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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第8章:重力の牢獄

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第51話:宿命の親子対決


数日後――。


 ロランは、ようやくベッドから起き上がることができた。


 脳内温度は三十七・五度。  平熱をわずかに上回る程度まで、ようやく下がった。  まだ完全な回復とは言い難いが、それでも、意識を保って動くことはできる。


 地下水道の隠れ家。  ロランは、冷たい窓辺から外を見つめた。


 灰色の空。  灰色の街並み。  すべてが彩りを失った、モノクロームの静止画。


「主様」


 背後から、リーナが静かに声をかけてきた。


「朝食です。……少しでも、食べてください」


 差し出されたのは、いつもの灰色のパンとスープ。  ロランはそれを手に取り、機械的に口へ運ぶ。


 ――温かい。


 だが、ただそれだけだ。  もはや「砂を噛むような感覚」にさえ慣れてしまった。  味のない食事。匂いのない空気。  ロランにとって、それらはすでに日常の一部と化していた。


「主様、今日は……どうか、休んでくださいね」


 リーナの切実な願い。  ロランは短く「わかっています」とだけ答えた。


 だが、運命はその約束を容易く反故にする。


 不意に、部屋の隅の影が揺れた。


「ロラン様」


 現れたのは影爪シャドウクロウだった。  その仮面の下にある表情は見えないが、声にはかつてない緊張が混じっている。


「報告があります。……アーサー公爵が、再び王宮前広場に現れました」


 ロランの指先が、わずかに止まる。


「父上が……?」


「はい。そして、群衆を前に宣言しました。……ロラン・フォン・アシュベルに、再度の決闘を申し込む、と」


 沈黙が部屋を支配した。  ロランは迷うことなく、壁に掛けていた『零式冷却冠』に手を伸ばす。


「行きます」


「主様っ! まだお体が……!」


「大丈夫です。父上が呼んでいる。……これは、僕にしか終わらせられない」


 そこへ、騒ぎを聞きつけたアルベルトが飛び込んできた。


「ロラン、待て! 君はまだ歩くのが精一杯のはずだ!」


 アルベルトの悲痛な制止。  だが、冷却冠を装着したロランの瞳は、すでに冷徹な計算モードへと切り替わっていた。


「逃げることはできません。……行きましょう、アルベルト様」


 その眼差しに宿る、人間離れした覚悟。  アルベルトは唇を噛み、やがて諦めたように「僕も行く」と告げた。


      ――◆――


 王宮前広場には、異様な熱気が渦巻いていた。  数千の民衆が息を呑み、中央に立つ「巨人」を見守っている。


 アーサー・フォン・アシュベル。


 鉄黒色の鎧に身を包んだ父は、山のごとき威容でロランを待ち構えていた。


「来たか、ロラン」


 轟くような声。  ロランは群衆を割って進み、父の正面に立った。


「はい、父上。お呼びでしょうか」


 アーサーはロランを射抜くように見つめる。


「ロラン。前回、貴様は私の重力魔法を無効化した。……あれは見事だった。認めよう」


「……」


「だが。……あれで終わりだと思うなよ。アシュベルの深淵は、あんなものではない」


 アーサーが、ゆっくりと右手を掲げた。


 ――瞬間、感覚が変わった。


 重力魔法のような「重圧」ではない。  もっと根源的な、生理的な恐怖。  空間そのものが、まるで紙を丸めるように、物理的に圧縮され始めたのだ。


『タクティカル・ビュー』が強制起動する。  視界を埋め尽くす白黒のグリッド。  だが、そのグリッドそのものが、ぐにゃりと奇妙な歪みを見せ始めた。


【警告:空間圧縮魔法を検知】 【圧縮率:推定八十五パーセント】 【影響範囲:半径二十メートル】 【未知のパターン――解析不能】


 ロランの脳が、かつてない激痛を伴う警報を鳴らす。


「これは……空間圧縮……?」


「その通りだ。重力が空間を歪めるものならば、これは空間そのものを『縮める』魔法」


 アーサーの指先が光を放った。  直後、十メートル先にいたはずの父が、瞬きする間にロランの目前に立っていた。


(瞬間移動……? いや、違う。……距離そのものが、消えたんだ)


