表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第12章:記憶の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/119

第88話:教国撤退


教国包囲網、突破から一日。


朝。

ロランは意識を覚醒させた。


視界を埋めるのは、高輝度の光に焼かれた灰色の天井。

焦点が合わない。

ここがどこなのか、座標データの照合が完了しない。


彼は這いずるようにして、机の上の「外部記憶」に指をかけた。


『私の名前:ロラン』

『現在地:王都』

『重要個体:アルベルト、リーナ』


図形としての文字は認識できる。

だが――その「意味」が、脳を素通りしていく。

「ロラン」という音の響きが、自分という存在と結びつかない。


扉が開いた。

高い明度の、白磁の髪を持つ個体が室内に入ってくる。


「主様、朝です。今日――教国軍が、完全に撤退します」


ロランは、手元のメモに視線を走らせた。

『リーナ:斥候。重要個体』


「リーナ……。教国……。撤退……?」


オウム返しに音を出す。

だが、その単語の定義がライブラリから消失している。

戦うべき敵が去ること。それが何を意味するのか、今のロランには解析不能だった。


「主様が、勝ったんですよ」


「そう……ですか」


声は平坦。

達成感も、勝利の味も、検索結果には表示されない。


再び扉が開き、高明度の髪を持つ個体――アルベルトが踏み込んできた。


「君のおかげで、教国軍は去った。王都は救われたんだ、ロラン!」


アルベルトの音波が、激しく震えている。

彼は感極まった様子で、ロランの肩を強く抱きしめた。


「救う……? それは、どういう状態を指すのですか」


「……っ」


アルベルトは絶句し、さらに強くロランを抱きしめた。

その熱量は、今のロランにとって唯一の「生きたデータ」だ。


「ありがとう、ロラン。君は……最高の、友だった」


伝わってくる、過剰なまでの熱。

ロランは機械的な動作で、アルベルトの背に手を添えた。

それが「友情」への返答であると、壁のメモに記されていたからだ。


午後。王都南門。


教皇イノセントが、灰色の荒野を見つめて立ち尽くしていた。

民衆の信仰という「言霊の苗床」を失った教国に、もはやこの地を維持する力はない。


「撤退だ。いつか必ず、この屈辱をすすぐ」


白い旗が降ろされ、灰色の軍勢が静かに遠ざかっていく。

ロランはその光景を、王宮の窓から「観測」していた。

だが、何も感じない。


その時、頭蓋の奥で凄まじい火花が散った。


『脳内温度:42.5℃』

『警告:自己防衛プログラム、強制破棄を加速』


脳内のライブラリが、音を立てて崩落していく。

つい数分前まで保持していた「文脈」が、黒い霧に飲まれて消えた。


(……あ。今、何を。なぜ、ここに)


存在理由。行動目的。

それらを定義するルートディレクトリが、完全に破損した。


「主様! 大丈夫ですか!?」


駆け寄ってくる、高い明度の髪の少女。

ロランは無機質な視線を彼女に向け、問うた。


「……個体識別を確認します。君は……誰だ?」


リーナの瞳から、大粒の熱い液体が零れ落ちる。


「私……リーナです……。主様の、仲間だよ……!」


「仲間……。それは、何を共有する関係ですか?」


「お願い……戻ってきて……!」


リーナが、泣き叫びながらしがみついてくる。

その熱。その震え。

だが、ロランの心という名の受像機は、もはや彼女の叫びを受信できない。

彼は事務的な動作で、リーナの背を撫でた。

その行為に、意味は一滴も含まれていない。


夜。

王都の街並みは、祝祭の灯りで高輝度に照らされていた。

勝利の叫び。歓喜のノイズ。


ロランは自室の暗がりに一人、鎮座していた。

壁に貼られた、昨日までの自分の残骸を見つめる。


『教国軍撤退:成功。次:???』


目的が、ない。

理由が、ない。


彼は震える指で、新しいメモにペンを走らせた。


『私は誰か』

『なぜ、ここに存在するのか』

『なぜ、戦う必要があるのか』


答えは、出力されない。

脳内温度計は、依然として臨界点を超えた数値を表示し続けている。


窓の外では、人々が笑い、歌い、熱狂している。

だが、その色彩のない喧騒の中に、ロランを繋ぎ止める鎖はもう一本も残っていない。


彼は、灰色の床に膝をついた。


(私は、誰か。なぜ、存在するのか)


感情は消えた。

記憶も消えた。

目的さえ、霧散した。


それでも――ロランの深層意識ラスト・コマンドは、停止を拒否していた。


メモを頼りに。

数値を頼りに。

意味を失った灰色の世界で、ただ「ロラン・フォン・アシュベル」という演算を維持し続ける。


理由はわからない。目的も思い出せない。

それでも、立ち続けることだけが、彼に残された最後の意志。


遠く、教国の残影が消えていく。

王都は自由を取り戻した。


だが、その勝利と引き換えに、英雄は空っぽの殻になった。

自分が誰かもわからぬまま。

なぜ戦ったのかも思い出せぬまま。


ただ、温度だけが残る灰色の闇の中で。

ロランは、一人で立ち続けていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