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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第8章:重力の牢獄

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第55話:仲間との亀裂


翌朝――。  ロランは、静かに最後の準備を整えていた。


 多層干渉装置、改良型冷却冠。  そして、机の引き出しに忍ばせた、アルベルトへの遺書。  すべてが、演算通りの位置にある。


 地下水道の隠れ家。  色彩を失った灰色の部屋で、ロランは独り、椅子に深く腰掛けていた。


 今日が、最後の戦いだ。  そしておそらく、自分という「機能」が焼き切れる最後の日になる。  ロランの心は、凪いでいた。


 扉が開き、ガルドが入ってくる。


「ロラン様。朝食を持ってきました」


 差し出されたのは、灰色のパンとスープ。  ロランはそれを手に取り、機械的に口へ運んだ。


 ――温かい。  それ以外の情報は、何一つとして脳に届かない。  泥を啜っているような虚無感さえ、もはや日常だった。


「ロラン様……。本当に行ってしまうんですね」


 ガルドの声が震えている。  ロランは淡々と頷き、感情の乗らない声で答えた。


「はい。これが僕の、最後の演算ですから」


 ガルドはロランの前に膝を突き、たまらずその細い体を抱きしめた。


「ロラン様……俺は、あなたのために何もできなかった……!」


「そんなことはありません。ガルドさんの料理は――」


 ロランの瞳が、虚空を見つめる。


「いつも、温かかったです。それだけで、十分でした」


 ガルドの涙が、ロランの肩を濡らす。  熱い。それだけは、確かに感じられた。


      ――◆――


 部屋を出ると、ハンスとケントが待ち構えていた。  二人は鋭い敬礼をロランに送る。


「ロラン殿。俺たちも同行します」


「いえ。今回は僕一人で大丈夫です」


「ですが……!」


 ケントが食い下がる。  その必死な眼差しを、ロランは冷徹な「事実」で叩き切った。


「あなたたちが来ても、役に立ちません。空間圧縮魔法は僕にしか対処できない。……今のあなたたちは、ただの足手まといです」


 ハンスとケントは、絶句した。  ロランの言葉には、侮蔑も怒りも含まれていない。  ただ、残酷なまでの「演算結果」としての事実だけが、そこにあった。


「……分かった」


 ハンスが唇を噛み、涙を浮かべて再び敬礼する。


「だが、俺たちはあんたを信じてる。必ず、帰ってきてくれ」


 ロランは答えず、ただ静かに頷いて二人の横を通り過ぎた。


      ――◆――


 廊下の先には、レオナードが立っていた。


「ロラン殿。私は、あなたを尊敬しています」


 騎士団長としての威厳を脱ぎ捨て、一人の男としてレオナードは語りかける。


「魔力なき身で、公爵の深淵に挑むその姿。……あなたは、誰よりも騎士だ」


「……ありがとうございます」


「ロラン殿。あなたは、まだ『人間』です。色も味も、感情さえ失いかけていても。……仲間を救うために自らを削るその意志がある限り、あなたは機械などではない」


 ロランは何かを言いかけ、結局言葉を見つけられなかった。  ただ、差し出されたレオナードの手を握り返す。  伝わってくるのは、無骨な騎士の、熱い体温。


      ――◆――


 最後に見送りに現れたのは、リーナだった。


「主様。これを、持っていってください」


 手渡されたのは、銀色の小さな指輪。


「銀狼族の守護の指輪です。母から受け継いだ、私の一番大切なものです」


「リーナ、これは……」


「形見にはさせません。……必ず、私に返しに来てください」


 指にはめた指輪は、ひんやりと冷たかった。  けれど、それを渡したリーナの手は、燃えるように熱い。


「主様……信じています。あなたは勝ちます。そして……」


「……必ず、生きて帰ってきます」


 ロランの言葉。それは、演算結果ではなく、彼女に向けた精一杯の「約束」だった。


      ――◆――


 夕刻。  アルベルトがロランの前に立った。


「時間だ。……行こう、ロラン」


「はい、アルベルト様」


 多層干渉装置を手にし、冷却冠を深く被り直す。  アルベルトは、ロランの肩に手を置き、その耳元で囁いた。


「必ず生きて帰ってこい。……君が守ろうとしたこの国の行く末を、一緒に、僕の隣で見届けるんだ」


「はい。……善処します」


 地下水道の出口へと続く廊下。  そこには、これまで共に戦ってきた仲間たちが整列していた。


 ガルド、ハンス、ケント、レオナード、ゾフィア。  そして、リーナとアルベルト。


 色彩を欠いた世界。  けれど、そこに並ぶ彼らの存在だけは、どんな数式よりも鮮明に、ロランの脳裏に焼き付いていた。


「みんな……。ありがとうございます」


 ロランは深々と頭を下げる。  感情はもう、霧の向こう側だ。  けれど、胸の奥で何かが微かに爆ぜたような気がした。


(これが……仲間、というものか)


 自分という「機能」を最後まで支えてくれた、熱い存在。  ロランは前を向き、一人、決戦の地である王宮前広場へと歩み出した。


 背後から、リーナの嗚咽が聞こえる。  アルベルトの、祈るような沈黙が伝わってくる。


 色彩なき灰色の空の下。  少年は、己のすべてを焼き切るための戦場へ、静かに消えていった。





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