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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第13章:グライゼル家の反逆

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第89話:西方貴族の裏切り


教国軍が王都から姿を消して、一週間。


朝。王宮の会議室。

アルベルトが、卓上の地図を広げた。

ロランの目に映るのは、高低差が明暗の濃淡だけで表現された、灰色の地図だ。


「ロラン、西方から急報だ。グライゼル公爵が反旗を翻した」


「グライゼル……」


その音節を、脳内のライブラリに放り込む。

……検索結果、ゼロ。

ロランは無機質な動作で、机の上のメモをめくった。だが、そこにも該当するデータはない。


「西方の有力貴族よ。魔石鉱山を支配し、独自の私兵団を持っているわ」


隣に立つリーナが、補足するように説明した。

彼女の放つ高明度の輝きが、不安げに揺れている。


「ロラン、大丈夫か……?」


アルベルトが覗き込むように聞いた。


「大丈夫……?」


(その語彙は、どの状態を指す変数だ?)

メモを確認する。

『大丈夫:機体の整合性に異常がない状態』


「……演算領域に致命的なエラーは確認されていません。異常なしです」


「そうか。だが……」


アルベルトはそれ以上言葉を続けられず、顔を伏せた。


「僕は……何をすればいい」


「君の力が必要だ。グライゼル軍は三千。対する我々の迎撃戦力は千五百」


数値。

ロランの思考が、一気に加速する。

視界を青いグリッド線が埋め尽くし、『タクティカル・ビュー(TV)』が起動した。


『敵:3000。味方:1500』

『地形:峡谷。現状勝率:28.3%』


「勝率28.3パーセント。峡谷にて待ち伏せを行い、地質構造を利用した分断工作を推奨。勝率は47.8パーセントまで上昇します」


ロランの声は、淡々とした合成音声のように会議室に響いた。


「ロラン、君は――。本当に、大丈夫なのか……?」


アルベルトの声が震えている。

その音波に含まれる感情の波を、今のロランはデコードできない。


「……不明です。生存に支障はありません」


正直な回答。

ロランは、ただそれだけを告げた。


廊下に出ると、待機していたゾフィアとすれ違った。

彼女の深いしわに刻まれた影が、以前よりも濃くなっている。


「ロラン殿、わしが新しい冷却装置を組んだ。持っていけ」


差し出されたのは、鈍い光沢を放つ銀色の冠。

以前のものより複雑な回路が組み込まれている。


「ありがとうございます」


「……」


ゾフィアは、何も言わずに目を閉じた。

「わしは……天才と持て囃されながら、たった一人の少年すら救えんのか……」


震える呟き。

だが、ロランにはその「救う」という概念の定義すら、もはや霧の向こう側だった。


夕方。独立連隊が王都を出立した。

アルベルトが、ロランの隣に愛馬を並べる。


「ロラン、僕も行く。王として、君の隣に立つ義務がある」


ロランは、手元のメモを確認した。

『アルベルト:王。親友。大切な人』


(大切な、人……?)

その文字の意味が、どうしても脳に定着しない。


「……了解しました。護衛の配置を再計算します」


「……ああ、頼むよ」


アルベルトの瞳から光量が失われるのを、ロランはただの「輝度の変化」として観測した。


夜。野営地の天幕。

ロランは一人、壁に貼ったメモを見つめていた。


『私は誰か?』

『なぜ、ここにいるのか?』

『なぜ、戦うのか?』


答えは、依然として出力されない。

彼はただ、新しい「命令ログ」を上書きするように、ペンを走らせる。


『次の戦い:対グライゼル軍』

『場所:西方峡谷』

『勝率:47.8%』


目的は消えた。理由は消えた。

だが、戦場という名の数式だけは、依然として彼の脳を支配し続けている。


三日後。西方峡谷。

切り立った灰色の岩壁が、ロランたちの行く手を遮るようにそびえ立っていた。


「主様、敵軍を発見。約三千、縦隊で侵入してきます!」


リーナの報告。

ロランは瞳に魔導の灯を宿し、世界を再定義した。


『脳内温度:43.5℃。臨界域を突破。新型冷却装置、強制駆動開始』

『演算開始。峡谷の構造解析、完了』


「ガルド、前方三百メートルの岩壁――座標(X:124, Y:89)を打撃してください。その地点の熱量と振動が、均衡を崩す引き金になります」


「了解だ、ロラン様!」


巨大な槌を担いだガルドが、岩壁へ肉薄する。

渾身の一撃が、座標を正確に捉えた。


ドォォォォン……!


大地が悲鳴を上げ、岩壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

次の瞬間、何十トンという質量の岩石が、雪崩となって峡谷へ降り注いだ。


「何だ!?」「岩崩れだ!」「引け、引けぇ!」


阿鼻叫喚のノイズ。

分断された敵軍。

ロランはその光景を、高所から静かに見下ろしていた。


「前軍を叩きます。残存兵力、約千。現時刻での勝率、89.2パーセント」


独立連隊が突撃を開始する。

ロランは馬上から、TVによって敵の動線を一瞬ごとに計算し、指示を下し続けた。


夕方。

戦場には、沈黙が降りていた。

グライゼル前軍は壊滅。後軍は這々の体で撤退。

完全なる、勝利。


だが――ロランの胸に、風は吹かない。


「ロラン! 勝ったぞ! 君の策が、また王国を救ったんだ!」


駆け寄ってくる、アルベルト。

ロランはその顔を見つめた。


(この個体は……。誰だったか)


一瞬、思考が途切れる。

慌てて、首から下げた索引インデックスを引いた。

『アルベルト:王。仲間。大切な人』


「……ありがとうございます。アルベルト様」


「……。ああ……。そうだね……」


アルベルトの顔が、歪む。

ロランには、それが「悲しみ」なのか「苦痛」なのか、判別がつかなかった。


その夜。

陣幕の中で、ロランは震える手で新たなメモを刻んだ。


『記憶破棄進行度:85%』

『警告:次回破棄予定――生存本能、および自己防衛本能』


文字を読み返しても、自分のことだという実感が持てない。

灰色の夜空を見上げる。


(私は……なぜ、ここに……)


問いに、答える機能はもう残っていない。

それでも、明日になればまた戦場へ向かうだろう。


理由は、メモに書いてあるから。

目的は、数式が示しているから。


灰色の世界で、一人の装置ロランは、ただ静かに立ち続けていた。





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