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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第11章:偽りの神託

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第80話:教国の権威失墜


翌朝。


 王都ルミナスは、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 昨日の熱狂が嘘のように、街はその息を潜めている。


 中央広場には、人影がほとんどない。

 民衆は皆、家にこもっていた。


 混乱、戸惑い、そして――自失。

 自分たちが何を信じ、何にすがっていたのか。

 それを剥き出しの理性で突きつけられ、立ち尽くしているのだ。


 王宮の大広間。

 教皇イノセントは、独り、朝光の中に立っていた。


 高輝度の白を放つ法衣。

 穏やかな微笑みを湛えた仮面のようなかお

 だが、その瞳には底知れぬ疲労が沈殿していた。


(終わったな……)


 教皇は、心中で小さく零した。

 教国の権威。何百年という歳月をかけて、血と信仰で塗り固めてきた塔が、音を立てて崩れ去った。


 昨日、聖女セシリアが民の前で真実を説いた。

 神託が統計学であることを。教国がただの支配組織であることを。


 民衆の目は覚めた。

 そして――教皇の放つ『言霊』が、通用しなくなった。


(たった数日の演算が、数百年の盲信を打ち破ったか)


 扉が開き、異端審問官ヴァルガスが駆け込んできた。

 その顔は、死人のように蒼白だ。


「教皇様……! 街中で、教国の旗が降ろされています。我が瞳の紋章が、泥にまみれ――」


「構わぬ、ヴァルガス。……撤退の準備を始めなさい」


 穏やかすぎる声。

 だが、その奥には氷のような諦念があった。


「教皇様! まだ戦えます! 言霊魔法を最大出力で放てば、愚民どもなど再び――」


「無駄だ。民の心は、もう我々のてのひらにはない」


 教皇は静かに首を振った。


「言霊魔法は『無条件の信頼』を苗床にする。それが疑念という名の毒で腐り落ちた以上、もはや我が言葉は虚空を叩く風に過ぎぬ」


 ヴァルガスは、絞り出すような絶望の声を上げ、絶句した。


「……戦略を、練り直す。聖都エリュシオンへ帰るぞ」


 窓の外。

 瞳を象った光輪の旗が、次々と降ろされていく。

 ロラン・フォン・アシュベル。教皇はその名を、呪詛と敬意を込めて反芻した。


 魔法も武力も使わず、ただ「論理」という名の剣を振るい、巨大な宗教国家を王都から追い出した怪物。


(だが、これで終わりではないぞ。……いつか、必ず)


 午後。

 教皇の一行は、静かに南門から去っていった。


 純白の馬車。無数の神官。

 民衆は遠巻きにそれを見ていたが、誰一人として膝をつく者はいなかった。

 祈りも、歓喜もなく、ただ、かつての支配者が去るのを「観測」していた。


「本当に行ってしまった……」

「俺たちは……自由、なのか?」


 誰かの小さな呟きが、乾いた石畳に吸い込まれて消えた。


 王宮の窓。

 ロランは、その光景を見下ろしていた。


 色彩なき灰色の世界。

 白い馬車が、南の方角へ、次第に小さな点となっていく。


(教国、撤退……。予測値通りの推移だ)


 淡々と思考を完了させようとした、その刹那。

 脳内を、沸騰した油を流し込まれたような激痛が駆け抜けた。


『脳内温度:39.0℃。危険域イエローゾーン

『警告:リソース限界。情報の整合性を保つため、古いキャッシュを破棄します』


(……が、あ……ッ)


 視界が明滅する。

 自分がなぜ、この窓辺に立ち、何に安堵しようとしていたのか。

 因果の糸が、無慈悲にぷつぷつと断ち切られていく。


「主様!」


 温かい「熱」が、肩にかかった。

 少女――リーナだ。彼女の体温だけが、ロランを現実に繋ぎ止める最後のいかりだった。


「主様、大丈夫!? 顔色が……」


「……問題ない。……何を、見ていた?」


「教国が去ったんですよ! 主様が、勝ったんです!」


 少女の目に、光る雫が浮かぶ。

 ロランはそれを「液体」として認識し、彼女の言葉を「情報の断片」として処理した。


「そうか。……成功した、らしいな」


 声には、一片の色彩も宿っていない。

 達成感も、勝利の喜びも、脳の熱に焼かれて灰になった。


 その夜、王都では盛大な祝宴が催された。

 教国の圧政から解放された民衆が、踊り、歌う。

 

 王宮の大広間。

 アルベルト、ガルド、エレン、セシリア。

 見慣れたはずの顔が、そこにある。


「ロラン、君のおかげだ! ありがとう!」


 王冠を戴く若者――アルベルトが、満面の笑みで語りかけてくる。

 ロランは、その瞳にある熱量を観測し、短く応じた。


「いえ。……皆の力による、必然の結果です」


 だが、その声はどこまでも機械的な静謐さを保っていた。

 アルベルトの顔から、一瞬、戸惑いがよぎる。

 親友を見つめるその眼差しが、あまりに遠く、無機質だったからだ。


 祝宴の最中。

 ロランは独り、広間を後にした。


 自室に戻ると、彼は机の前に座った。

 壁には、他人のような筆跡でメモが並んでいる。


『教国撤退:成功』

『セシリア:協力者』


 ロランは、震える手で新しいメモを書き加えた。


『今日、目的を達成した。……らしい』

『次:???』


 ペンを置き、窓の外を見る。

 松明の明かりが街を照らしているはずだが、ロランにはそれも淡いグレーの残像にしか見えない。


(次は……何をすればいい?)


 問いを投げかけても、脳内のデータベースは「不明」としか答えない。

 何のために戦い、何を誰と守りたかったのか。

 その根源的な衝動すら、タクティカル・ビューという怪物に喰らい尽くされていた。


 灰色の世界の中で。

 ロランは、自分の名前すらも「検索結果」でしか確認できない空虚な檻の中、静かに目を閉じた。





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