表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第7章:断罪の宴

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/121

第49話:構造解析開始


三日間。  ロランは、ほとんど眠らなかった。


 重力魔法の解析。その一点に、全神経を注ぎ込む。


 地下水道の隠れ家。  薄暗い部屋の中で、ロランは羊皮紙に数式を書き殴り続けた。


 灰色の紙に、灰色の文字。  もはや、彼にとって世界は「色彩」という意味を失っている。


 だが――その無彩色の数式の中にこそ、答えがあった。


『タクティカル・ビュー』を再起動する。  強制的に引きずり出される、白黒のグリッドライン。  記憶に刻まれたアーサーの魔法を、仮想空間上で幾度も再生、解体、再構築する。


【重力魔法:構造解析 深度レベル3】 【螺旋の巻き数:n = 6】 【各層の位相差:60度】 【共振周波数:8.1掛ける10の15乗ヘルツ】


「見つけた……」


 ロランは、掠れた声で呟いた。


 螺旋は、六層の構造になっていた。  各層が、わずかずつ位相をずらして重なり合っている。  これこそが、アーサーの魔法を「絶対」たらしめている強度の正体。


 ならば、その六層すべてを同時に崩せばいい。  六つの異なる周波数を、同時にぶつけるのだ。


【必要音波:六種類】 【周波数1:8.1掛ける10の15乗ヘルツ】 【周波数2:8.3掛ける10の15乗ヘルツ】 【周波数3:8.5掛ける10の15乗ヘルツ】 【周波数4:8.7掛ける10の15乗ヘルツ】 【周波数5:8.9掛ける10の15乗ヘルツ】 【周波数6:9.1掛ける10の15乗ヘルツ】


 脳内で、冷徹な演算結果が弾き出される。


【干渉成功確率:91.2パーセント】


 九割を超えた。  これなら――勝てる。


 タクティカル・ビューを遮断する。  グリッドが消え、静寂な灰色の世界が戻る。


 ロランは立ち上がろうとした。  だが、膝に力が入らない。  疲労は、とっくに限界を超えていた。


「主様っ!」


 駆け寄ってきたリーナが、崩れ落ちそうになるロランを抱きとめる。


「大丈夫ですか! 顔色が……!」


「ええ……解析が、終わりました……」


 安堵するリーナ。  だが、ロランの顔を見た彼女は、息を呑んで絶句した。


 蒼白を通り越した顔。深く窪んだ眼窩。  かつての少年の面影は、削り取られたように痩せ細っていた。


「主様……お願いです、休んでください……」


「まだです。止まるわけにはいかない」


 リーナに肩を貸してもらい、ロランはゾフィアの工房へと向かう。  リーナの体温が伝わってくる。  この「熱」だけが、自分がまだ生きていることを教えてくれる。


      ――◆――


「ゾフィアさん」


 ロランが声をかけると、工房の主は振り向いた。  そして、ロランの姿を見るなり、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……また徹夜したわね。死ぬわよ、本当に」


「解析が終わりました。これを見てください」


 ロランは書き殴った数式を差し出す。  六種類の周波数を同時に発生させる装置。その理論的背景を説明する。


 ゾフィアは数式を追ううちに、不機嫌さを忘れて目を見開いた。


「重力魔法を……ここまで丸裸にしたっていうの?」


「作れますか? 六重の逆位相共振を発生させる装置を」


 ゾフィアはしばらく考え込み、やがて力強く頷いた。


「作ってやるわよ。ただし、二日はもらいなさい。最高傑作にしてやるわ」


 ゾフィアの目が、職人としての熱を帯びる。  ロランは歪な笑みを浮かべ、短く礼を言った。


      ――◆――


 その日の昼。  ガルドが用意した食事を、ロランは機械的に口へ運んでいた。


 灰色のパン。灰色のスープ。  匂いは分からない。


 パンを一口、齧る。  ――温かい。


 だが、ただそれだけだ。  味は完全に消失していた。  噛み砕く感覚は、まるで不快な砂を噛んでいるかのよう。


 それでも、ロランは無理やり飲み込んだ。  戦うための「燃料」が必要だからだ。


(味が、しない……)


 かつて、ガルドの料理は美味しかったはずだ。  喜びを感じさせてくれたはずだ。  だが今のロランにとって、食事は単なる化学エネルギーの摂取でしかなかった。


 壁際で、ガルドがその様子をじっと見つめている。  表情を失くし、淡々と砂のようなパンを咀嚼するロラン。  ガルドの目に、熱いものが浮かんだ。


(ロラン様……。俺は、あんたに何を食わせているんだ……!)


 料理人として、これ以上の屈辱はない。  だが、ガルドは何も言わなかった。  ただ、次はさらに「食感」を研ぎ澄ませた、感覚を揺さぶる一皿を作ると心に誓う。


      ――◆――


 食事の後、アルベルトがロランの元を訪れた。


「ロラン。少し、話せるか」


「はい、アルベルト様」


 二人は部屋の隅へ移動する。  アルベルトは、痛ましそうにロランを凝視した。


「君は……本当に、大丈夫なのか?」


 その声は、震えていた。


「君が、どんどん変わっていく。笑顔さえ、記号のようになってしまった。食事も楽しめず、その目は……どんどん冷たくなっていく」


 アルベルトの瞳に、涙が溜まる。


「ロラン、君は……人間であることを、捨てようとしているのか?」


 ロランは、その問いに何も感じなかった。  悲しみも、罪悪感も。  ただ、事実として淡々と受け止める。


「すみません。ですが、これが僕の戦い方なんです」


「ロラン……!」


 アルベルトが、ロランの手を握った。  その手は氷のように冷たかった。生気が、指先からこぼれ落ちている。


「君を救いたい……。なのに、僕には何もできない……!」


 ロランは、握られた手の「温もり」を感じる。  それだけが、唯一の救いだった。


「大丈夫です。僕は、まだ戦えますから」


 微笑もうとするが、やはり顔は不自然に歪む。  アルベルトは、その表情を見て、胸を締め付けられる思いで顔を背けた。


      ――◆――


 夜。  ゾフィアが試作装置を完成させた。


「できたわ。音波発生装置、試作一号よ」


 銀色の、小さな箱。  その中には、ロランの理論を形にする六つの振動子が組み込まれている。


「出力範囲は半径五メートル。これ以上は、精度が保証できないわ」


「十分です。ありがとうございます」


 ロランは装置を受け取る。  これが、父を討つための「牙」になる。


「それと、これも。脳の冷却装置、改良二号よ。冷却能力をさらに五十パーセント上乗せしたわ」


 ずっしりと重い。  だが、これがロランの寿命を少しだけ先延ばしにする命綱だ。


「お礼はいい。その代わり――生きて帰りなさい。いいわね?」


「……善処します」


 ロランは短く答え、部屋を出た。


 廊下には、リーナが待っていた。  彼女は何も言わず、ロランの手を握った。


 灰色の銀髪、灰色の瞳。  ロランには色彩は見えない。  けれど、握られた手の熱は、誰よりも鮮明に感じられた。


 翌朝。  新しい冷却冠を装着し、音波装置を懐に忍ばせる。


 アルベルトが、ロランの前に立った。


「行くんだな」


「はい。父上と――アシュベルと、決着をつけます」


「わかった。僕も行く。……最後まで、君の隣にいる」


 ロランは、歪な笑顔を浮かべて頷いた。


「ありがとうございます」


 灰色の空の下。  一行は王宮へと歩み出す。


 一人の少年が、自らの命を燃やし尽くして挑む、最後の演算が始まろうとしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