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「聖女はいらない」と祭壇から蹴り落とされた私、星屑を数えるのが趣味だっただけなのに――湖の底で竜神様に拾われて世界を救うことになりました

作者: uta
掲載日:2026/07/27

「──こんな地味女、聖女なわけないでしょ? 湖にでも捨ててきて」


祭壇の中央で、華憐が可憐に首をかしげてそう言った。


金糸の刺繍が施された純白の聖女装束。それを纏った彼女の背後で、王太子も神殿長も、うんうんと満足げに頷いている。


(……あー、はいはい。これがいわゆる、ざまぁされる前フリってやつね)


私は内心で、そっとため息をついた。


ミオ。前世は現代日本の天文台で働く観測助手。34歳、独身、筋金入りの星オタク。それが私のスペックだ。


そして今世は、異世界『ラフェリア王国』に召喚された聖女……のはずだった。


だが召喚陣に一緒に現れたのは、前世の職場の後輩・華憐。同じ日に事故に遭った彼女は『豊穣の光』という、それはそれは派手なギフトを授かっていた。


対する私のギフトは。


「『星読み』……星屑の声を聴く、か。回復でもない、鑑定でもない。なんの役にも立たない外れギフトだ」


鑑定を担当した神官が、あからさまに顔をしかめた。


(星屑の声を聴く、が役立たず認定。まあ、この世界の科学レベルならそう言うよね)


くすくすと、忍び笑いが広がる。


華憐が私の耳元に唇を寄せて、囁いた。


「ミオ先輩、前世でもそうでしたよね。地道にコツコツ、誰も見てないデータ取り。……で、成果は全部、私がいただいちゃうの」


ああ、そうだった。


前世でも、この子は私の観測記録を横取りして、上に自分の手柄として提出していた。何度も、何度も。


(でも、それも今日で終わり。……いや、終わらせるのは私のほうだけどね)


兵士たちに引き立てられ、私は祭壇の外へと連れ出されていく。


向かう先は、国の禁忌――『星屑が降り積もる湖畔の祭壇』。入った者は二度と戻らない、呪われた湖。


「せいぜい呪いに食われるといいわ、地味女」


遠ざかる華憐の声を背に受けながら。私はただ、静かに空を見上げていた。


(さようなら。……なんて、言ってあげる義理もないか)


──


湖畔に着いたのは、日が暮れる頃だった。


兵士たちは私を突き飛ばすように放り出すと、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。


「……ふう。ようやく、一人」


私は膝についた土を払い、顔を上げた。そして――息を呑んだ。


湖の水面に、無数の光が降り積もっている。淡く、青白く、まるで砕いた星をそのまま撒いたような輝き。それが風もないのに、ゆっくりと明滅している。


(……綺麗)


星オタクの血が、静かに沸き立つ。だが、次の瞬間。私の中の「観測者」が、別のことに気づいた。


「この光の明滅パターン……周期性がある。ランダムじゃない」


私はしゃがみ込み、湖面をじっと見つめた。光が瞬く間隔。強弱。配置。


頭の中で、前世の記憶が高速で走る。天文台で毎晩眺めていた、星々の運行データ。几帳面に暗記し、記録し続けた、あの膨大な数字の羅列。


それと、目の前の星屑が――一致していく。


「……嘘でしょ」


(呪われた湖ねぇ。……いや待って、この星屑、天体観測データと一致してる。これ、呪いなんかじゃない)


光の配列は、明らかに何かの「記録」だった。そして、ところどころ――配列が乱れている。崩れかけている。


(これ、封印術式が崩壊しかけてる“観測記録”だわ。誰かが、何かを、この光で封じてる。……で、それが今、緩んできてる)


ぞくり、と背筋が震えた。恐怖ではない。研究者としての、抑えきれない好奇心だ。


「役立たずの外れギフト、ねぇ」


私は乱れた星屑の一点に、そっと指を伸ばした。触れた瞬間。


「わ……っ」


光が、応えるように――強く、脈打った。そして、湖の底から。ゆっくりと、青白い光の柱が立ち昇りはじめた。


──


光の柱に包まれた瞬間、私の体はふわりと水面を通り抜けた。溺れる感覚はない。暖かい光の中を、ゆっくりと沈んでいく。


そして、たどり着いた湖の底で。私は、それを見た。


無数の星屑が漂う、青白い空間。その中央に。一人の青年が、膝を抱えて座り込んでいた。


銀の髪。碧の瞳。線の細い、けれどどこか人ならざる美しさを湛えた姿。


彼は私を見るなり、大きな瞳を、みるみる潤ませた。


「……久しぶりに。久しぶりに、僕の声を聴いてくれる人間が、来た……っ」


(え。……いや、待って。この人、思いっきり三角座りしてるんですけど)


