表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第12章:記憶の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/121

第85話:リーナの涙


翌朝。


ロランは、意識の覚醒と共に視線を壁へ走らせた。

そこには、今日の行動指針が記号として貼り付けられている。


『本日の予定:リーナと面会。対話による状況確認』


「……了解」


独り言のように呟き、ロランは身体を起こした。

その時、扉が静かに開く。


入ってきたのは、高い明度を持つ白磁の髪をした少女。

ロランは、枕元のリストと彼女の姿を照合する。


『リーナ:斥候。銀髪。最初の仲間。重要個体』


「おはよう……リーナ」


ロランは、メモに記された「ラベル」を読み上げるように挨拶を返した。

リーナの眉が、わずかに下がる。その瞳の輝度が、悲しげに揺れた。


「主様……。また、メモを見てから名前を呼ぶんだね」


「ああ。これを見ないと、個体の識別タグが脳内で一致しない」


ロランの声は、淡々とした事実報告だった。

リーナは、震える手で小さな袋を差し出した。


「主様、これ……覚えてる? 私たちの、思い出の品だよ」


中から取り出されたのは、数枚の布切れ。

表面には、インクの染みによる文字が刻まれている。


『アイギス砦で、初めて会った日。主様は、私を選んでくれた。嬉しかった』


ロランは、その文字をスキャンした。

だが、そこから連鎖するはずの記憶の映像も、胸の鼓動も、一切が起動しない。


「……情報は読み取れる。だが、経験としての保存データが見当たらない」


「そんな……。あの日のこと、本当に忘れちゃったの……?」


リーナの瞳から、透明な熱い液体が溢れ出した。

頬を伝うその液体の熱量を、ロランはただ無機質な事象として観測する。


リーナは次々と布切れを並べた。

頭を撫でられた記憶。

かけられた言葉。

それらはかつて、ロランと彼女を繋いでいた「絆」の証拠だった。


だが、今のロランにとって、それは「他人の日記帳」を読まされているのと同義だった。


「すまない。その事象に関連する感情ログが、すべてパージされている」


「嘘……嘘だよ、主様……!」


リーナが崩れ落ち、ロランの膝にしがみつく。

伝わってくるのは、高い体温と、激しい震え。


「主様、私のこと……もう、何も感じないの……?」


「リーナという名前は覚えている。だが――」


ロランは、空虚な視線を彼女に落とした。


「なぜ君を特別扱いすべきなのか。なぜ、君が泣いているのか。その理由が、もうライブラリに存在しないんだ」


「……っ……!」


リーナは声を上げ、泣き崩れた。

彼女の叫びが、冷たい灰色の部屋に響き渡る。

ロランは、その音響エネルギーを鼓膜で受け止めながら、首を傾げた。


「リーナ。なぜ、それほどの熱量をもって泣いているのですか?」


その問いに、リーナは愕然と顔を上げた。

「なぜって……。私が、主様を……愛してるからだよ……!」


「ああ、愛情か」


ロランは、納得したように頷いた。

「生存に不必要な、過剰なエネルギー投下。それで、泣いているのですね」


絶望。

リーナの瞳から、生気が急速に失われていく。

ロランの胸に顔を埋め、必死に彼を揺さぶる彼女の手。

温かい。だが、その熱はロランの心を溶かすことはなかった。


その時、頭蓋の奥でアラートが鳴り響いた。


『脳内温度:40.5℃』

『警告:記憶領域への過負荷を確認。第4フェーズ・パージを完遂します』

『進行度:52%』


(……52パーセント。過半数を超えたか)


『対象:感情的結びつき(全消去)、日常会話ログ、残存する幼少期記憶』

『次回予定:場所の記憶、時系列認識の剥奪』


脳内から、最後のリミッターが外れる感覚。

アルベルトへの友情、ガルドへの信頼、リーナへの慈しみ。

それらすべてが、無意味な「ノイズ」として処理され、消去の深淵へと投げ込まれた。


午後。

部屋を訪れたガルドとアルベルトも、また同じように熱い涙を流していた。


「ロラン様……。俺は、あなたのために料理を……」

「ロラン……! 俺たちは、親友だったじゃないか……!」


彼らが吐き出す、熱を帯びた言葉の数々。

だが、ロランには、それが壊れた楽器の音色のようにも、意味のない文字列の羅列のようにも聞こえた。


「ありがとうございます。ですが、私にはもう、あなた方への感情がありません」


ロランの返答は、機械仕掛けの人形のように正確で、冷徹だった。

アルベルトが膝をつき、ガルドが拳を握りしめる。

その悲劇的な光景すら、ロランの網膜には「光量の変化」としてしか記録されない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