表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第11章:偽りの神託

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/122

第75話: 神託の正体解明


翌朝。


 ロランは執務室で、昨夜の情報の「残骸」を整理していた。

 セシリアから聞き出した、教国の心臓部の記録。

 それを忘却の海へ沈ませないよう、震える手で紙に刻みつける。


『禁書庫:聖都エリュシオン、大聖堂エル=ナフの地下』

『神託生成:聖女(端点)→禁書庫(集約)→枢機卿(演算)→神託(出力)』


 ロランは、その文字を何度もなぞった。

 墨色の文字だけが、彼にとって唯一信じられる「現実」になりつつあった。


 その時――。

 重厚な扉がノックされた。


「入れ」


 入ってきたのは、一人の女性だった。

 揺らめく炎のような、濃い影を落とす髪。


(……誰だ?)


 一瞬、思考のリンクが途切れる。

 名前、役職、関係性。

 それらが脳内に展開されるまでの、耐え難い空白。


(……そうだ。エレン。ローウェル商会の……)


「ロラン」


 エレンの声が響く。

 どこか焦燥を含んだ、だが凛とした響き。


「調査結果を持ってきましたわ。……顔色が良くありませんわね?」


「……調査結果? ああ、そうだったな」


 ロランは、さも覚えているかのように首肯した。

 自分が何を依頼したのか、それすらもメモを確認しなければ確信が持てない。

 

 エレンは痛ましそうな視線を一瞬だけ向け、机に分厚い報告書を置いた。


「聖女たちの行動パターンです。あなたが、命を削ってまで求めたものですわ」


 ロランは報告書をめくった。

 タクティカル・ビューが自動的に起動し、網膜にノイズ混じりの演算図を展開する。


『情報収集サイクル:解析完了』

『聖女のルーチン:毎日15時に民衆から聞き取り』

『報告の定刻:毎晩22時。聖都方向への魔法通信』


「やはりな……。奇跡の正体は、あまりに泥臭い」


 ロランの瞳が、無機質な銀色に光る。

 毎日、現地の一次情報を吸い上げ、夜間に聖都へパケットとして送る。

 禁書庫という名の巨大サーバーで情報を集計し、統計的な「最もあり得る未来」を、神の言葉として再配布する。


 完璧な、情報支配システムだ。


「エレンさん。……もう一つ、無理を言います」


「何でしょう? 今のあなたなら、月を獲ってこいと言われても驚きませんわ」


「王都の民衆から、ありとあらゆる情報を集めてください。些細な噂、市場の物価、数日後の冠婚葬祭の予定――すべてです」


 ロランは、タクティカル・ビューで算出した最適解を口にする。


「三日後。……その情報を元に、私が『神託』を作ります」


 エレンが息を呑んだ。


「神託を……作る……?」


「ええ。教国と同じロジックで、未来を予測してみせる。……神託が『奇跡』ではなく、ただの『数学』に過ぎないことを、民衆の目の前で証明する」


 教国の権威という城壁を、同じレンガで打ち壊す。

 それが、魔力なき軍師の選んだ戦場だった。


「さすがですわ、ロラン。……ですが……」


 エレンの手が、ロランの額に触れる。

 熱い。

 沸騰しかけた脳の熱が、彼女の手のひらを焼く。


「ロラン。……少し、休んでください。このままでは……」


「大丈夫だ……」


 言いかけた瞬間、視界が激しく歪んだ。

 床が跳ね上がり、平衡感覚が消失する。


「ロラン!」


 エレンが咄嗟にその体を支えた。

 ロランは椅子の背もたれに身を預け、差し出された水を口に含む。

 味はない。

 ただ、喉を通り過ぎる「温度」だけが、自分が生きていることを証明していた。


「ロラン……あなた、私の顔が、分からなかったでしょう」


 静かな、だが確信に満ちた問い。

 ロランは否定できなかった。


「……一瞬。ロードに時間がかかっただけだ」


「謝らないでください。……あなたは、悪くありませんわ」


 エレンの手が、ロランの手を強く握る。

 その体温だけは、ロランの脳に鮮明に記録された。


「私は、あなたを信じています。……だから、どうか。自分を、消さないでください」


 エレンの目に浮かんだ涙。

 ロランには、それがなぜ流されるものなのか、もはや論理的な推測しかできなかった。

 感情の磨耗まもう。人間性の欠落。


 彼女が去った後、ロランは震える手でメモに書き足した。


『エレン・ローウェル:商会の財務担当。炎のように輝く髪。――俺を支えてくれる、大切な人』


 文字にしておかなければ、彼女への感謝すら「不要なデータ」として消去されてしまう。

 ロランは再び、資料の海へ潜った。


 三日後の降雨確率:78%。

 市場の価格変動予測:上昇。

 民衆の関心、聖女への依存度、ヴァルガスの不確定要素。


 神を殺すための数式を、血を吐くような思いで組み上げていく。


『脳内温度:38.2℃』

『警告:記憶領域への侵食が加速。人格データの維持に支障が出る恐れがあります』


 知るか、とロランは毒づいた。

 

 翌日。

 王都中央広場。

 

 ロランは、数千の民衆の前に立った。

 疑念。恐怖。敵意。

 それらが入り混じった無彩色の空気の中、彼は静かに宣告した。


「民衆よ。……私からも、一つの『神託』を示しましょう」


 広場が凍りつく。

 遠くでヴァルガスが鼻で笑い、セシリアが悲しげに首を振るのが見えた。


「三日後。……この王都に、雨が降る。その雨は、皆に幸福をもたらすでしょう」


「ハッ! 愚か者が!」


 ヴァルガスが嘲笑と共に前に出る。


「神託は、主のみが下す聖なる言葉! 異端者が、天気予報ごときで神をかたるとは!」


「では、三日後を待ちましょう、審問官殿」


 ロランの瞳が、ヴァルガスを射抜く。


「もし、私の言葉が的中したならば。……貴公らの神託もまた、このロラン・フォン・アシュベルと同程度の『演算』でしかないことが証明される」


 広場が、かつてないほどのどよめきに揺れた。


 灰色の世界の中で。

 ロランは、消えゆく己の記憶と引き換えに、神への反逆を開始した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