威厳も神々しさも、あったものではない。ぽろぽろと涙をこぼしながら、彼は必死に居住まいを正そうとする。


「あ……いや、こほん。よくぞ来た、人間よ。我は──」


「泣いてますよ」


「泣いてないっ。これは……これは、その、水滴だ。湖の底だからな」


(涙もろすぎでしょ、この竜神)


そう、竜神だった。彼の背後に、うっすらと巨大な竜の影が揺らめいている。まぎれもなく、世界の魔素バランスを守る古の存在。なのに。


「……あの、名前は?」


「……セイル。封印されて、千年。ここで、たった一人で……」


そこまで言って、彼はまた涙腺が決壊した。


「一人で、ずっと、待ってて……誰も、僕の声、聴いてくれなくて……っ」


(千年ぼっち。……うわ、それはさすがに同情する)


私はしゃがみ込んで、泣きじゃくる竜神と目線を合わせた。


「セイルさん。その星屑の配列、あなたの封印術式ですよね」


セイルが、ぴたりと泣き止んだ。


「……わかる、のか?」


「ええ。読めます。私、これが専門なので」


嘲笑われた、外れギフト。『星読み』――星屑の声を聴く力。それが今、千年の孤独の底で、初めて価値を持った瞬間だった。


「星を……読める、人間……ずっと、ずっと待ってた人だ」


また、じわりと涙が滲む。


(いや、また泣くの!?)


──


「ちゃんと星を読める人間が現れたら、封印を直せる。……ほら、これを」


セイルはそう言って、湖底の星屑の一つを、そっと私の手のひらに乗せた。


触れた瞬間、頭の中に膨大な情報が流れ込んでくる。星の運行。魔素の流れ。そして――崩れかけた封印の全体像。


(なるほど。この湖の祭壇は、世界の魔素バランスを保つための、古代の観測装置だ。星屑はその記録媒体。封印が緩むと、封じられた魔素が漏れ出して──)


「魔物が増えるし、世界が歪む」


私が呟くと、セイルが驚いたように頷いた。


「……そこまで、一目で」


「前世の職業病です。データ見ると、つい読んじゃう。……ともあれ、一度、地上に戻ります。道具も休む場所も要るので」


「え。い、行くのか? 戻って、こない……?」


セイルの顔が、みるみる青ざめた。


「戻りますよ。封印、直すって言ったでしょう」


「本当に? 絶対? 千年ぶりの、大事な……」


(重い。可愛いけど重い)


地上に戻ると、湖畔に小さな明かりが灯っていた。古びた石造りの家。その戸口に、腰の曲がった小柄な老婆が立っている。鋭い眼光が、私を射抜いた。


「……ほう。星が呼んだ子だね」


「え?」


「まあ入りな。スープが冷めちまう」


呆気にとられる私を、老婆はさっさと家の中へ招き入れた。


グラナと名乗ったその老婆は、元宮廷魔術師なのだという。


「神殿のバカどもが、あんたを捨てたんだろ。外れギフトだなんだと言って」


「よくご存じで」


「顔に書いてある。『理不尽に納得いってない観測者』ってな」


私は思わず吹き出した。グラナ婆さんはスープをよそいながら、ぽつりと言った。


「あんたのその地味な記録癖。宮廷のバカどもには一生わからんかった宝だよ」


胸の奥が、じんと熱くなる。前世でも、今世でも。誰にも評価されなかった、私のコツコツ。それを、初めて――宝だと呼んでくれた人がいた。


「……ありがとうございます」


「礼はいらん。それより食え。星を読むのは、腹ごしらえしてからだ」


窓の外では、湖の星屑が、静かに降り積もっていた。


──


一方、その頃。ラフェリア王国、王城。


「どういうことだ! なぜ魔物が増えている!」


王太子レイモンドの怒声が、謁見の間に響いた。


国境付近で魔物が急増し、討伐隊が壊滅したという報告。しかもここ数日、豊穣の光の効果が――目に見えて弱まっている。


祭壇に立つ華憐の顔から、いつもの余裕が消えていた。


「な、なんで……私の光が……」


彼女がかざした手のひらから漏れる金色の輝きは、以前の半分以下。


(おかしい。前はもっと、あふれるくらいだったのに)