 必死に計算を回すが、タクティカル・ビューの画面にはノイズが走るばかりだ。


【解析中……失敗。パターンが複雑すぎます】 【構造――不明。干渉方法――不明】 【成功確率:ゼロパーセント】


 ――ゼロ。  ロランの頭脳が、初めて完全な敗北を告げた。


「どうした、ロラン。もう終わりか?」


 アーサーの手が、ロランの肩に触れる。  その瞬間、世界が固定された。  指一本動かせない。空間そのものがロランを「壁」として塗り固めたかのような感覚。


「ぐ、あ……」


 脳内温度が急上昇し、視界の端が真っ赤に燃える。


【警告:脳内温度 三十八・九度 警戒域】


 冷却冠が耳障りな駆動音を立てるが、熱量はそれを遥かに上回る。


「主様っ!」


 駆け寄ろうとするリーナもまた、空間の牢獄に囚われ、彫像のように静止していた。


「ロラン。お前は確かに天才だ。私の重力魔法を暴いた功績は消えん」


 アーサーが、静かに、だが重く告げる。


「だが、まだ早い。空間圧縮魔法は、王家と公爵家にのみ伝わる最高位の秘奥。……今の貴様では、読み切ることはできん」


 父が手を離すと、凍りついていた空間が一気に解けた。  ロランは膝をつき、激しく咳き込む。


「分かったか、ロラン。お前は強い。だが、まだ私には及ばない」


 ロランは答えられなかった。  額から流れる血が目に入り、視界がさらに混濁する。  だが、その瞳の奥の火は消えていなかった。


「……父上。僕は、必ず……これも解析してみせます」


 アーサーは、その不屈の眼差しを見て、一瞬だけ複雑な表情を浮かべた。


「ロラン。……お前は、本当に私の息子だな」


 父の言葉に、ロランは何の感情も抱かなかった。  ただ、攻略すべき「難問」が目の前にある。その事実だけが彼を突き動かす。


「ロラン、提案がある」


 アーサーが、静かに語りかけた。


「もし、お前がこの空間圧縮魔法さえも解析してみせたなら――。私はカインを正式に処罰し、お前をアシュベル家の正当な後継者として認めよう」


 後継者。  以前のロランなら吐き捨てていたであろう言葉が、今はただの「条件」として耳を通り過ぎる。


「……答えは、解析した時に聞こう」


 アーサーはそれだけ言い残すと、歪む空間の中へと消えていった。


      ――◆――


 隠れ家に戻るなり、ロランは狂ったように羊皮紙へ数式を刻み始めた。


 色彩のない世界で、脳だけが異常な熱を帯びて回る。  重力魔法のような単なる螺旋構造ではない。  これは、幾重にも重なった多次元の層――。


【警告:脳内温度 三十九・四度 危険域接近】


 冷却冠の限界を超える駆動音。  鼻から流れる鮮血が、羊皮紙を黒く汚していく。


「主様! やめてください!」


 リーナが後ろから、無理やりロランのペンを奪い、その細い体ごと抱きしめた。


「もうやめて……お願いです、主様!」


 リーナの叫び。そして、肩に伝わる彼女の「熱」。  その温もりが、沸騰しきったロランの脳を、かろうじて現世へと引き戻す。


「……すみません、リーナ。少し、熱くなりすぎました」


「主様……」


 震えるリーナの手を、ロランは冷え切った手で握り返した。


 深夜。  ロランはふらつく足取りで、ゾフィアの工房を訪ねた。


「ゾフィアさん。……空間圧縮を解析するための、新しいデバイスが必要です」


 ゾフィアは、変わり果てたロランの顔を見て、深い溜息をついた。


「また、死に急ぐつもり? あなたの脳、もうボロボロよ」


「これが僕の戦いなんです。……作れますか?」


 ロランの凍てついた瞳。  ゾフィアはしばらく沈黙し、やがて髪を乱暴に掻き回した。


「分かったわよ! 十日……いいえ、一週間でなんとかしてやるわ。その代わり、それまでは絶対に演算禁止! いいわね!」


「……善処します」


 工房を出ると、廊下にはアルベルトが立っていた。


「ロラン。君は……そこまでして、何を目指しているんだ。父を超えて、その先に何がある?」


 親友の問い。  ロランは、自分の手を見つめた。  色彩も見えず、感覚も薄れゆくこの手で、何を掴もうとしているのか。


「分かりません。……ただ、これ(計算)を止めれば、僕は僕でなくなってしまう気がするんです」


 感情を失くした少年の独白。  アルベルトは何も言えず、ただロランの背中を見送るしかなかった。


 灰色の世界で。  ロランは、命を削る新たな演算の海へと、再び潜っていく。





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