表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第10章:聖女の問い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/118

第73話:言霊魔法との対峙


翌日。


 王都ルミナスの中央広場は、再び、黒山の人だかりで埋め尽くされていた。


 だが――。

 漂う空気は、昨日とは根本的に異なっていた。


 民衆の眼差しに宿るのは、熱狂ではない。

 底冷えのするような「疑い」と、触れれば弾けるような「恐怖」だ。


 広場の中央。

 漆黒の法衣を風になびかせ、ヴァルガスが立っていた。

 その隣には、純白の聖衣を纏ったセシリア。


 灰色の世界で、極端なまでの明暗を放つ二つの影。


(……また、来たか)


 ロランは王宮の窓から、その光景を俯瞰していた。

 網膜の隅で、タクティカル・ビューが激しいノイズを撒き散らす。


『脅威レベル:極大』

『推奨:即座に当該エリアから退避せよ』


 警告を無視し、ロランは自らの指先を見つめた。

 感覚が薄い。温度すら、遠くに感じる。


「ロラン」


 背後から、アルベルトが声をかけた。


「……行くのか?」


「ここで逃げれば、王国の権威は地に落ちます」


 ロランは短く、無機質に答えた。

 たとえ自分が、砂時計の砂が零れるように消えつつあろうとも。

 彼はきびすを返し、広場へと向かった。


 広場に足を踏み入れた瞬間、数千の視線がロランを射抜いた。

 そこに敬意はない。

 向けられているのは、鋭利な刃物にも似た「敵意」だ。


 ヴァルガスが、歪んだ笑みを浮かべる。


「来たか、異端者よ」


 その声は、広場の隅々にまで響き渡った。


「今日こそ、その悪魔の皮を剥ぎ、正体を暴いてくれよう」


 ヴァルガスは民衆へ向き直り、その両手を大仰に掲げた。


「民衆よ! 刮目かつもくせよ! 今日、主の御名みなにおいて、真実の証拠を示そう!」


 彼はロランに向き直り、唇を奇妙な形に歪めた。


「『神の名において、真実を語らせよ』」


 ――瞬間。

 広場の空気が、物理的な圧力を伴って変質した。


 ロランの思考に、冷たい氷の棘が突き刺さる。


『未知の魔法を検知』

『分類:精神干渉系(高次発動)』

『効果:対象の随意筋肉に対する強制介入』


(精神干渉……。これが、言霊ことだま魔法か)


 ヴァルガスの指が、ロランを指し示す。


「ロラン・フォン・アシュベル! 貴様は、悪魔と契約し、その眼を得たのか!」


「いいえ」


 ロランは即座に否定した。

 だが――その瞬間、自らの肉体が制御を失った。


 ガタガタと、膝が笑う。

 指先が激しく震え、呼吸が浅く乱れる。

 それは、隠しきれない動揺を晒す「嘘つき」の姿そのものだった。


 民衆から、悲鳴に近いどよめきが上がった。


「震えてる……!」

「ロラン様が……あんなに動揺するなんて!」

「嘘をついている証拠だ!」


 ヴァルガスが、勝利を確信したように叫ぶ。


「見よ! 主の前で偽りは通用せぬ! その身体の震えこそ、貴様の魂が汚れている証拠だ!」


 ロランは、冷徹な分析を止めなかった。

 脳内を走る電流。筋肉の収縮。

 すべてが、自身の意志とは無関係に「演出」されている。


「ヴァルガス殿。……稚拙な、トリックですね」


「何だと……!?」


「貴方の魔法は、回答の内容など見ていない。……質問に答えるという『行為』そのものをトリガーに、身体反応を強制的に引き起こしているだけだ」


 ロランの声は、震える肉体とは対照的に、どこまでも静かだった。


「精神と肉体の接続にノイズを混ぜ、反射的に震えを誘発させている。……真偽など、関係ない」


 民衆がざわめく。

 だが、ヴァルガスは嘲笑うように言葉を重ねた。


「詭弁を! ならば、なぜ何も言わぬときも震えるのだ!」


 ヴァルガスが再び、呪言を紡ぐ。

「『神の名において、異端者を暴け』」


 刹那――。

 ロランの身体が、再び激しく痙攣けいれんした。

 何も言わず、ただ立っているだけなのに、彼の肉体は「有罪」を叫ぶように震え続ける。


「見たか! 主の光に照らされ、悪魔が身悶えしているのだ!」


 民衆の視線が、刃から「石打ちの石」へと変わる。

 理屈ではない。

 目の前で起きている「現象」こそが、彼らにとっての真実だった。


(……厄介だな)


 ロランは思った。

 論理では、信仰を上書きできない。

 

 その時、視界が激しく明滅した。


『脳内温度:38.0℃に到達。臨界まで4.0』

『警告:リソース確保のため、短期記憶の整理を開始します』


(……っ!)


 思考が、不自然に途切れる。

 直前まで考えていた「ヴァルガスの魔法への対抗策」が、霧散していく。


(何を……何をしようとしていた? ヴァルガスの、名前は……。そうだ、ヴァルガス。……対策は?)


 空白。

 脳の一部が、物理的に削り取られたような喪失感。


「どうした、異端者よ! 恐怖で声も出ぬか!」


 ヴァルガスの挑発。民衆の罵声。

 

 アルベルトが前に出ようとするのを、ロランは片手で制した。

 だが、その指先はまだ震えたままだ。


「……今日は、ここまでにしましょう」


 静かに割って入ったのは、セシリアだった。

 彼女がそっとヴァルガスの腕に触れると、広場を支配していた不吉な圧力が、嘘のように霧散した。


「民衆も、主の威光に気圧されています。ヴァルガス、引き際を」


「……チッ。聖女様がそう仰るなら」


 ヴァルガスは不満げに法衣を翻し、民衆へ最後の宣告を下した。


「異端者を監視せよ! 神の裁きは、近い!」


 民衆が波のように引いていく。

 その去り際にロランへ向けられる視線は、もはや「異物」を見るそれだった。


 広場に、ロランとセシリアだけが残された。

 アルベルトも、リーナも、今は遠くで見守ることしかできない。


「ロラン様」


 セシリアが歩み寄る。

 彼女が目を開いた。白く濁った、魔力を視る瞳。


「貴方は……本当に、あの男と戦うおつもり?」


「……陛下とこの国を守る。それが俺の職務だ」


「では――」

 

 セシリアの声が、囁くような低音に変わる。


「一つだけ、施しを。……言霊魔法は『言葉』に依存します。意味を介在させぬもの、言語を共有せぬ概念には、主の呪縛も届きません」


 ロランの意識の底で、火花が散った。


(言葉を介さない……概念?)


「なぜ、それを俺に教える」


 セシリアは悲しげに微笑んだ。


「私は聖女。……ですが、主の傀儡くぐつではありたくない。ただ、それだけです」


 彼女は再び目を閉じ、音もなく去っていった。


 その夜。

 ロランは自室で、リーナがくれた袋を握りしめていた。


 中に入った布切れを見る。

『主様は、いつも考えてる。忘れないで』


 ……。

 ……感情が、動かない。

 そこに記された文字は、ただの「記録データ」として処理される。

 かつて感じたはずの愛おしさも、絆の熱も、脳の熱に焼かれて消えてしまった。


(言語を……共有しない……)


 セシリアの言葉を反芻しようとする。

 だが、また意識が飛ぶ。


(今、何を考えていた……?)


 記憶の空白。

 ロランは震える手で、ペンを取った。


 消える前に。

 自分が、自分でなくなる前に。


 灰色の闇の中で、彼は「言葉なき反撃」の数式を書き殴り始めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