華憐は知らない。その『豊穣の光』が、実は湖の封印から漏れ出した力を吸っていただけの、借り物だということを。


封印が――誰かの手で修復されはじめている。だから、漏れ出す力が減り、彼女の光も枯れていく。


だが、そんな真相を知る由もない華憐は。


「……そうだ。あの地味女よ! ミオ先輩の呪いだわ! 湖に捨てられた恨みで、私たちに呪いをかけてるのよ!」


「なんだと?」


「間違いないわ! だってあの女、『星読み』なんて不気味なギフト持ちだったもの! 呪いの類に決まってる!」


神殿長も、したり顔で頷いた。


「なるほど。禁忌の湖に捨てた者の怨念が、国に災いを……ありえますな」


(読者の皆さん、聞いてください。全部、逆です)


――と、もしここにミオがいたら、そう突っ込んだだろう。


ミオが封印を直しているからこそ、力が減っている。ミオを捨てたことこそが、災厄の始まりだった。だが加害者たちは、真相の欠片にも気づかない。


「討伐隊を増員しろ! 豊穣の光をもっと強めるのだ!」


「無茶よ! これ以上は光が……!」


愚かな指示は、事態をさらに悪化させていく。漏れ出した魔素は、行き場を失い、国の空に、不吉な兆しを積み上げていた。そのことに、誰一人、気づかぬまま。


──


湖底に戻った私を、セイルは仔犬のように出迎えた。


「戻ってきた! 本当に戻ってきた!」


「戻るって言ったでしょう。……わ、なにこれ。可愛い」


私の周りを、小さな光がぷかぷかと漂う。水色の、半透明の、ぷにぷにした生き物たち。


「コロたちだ。水精霊。……最初は君を警戒してたんだけど」


と、その中の一匹が、私の手のひらに乗った。私が星屑を丁寧に手に取り、配列を確認していると――ぷわっ、とその子が虹色に光った。


『この人間、いい記録するね!』


頭に直接、弾んだ声が響く。


「……ええと、コロ、で合ってる?」


『コロだよ! 星、大事にするの、わかる子!』


(審査、通ったらしい)


それからの日々は、静かで、忙しかった。


私は毎日、湖底に潜って星屑の配列を読み解き、崩れた術式を一つずつ修復していく。グラナ婆さんが古代術式の断片を解読して手伝ってくれ、コロたちが星屑の欠片を集めて運んでくれる。


「ここの配列、神殿の魔術師たちは何百年も読めなかったんだよ。なのにあんたは、すらすら読む。……やっぱり、あんたが本物だ」


「本物?」


「星の巫女。世界の記録を管理する、たった一人の資格者さ」


私は手を止めた。


(星の巫女。……そういう、ことか。地味だと嘲られた記録癖が、世界を支える力だった)


ふと、隣を見ると。セイルが、じっと私の横顔を見つめていた。


「な、なんですか」


「……君が星を読んでるとこ、好きだなって」


さらりと言われて、思わず手元が狂う。


「そういうのは、封印直してから言ってください」


「うん。でも本当のことだから」


まっすぐな碧の瞳。打算も、政略も、そこにはない。ただ純粋に、私の――観測者としての私を、認めてくれる目。


(……ずるいな、この竜神)


