らしたりはしないだろう?
そういうわけで、ここは君の住む世界とは別の世界だ。
まあ、何故この世界から君たちの世界にこうやって話ができているかというのもひとまず置いておいて欲しい。
突然語り始めて一体こいつはどうしたんだ、頭がおかしいんじゃないかと言いたくなるかもしれないが、これは私がこの世界に生きるとある人間の観察日記に過ぎない。だから、君は特に感慨にふけることもなく、ただ、淡々と、作業的に彼の生きざまを見てくれればいい。これは、それだけのための物語なのだから。
ふむ、ではここら辺で彼について軽く述べておこうか。
簡単に彼の事を説明するならば、『少し変わった普通の人外』。これ以上に上手く彼を表せる表現はないだろうと思う。
人が困っていれば助けるし、一般的な常識もちゃんと備えている。少々周囲に流されやすい感はあるものの、ここまでは普通の人間と言って差し支えないのではないだろうか。
では、何が変わっているのか。
それは、もって生まれた力。
彼が持つ力は切断に特化した力だった。彼の属性、と言ってもいいかもしれない。
何かを斬ることに関してのみ絶大なアドバンテージを誇り、物を斬ることにおいて右に出るものはいないという力。
ヒノキの棒で鉄を斬った時などついつい我が目を疑ったものだ。
そんな彼の職業は、冒険者。広大な大地を踏みしめ、未だ見ぬ謎に目を輝かせる存在だ。そして、彼もその例にもれず未知との遭遇に胸を熱くする、ロマンを求める男だった。
とまあ、ここまでの説明で、大体彼がどんな人物かは分かってもらえたと思う。
さて、彼についての説明の最後に、彼が何故『人外』なのかを述べておこう。
あれはもう五十年ほど前の事だったか。
彼は
酒に酔った勢いで
自分の死を
‘斬った’。
はてさて、これから彼がどのように生きていくのか、この物語の結末はどこへ向かうのか、今はまだ、誰も知らない。
# # # # #
――――カランカラン
【アイラの酒場】の入り口に付けられた小さな鐘が来客を告げる。
ゲイルリア大陸の西方に位置するシルフィニア王国に栄えたこの町、シンセリヤにはいくつもの酒場がある。冒険というロマンに魅せられた男女がシンセリヤ近郊にある遺跡の探索を終えて町に帰還し、バカ騒ぎをしながら飲みに来る。
【アイラの酒場】もまた、そんな酒場の一つだった。
「いらっしゃいませ!!」
酒場の中の喧騒に負けないよう、従業員が声を張り上げる。
今は夕暮時。一番酒場が賑わう時間だ。
酒場に入ってきたのは一人の青年だった。
黒い髪、黒い瞳、少し幼さを感じさせる顔立ち。これは東洋の人間の特徴だったか、と従業員は考える。
「お一人ですか?」
「はい」
周囲の騒がしさに少し眉をしかめる青年。
「(この時間に着いたのはうまくなかったな)」
ボーっと周囲を見回しながら奥の席に向かう青年。その途中で近くの席に座って飲んでいた男に「おう坊主、こっちに座れよ」などと言われたがとりあえず躱す。
「――――あー、疲れた……」
席について、ちびりちびりと出された酒を飲み、青年は喧騒にまみれた酒場を見遣る。隅の席に座れたので、先ほどよりも居心地が良い。
彼の名前は桐切 斬。東方出身のただの冒険者である。
…………訂正。
自分の死や老いなんかを酔った勢いでぶった斬ったトンデモ冒険者である。よって彼は不老不死。
彼に魔法の素養は皆無だ。そのせいでとある友人にはかなり馬鹿にされているのだが。
とにもかくにも、彼は冒険者である。
今日は三日間歩き続けてこの町に着いたばかり。宿も取らずに真っ先に酒場へと駆け込んだ彼は、相当に酒が好きと見える。
とりあえず暫くはこの町で遺跡に関しての情報を集め、それから遺跡の攻略に乗り出そう、などと今後の自分の予定を練りながら杯を傾けていると
「……あの」
話しかけてくる少女がいるではないか。これは無視するわけにもいくまい、と杯を置いて彼女に目を向ける。
歳は十五、六といったところだろうか。茶色い髪が肩より下まで伸び、大きめの黄色い瞳には落ち着いた雰囲気を讃えている。なかなか可愛らしい少女だ。
