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SCIENCE REBOOT  作者: 水素
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Episode : 1 (Hydrogen) / 科学は未来へ紡がれる

SCIENCE IS THE ONLY COMMON LANGUAGE IN THE UNIVERSE!

放課後の理科準備室は、多くの生徒にとって「近寄りがたい雑多な部屋」だが、ユズキにとっては世界で最も秩序だった聖域だった。理科準備室の古びた換気扇が、低く唸っている。


白衣姿のユズキは、ビーカーの中で揺れる淡黄色の液体を、ユズキは防護メガネの奥で、鋭い視線でじっと見つめている。


(ユズキ)「……よし、抽出は上手くいってる」


今日のテーマは――セイヨウシロヤナギの樹皮からのサリシン抽出、サリチル酸への分解、そしてアスピリン合成。


==============================================



<解説>

 セイヨウシロヤナギを含め柳の多くには「サリシン」とよばれる物質が含まれており、これが体内で分解されると、「サリチル酸」になる。これは解熱・鎮痛作用を持つ有用な物質である。

 人類は古くから柳を利用しており、古代ギリシャでは医学の祖とされるヒポクラテスも柳の樹皮を鎮痛剤として処方していたとされる。

 時代は進み、18~19世紀には数々の発見が重なり、1763年には、柳の葉から抽出された「柳エキス」の解熱・鎮痛作用の発見、1830年にはサリシンの抽出に成功、1838年にはサリチル酸への分解にも成功し、多くの人がサリチル酸を解熱鎮痛剤として利用するようになった。

 一方で、柳エキスのひどい苦味やサリチル酸の強い粘膜刺激性などは薬を使う人々に大きな苦しみを与えた。実際に父親がサリチル酸の副作用に苦しむのを見ていたドイツの化学者、ホフマンはサリチル酸からアセチルサリチル酸を合成することに成功した。アセチルサリチル酸は体内でサリチル酸に分解され、解熱鎮痛作用を示すが、飲み込むときは粘膜を刺激しないことなどから、広く解熱鎮痛剤として使われる物質へとのし上がったのだ。これが「アスピリン」(バファリンなど)として今日も発売されている。

 また、今日では、高校化学の教科書にもアスピリンの人工的な合成方法が書かれており、手軽に解熱鎮痛剤を合成できる時代となった。


==============================================


アスピリン誕生までの来歴は、人類の飽くなき探究の歴史だと言える。


机の上には、細かく刻んだ柳の樹皮、エタノール、ろ紙、ホットスターラー、丸底フラスコ。


ノートには、几帳面な文字で手順が並んでいる。


1.柳の葉を乾燥・粉砕

2.エタノールで加熱抽出

3.ろ過・濃縮

4.加水分解によりサリチル酸を得る

5.無水酢酸を用いてアセチル化

6.再結晶・精製


その横には、構造式が丁寧に描かれていた。


サリチル酸のフェノール性水酸基に、アセチル基が結合する反応機構。矢印で示された電子の流れ。触媒としての濃硫酸の役割。


また、ホワイドボードには、ユズキの科学に対する強い情熱や信条が書かれていた。


SCIENCE IS THE ONLY COMMON LANGUAGE IN THE UNIVERSE!


科学とは、万能ではない。

だが、無知に屈しないための武器になる。


未知は恐怖ではない。

未解明なだけだ。


ユズキは実験を進めながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。


(ユズキ)「自然の中にある分子を、少しだけ改変するだけで、性質が変わる」


ユズキは小さく呟いた。


(ユズキ)「胃への刺激を抑えつつ、解熱鎮痛作用を保つ。合理的で、美しい」


ユズキの手つきに迷いはない。

柳の樹皮を粉砕し、煮出し、エタノールで抽出した液体を加水分解にサリシンを分解し、サリチル酸を取り出す。そして今、無水酢酸とのエステル化反応を経ることで、アセチルサリチル酸を得ることができた。


ビーカーの中の液体を氷水で冷やすと、やがて白い針状結晶が析出し始めた。


ユズキは満足げに呟き、吸引ろ過器のスイッチを切った。

純白の結晶が、フィルターの上に積み上がる。この瞬間のために、彼は膨大な文献を読み漁り、校長に掛け合って科学部の予算外の実験費用を確保したのだ。


(ユズキ)「……来た」


そっとパラフィン紙に回収し、ポリエチレンの茶色い試薬瓶にその美しい結合をしまった。


(ユズキ)「理論値との差はどうか。純度は。融点は。」


まだこれだけ完璧にこなした実験だとしても、まだ不明点は多い。


ともかく、薄暗く、でも空には満天に広がる星空を見て、ユズキは帰路についた。


翌日。


放課後の実験室には、昨日とは違うざわめきがあった。


(???)「うわ……なんか薬品の匂いするな」


ドアを開けて入ってきたのは、馬之助だった。片手にはコンビニのパン。あきらかに科学とは縁遠そうな風貌だった。


(ユズキ)「おう、馬之助か、悪いね呼び出して」


(ユズキ)「エステルの匂いだよ。昨日のアスピリンを合成したんだよ」


机の上には、昨日合成したアセチルサリチル酸――アスピリンの粗結晶。今日はそれをエタノールに溶かし、ゆっくり冷却してより純度の高い結晶を得る工程だ。


(馬之助)「……日本語で頼む」


ユズキはユズキは少しだけ笑った。


馬之助はホワイトボードを見上げた。

反応式、構造式、反応機構。

そしてその下に書かれた一文。


SCIENCE IS THE ONLY COMMON LANGUAGE IN THE UNIVERSE!


そして馬之助も白衣をきて、実験を手伝いながら、呟いていた。


(馬之助)「なあ、ユズキ」


(ユズキ)「ん?」


(馬之助)「この……なんだっけ、アスピリン? こういうのってさ、もし他の星だとしても作れる?」


馬之助に悪気はない。ただの素朴な疑問だ。

だが、その問いは、ユズキの思考の核心を突いた。


(別の惑星でも通用するのか……)


彼はゆっくりとビーカーを下ろした。


頭の中で、条件を並べる。


重力が違えば、対流は変わる。沸点も圧力依存だ。

大気組成が違えば、空気による酸化反応の進み方も変わる。

ありふれた溶媒が水とは限らない。

そもそも炭素が骨格ではなく有機化学は成り立たないかもしれない。


ユズキは深い思考をはじめ、実験を投げ出し、頭を抱えて呟いていた。


馬之助はビーカーを覗き込みながら言った。


(馬之助)「ユズキさん、難しいことはわかんないけどさ。科学は地球限定だったら、なんか寂しくね?」


科学は、人間が作ったものではない。

人間が“発見した”ものだ。


(ユズキ)「科学自体は別の星でも通用する」


馬之助はにやりと笑った。


(馬之助)「もし本当に別の星に行けたら、証明できるな」


窓の外の木からそっと葉が落ち、水の入ったビーカーは100℃を示していた。

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