私は誤魔化すように、また星屑に向き直った。頬が、少しだけ熱かった。


そして、その夜。湖の水面が、突然――赤く、揺らいだ。


──


空が、割れた。


国の空に、真紅の亀裂が走り、そこから隕石のような魔素の塊が、次々と降り注ぎはじめた。星屑の暴走――封印崩壊が招いた、国家規模の災厄。


王城は大混乱に陥った。


「聖女は! 豊穣の光はどうした!」


「か、枯れました……もう、ほとんど光が……」


華憐の力は、もはや火の粉一つ消せない。借り物の力は、封印の修復が進むほどに、消えていったのだ。


そして、絶望の中で。神殿長が、震える声で叫んだ。


「……あの女だ! 湖に捨てた、『星読み』の女! あれを連れ戻せ! あの魔素の嵐、星屑の暴走を鎮められるのは──!」


手のひらを返すのは、あまりに早かった。


──そして。湖畔に、討伐隊を引き連れた王太子レイモンドが現れた頃。私は、祭壇の中央に立っていた。


降り注ぐ魔素の光を背に、静かに。


「ミオ! 頼む、戻ってきてくれ! お前しか、この災厄を鎮められないのだ!」


レイモンドが、必死の形相で叫ぶ。その隣には、青ざめた華憐の姿もある。


私は、彼らを静かに見つめた。怒鳴りはしない。喚きもしない。ただ、淡々と。


「聖女はいらない、って言いましたよね」


「そ、それは……!」


「地味女は、湖に捨ててこいって」


華憐が、びくりと肩を震わせる。


「なら。……あなたたちで、星を読んでみせてください」


沈黙。


「どうぞ。星屑の声を聴いて、配列を読んで、封印を修復すればいいんです。簡単でしょう? 役立たずの外れギフトでもできる、地味な作業ですよ」


誰も、動けない。読めるはずがない。それができるのは、世界でただ一人。私だけなのだから。


「……読めない?」


私は、そっと目を伏せた。


「そう。私を捨てたのは、あなたたちですよ」


言葉は静かだった。だからこそ、その凄みは、真紅の空よりも重く、彼らの上に落ちた。


レイモンドが膝をつく。華憐が、崩れるようにその場にへたり込んだ。


「うそ……じゃあ、私の光、本物じゃ……」


「ええ。あなたの『豊穣の光』は、この湖の封印から漏れた力の横取りです。私が封印を直せば、消えます。……前世でも、今世でも。あなた、人のものばかり奪ってきましたね」


華憐の顔から、血の気が引いていく。


私は、もう彼らを見なかった。くるりと振り返り、湖に向かって歩き出す。


「さて」


星屑が、私を呼んでいる。


「本物の仕事の時間です」


──


湖底に潜ると、セイルが待っていた。その姿は、青年ではなく――巨大な、銀の竜。本来の姿だ。


『ミオ。暴走を止めるには、崩れた配列を一気に読み切って、封印の核を繋ぎ直すしかない。……危険だ。膨大な星の記録を、一度に君の頭に流し込むことになる』


「できます。膨大なデータの暗記と処理は、前世からの得意分野なので」


『……ふ。頼もしいな』


セイルの鱗が、一枚、剥がれて私の手に落ちる。星屑の欠片に変じたそれは、契約の証。


「じゃあ、いきます」


私は目を閉じ、湖のすべての星屑と――繋がった。


世界中の魔素の流れ。千年分の記録。崩れた配列の、無数の断片。それが濁流のように押し寄せる。


(──大丈夫。落ち着いて。一つずつ。順番に。周期を、間隔を、強弱を……全部、記録して、繋ぎ直す)


天文台の夜を思い出す。誰も見ていない観測室で、たった一人、星を数え続けたあの時間。無駄だと言われた。地味だと笑われた。


でも私は、知っていた。


(星は、ちゃんと見ている人にだけ、声を返してくれる。……無駄だと言われても、地味だと笑われても)


