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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第11章:偽りの神託

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第79話:民衆洗脳解除


その夜。


 王都ルミナスの夜気に、確かな「揺らぎ」が生まれていた。


 場末の酒場。

「なあ……本当に神託って、ただの計算なのか?」

「異端者の予言が、現実に雨を降らせたんだぞ……」


 静まり返った市場。

「教国の言葉は、いつも曖昧だった。何が起きても『試練』。……都合が良すぎると思わないか?」


 暗い路地裏。

「俺たちは……すがる相手を間違えていたのか?」


 絶対的だった信仰の壁に、無数のヒビが走る。

 疑念という名の毒が、じわりと民衆の脳裏に染み渡っていく。


 ロランは自室の窓から、死んだ魚のうろこのような灰色の街並みを見下ろしていた。

 色のない世界。

 だが、そのコントラストの奥で、何かが決定的に変質しようとしている。


(民衆の心が、離反し始めた……)


 冷徹な確信。

 だが、その思考を遮るように、控えめなノックが響いた。


「ロラン様」


 セシリアの声だ。

「……入れ」


 扉が開き、白い法衣を纏った聖女が姿を現した。

 高輝度の銀髪。閉じられた瞼。

 だが、その立ち姿には、昨日までの迷いはない。


「ロラン様。……お話があります」


「座れ。……聞こう」


 セシリアは椅子に深く腰掛け、一度だけ短く息を吐いた。


「私……決めました。貴方に、協力します」


 ロランの指先が、僅かに止まる。

「……理由は?」


「今日、貴方の放った言葉が、私の喉元に突き刺さったからです」


 セシリアの声が、静かに、だが熱を持って響く。


「教国は神の声を伝えてなどいない。……ただ、信仰という鎖で人を支配しているだけ。私は聖女として、その片棒を担いできました。神託を授け、奇跡を演じ……人々の思考を奪ってきた」


 セシリアが、ロランの方へ顔を向けた。

 視力なき瞳が、真っ直ぐにロランの「存在」を射抜く。


「でも、貴方は違う。貴方は、人々に『考える力』を返そうとしている。……だから、私はその力になりたい」


 ロランは無表情のまま、一つだけ頷いた。

「……いいだろう。ならば、教えてくれ。あの『言霊ことだま』の正体を」


「言霊魔法は、二つの断層で構成されています」


 セシリアが、細い指を立てる。


「第一は、精神への直接干渉。聞いた者の脳に介入し、特定の言葉を『絶対的な真理』として強制認識させます。第二は、集団心理の増幅。一人が信じれば、周囲が同調する。……多数が信じれば、疑う者さえも『自分がおかしい』と思い込まされるのです」


 ロランの脳内で、魔法という名の現象が「数式」へと変換されていく。


(前頭葉への介入による認知バイアスの強制付与。そして、社会的同調圧力の利用……。極めて合理的な洗脳システムだ)


「無効化するすべはあるか」


「……完全に消すことはできません。ですが、弱める方法はあります」


 セシリアが、声を潜めた。


「『疑念』を植えることです。言霊魔法は無条件の信頼を苗床にする。聞き手が発言者を心の底から疑っていれば、言葉の縛りは劇的に弱まるのです」


「……なるほど。ならば、明日」


 ロランの瞳が、鏡のように冷たく光る。


「民衆の前で、貴方が『真実』を語れ。聖女という偶像自らが、その虚飾を剥ぎ取れ」


 セシリアの肩が、微かに震えた。

「……私が、ですか」


「貴方の言葉なら、民は耳を貸す。……それこそが、教皇を倒す唯一の演算解だ」


 沈黙の後。

 セシリアは、ゆっくりと立ち上がった。

「……分かりました。明日、すべてを話しましょう」


 翌朝。

 中央広場は、熱病に冒されたような沈黙に包まれていた。


 祭壇の上に、セシリアが立つ。

 その清廉な立ち姿に、民衆が固唾を飲んだ。


「皆様。今日、私は皆様に――取り返しのつかない罪を告白します」


 広場が、凍りついた。


「神託は……神の声ではありません。それは、私たちが集めた情報を、計算によって加工しただけの『予測』に過ぎません」


 絶叫。嗚咽。そして、怒号。

 広場は一瞬で大混乱に陥ったが、セシリアは止まらなかった。


「私は皆様を騙し、奇跡という名の技術で、皆様の心を縛り上げてきました。……ですが、もう嘘はつけません。教国は神の国などではない。ただの……人を支配するだけの、巨大な装置です!」


 その言葉は、言霊という名の呪縛を、内側から食い破った。


「そういえば……外れた時、いつも私たちのせいにされた!」

「異端者の神託は、当たったじゃないか!」


 民衆の目が、輝きを取り戻していく。

 依存という名の安寧から引き摺り出された、痛みを伴う「覚醒」。


 そこへ、教皇イノセントが現れた。

 視界を焼き切るような、圧倒的な「白」。


「セシリア。……貴女は、何を血迷っているのですか」


 教皇の声が響く。

 だが、その瞳には、隠しようのない焦燥が宿っていた。


「『真実は、神の声である』」


 教皇が呪言を放つ。

 だが、民衆はもう、平伏さない。

「本当に……それは神の声なのか?」

「俺たちは、もう騙されないぞ!」


 教皇の唇が、屈辱に歪む。

 洗脳という名の魔法が、物理的に崩壊していく音が聞こえるようだった。


 王宮の窓から、ロランはその光景を「観測」していた。

(成功だ。……民衆の認知的不協和を、自壊へと導いた)


 だが、その瞬間。

 脳内を、沸騰した油を流し込まれたような激痛が襲った。


『脳内温度:38.8℃』

『緊急警告:リソース限界。人格を構成する重要な記憶ブロックをパージします』


(……が、あ……ッ)


 視界が明滅する。

 自分がなぜ、この窓辺に立っているのか。

 なぜ広場がこれほど騒がしいのか。


 それらの「因果」が、砂のように指の間から零れ落ちていく。


「主様!」


 温かい、何かが、手を握りしめた。

 リーナだ。……いや、リーナだったはずの、少女だ。


「……何を……俺は……?」


「成功したんですよ、主様! 皆が、目覚めたんです!」


 少女の目に、光る雫が浮かぶ。

 ロランはそれを「液体」として認識し、彼女の言葉を「情報の断片」として処理した。


「……そうか。ならば、いい」


 声から、完全に色が消えていた。

 達成感も、勝利の喜びも、脳の熱に焼かれて灰になった。


 その夜。

 王都からは教国の旗が次々と降ろされていた。

 暗い会議室に集まる、見知らぬ仲間たち。

 赤い髪の女、巨漢の男、そして先ほどの少女。


「王国に、留まってください。セシリア」


 王冠を戴く若者が、聖女へ語りかけている。

 ロランはその光景を、ただの「記録」として脳内の片隅に保存した。


 自室に戻り、彼は机に向かう。

 壁には、他人のような筆跡でメモが並んでいる。


『民衆洗脳解除:成功』

『セシリア:協力者』


 ロランは、震える手で新しいメモを書き加えた。


『今日、目的を達成した。……らしい』


 窓の外。

 教国の支配が終わった王都は、昨日よりも静かだった。


 だが。

 自分が誰のために、何のために戦ってきたのか。

 ロランはもう、それを思い出すための「鍵」を、持ち合わせていなかった。





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