「どうした?」
「……冒険者、ですよね?」
「ああ、そうだけど」
「その、依頼を、請けてもらえないでしょうか」
どうも依頼をしたかったらしい。
ふうむ、とキリは考える。
基本的に依頼というのはギルドという組織を通して冒険者が行うものである。
ギルドを介さず個人的に依頼を行う場合もあるが、その場合のほとんどは冒険者と依頼者が知人同士という場合。キリの記憶にこの少女の姿はない。
となると、
「ギルドの報酬基準をクリア出来ない依頼か、それとも緊急依頼、か」
「…………どっちもです」
うーん、と唸るキリ。
キリの反応を見て、望み薄だと思ったのだろう。少し肩を落とす少女。
ギルドの依頼には報酬基準というものが存在する。
ギルドは出された依頼の内容を吟味し、依頼にランクを付けるのだ。依頼のランクごとに最低報酬額が設定されており、依頼者がその基準以下の報酬しか用意できない場合その依頼はギルドで請けてもらえない。
「(別に今、時間あるからいいよな?)」
キリは自分に問いかける。正直、全く金に困っていないキリにとって、報酬など大した問題ではないのだ。
「あ、あの、やっぱり無理、ですよね……」
「んー、内容は?」
「え? あ、えと……父が、グレアキースの毒にやられてしまって……」
キリが断ると思っていたのだろう。依頼内容を聞かれて戸惑っている姿が小動物を思い起こさせる。
「グレアキース、ね。まあ、すぐに危ない毒じゃなかったのはよかったのか。依頼は治療に必要な素材集め?」
「はい、そうです。診療所に行っても薬が売り切れで買えなくて……」
「まあそうだろうね」
実はキリはグレアキースの持つ弱い毒だけでなく、大人をものの数分で死に至らしめるような強力な毒すら無効化できる万能薬を持っているのだが、流石にグレアキースの毒ごときには勿体ない。
そして、市販されている薬は非常に数が少ない。
それは薬の素材が慢性的に不足しているためである。町の近くの素材はあらかた回収されており、依頼を達成するためには町から離れた場所まで行かなくてはならない。しかし、その割には依頼が低ランクで報酬も低いため冒険者からは敬遠されがちな依頼なのだ。
その上、この少女はその低い報酬額基準すら満たせないと来た。恐らく貧しい家庭の子供なのだろう。
この依頼を請ける冒険者は、生活に余裕があり、なおかつ、それなり以上にお人好しでなければいけない。
――――そして、その二つの条件を満たす冒険者がキリである。
「その依頼、請け負った」
「へ? …………あ、え? ああ!? あ、ありがとうございます!!」
ペコペコと頭を下げる少女。可愛い娘に頭を下げられるのもなかなかいい、などと阿呆なことを考えているキリ。
とりあえず、明日のキリの行動予定が決まった。
「ようユーウェ、ってわけで今から行ってくるわ」
「はい、お願いします」
「おう、任せとけ」
翌日、キリは町の出口にいた。
依頼主の少女、ユーウェに見送られキリは町の外へ足を踏み出そうとする。
「って、え? キリさん、お仲間さんは?」
踏み出そうとした。
踏み出せなかった。
「あー、ええと、俺は一人で旅してるんだ。だから仲間は今はいない」
「え、ええ!? 一人でですか? てっきりここで待ち合わせてるものだとばかり……。大丈夫なんですか?」
「あー、大丈夫大丈夫。一応俺って結構すごい冒険者ってことになってるから」
「け、結構すごいんですか」
結構すごいの基準が人外認定だということに、この少女は気付いていない。キリの親友曰く「あいつの剣は変態じみてる」とのこと。
変態呼ばわりされた腹いせに、キリがその男の魔法を『イカれてる』と表現したことにより、二人の人外決戦が起こったりもした。
キリと張り合える時点で、キリの友人も大概人外である。
「まあ、そんなわけで心配いらんよ」
「ええと、はい、わかりました。待ってますね」
おー、と気の抜けた返事を返して、キリは歩き始めた。