「──読めた」


乱れていた星屑の配列が、私の手の中で、正しい形に整っていく。コロたちが欠片を運び、グラナ婆さんの解読した術式が道筋を照らし、セイルの力が封印の核を支える。


そして最後の一片が、はまった瞬間。湖が、まばゆく輝いた。


地上で暴走していた真紅の空が、みるみる鎮まっていく。魔素の嵐が収束し、割れた空が、静かに閉じていった。


『……終わった。君が、世界を、救った……っ』


セイルが、青年の姿に戻る。そして、へなへなとその場に座り込むと――案の定、目を潤ませた。


「また泣いてる」


「だって、嬉しくて……!」


コロたちが虹色に輝き、私の周りをくるくると舞う。


『ミオ、すごい! いい記録した!』


私は、ふっと笑った。地味な私の、地味な特技が。世界を、救ったのだ。


──


災厄は去った。だが、王国に残されたのは、崩壊だった。物理的な被害ではない。信頼の崩壊だ。


真の聖女を外れギフトと嘲り、湖に捨てた王太子と神殿。その愚かさが、白日の下に晒された。


「本物を見抜けず、切り捨てたそうだ」

「偽物の派手な光に騙されて……なんという愚か者だ」


レイモンドは王位継承者としての資格を問われ、神殿長はその地位を追われた。


華憐は。借り物の光を失った彼女は、ただの少女に戻った。もう誰も、彼女を『聖女様』とは呼ばない。持て囃していた者たちは、潮が引くように離れていった。


「……なんで。なんで、こんなことに……私、聖女だったのに……」


誰もいなくなった祭壇の跡で、華憐は呆然と呟いた。


違う。あなたは一度も、聖女ではなかった。ただ、本物から奪った光で、輝いているふりをしていただけ。前世でも、今世でも。奪い続けた手には、最後には――何も残らなかった。


「先輩……ミオ先輩なら、私を許して……」


そこまで言って、彼女は口をつぐんだ。許しを乞う相手は、もういない。ミオは、王国に戻らなかったのだから。


迎えの使者が湖畔を訪れても、彼女は静かに首を振った。


「星読みの巫女様。どうか王国へお戻りを。国を挙げて歓待いたします」


「私は英雄になりたいわけじゃありません」


そう言って、彼女は使者に背を向けた。


「ただ、ちゃんと星を見て、ちゃんと記録して、ちゃんと評価されたいだけ。……それが叶う場所は、もう見つけましたから」


王国の栄華も、聖女の称号も、彼女はいらなかった。


失ってから、価値に気づいても。本物は、もう振り向かない。


──


星屑が、静かに降り積もる。


封印が正しく機能を取り戻した湖畔は、もう「呪われた場所」ではなかった。ただ美しく、世界で一番、星がよく見える場所。


私は湖のほとりに座り、今夜も星屑の配列図を編んでいた。擦り切れた前世の観測ノートは、もう手元にはない。でも、記憶の中のあのノートは、今もちゃんと私を支えてくれている。


「ミオ」


隣に、セイルが腰を下ろした。もう三角座りではない。少しだけ、距離が近い。


「使者、また来てたね。……王国に、戻らないの?」


「戻りません」


即答すると、セイルの肩が、ほっと下がった。わかりやすい。


「……行かないでくれる?」


消え入りそうな声で、彼は言った。


「千年ぶりの、大事な人だから」


碧の瞳が、月明かりに揺れている。千年、たった一人で待ち続けた竜神。


(涙もろくて、寂しがりで、絶望的にポンコツで。でも、誰よりもまっすぐに、地味な観測者の私を肯定してくれた人)


私は、空を見上げた。降り積もる星屑が、まるで祝福のように瞬いている。コロたちが集まって、私たちの頭上に、小さな星屑のアーチを作った。


『ミオとセイル、ずっといっしょ!』


グラナ婆さんが、家の窓から呆れたように笑っているのが見える。


「うん。行かない。……だって、ここが一番、星がよく見えるから」


セイルの顔が、ぱあっと輝いた。そして案の定、じわりと涙が滲む。


「……! ……うれし涙は、いいんだ……!」


「また泣いてますよ」


私は、くすりと笑った。二人で、静かに空を見上げる。


(……もう、誰も私の星を奪わない。それだけで、十分)


ちゃんと見て、ちゃんと記録して、ちゃんと評価してくれる人が、隣にいる。それだけで、十分だった。


――ただ。


ふと、遠くの空に目を留める。北の方角。かすかに、星屑の配列が、乱れはじめている。


(……あれ。あの揺らぎ方。……次の封印が、緩みかけてる?)


観測者の本能が、静かに疼いた。


「セイル」


「なに?」


「……次のお仕事、そのうち来そうです」


セイルは、きょとんとして、それから――嬉しそうに笑った。


「うん。二人でなら、どこへだって行けるよ」


星屑の降る夜。私たちの物語は、まだ始まったばかりだった。

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