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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第7章:断罪の宴

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第48話:重力魔法の恐怖


地下水道の隠れ家。  湿り気もカビの臭いも、今のロランには分からない。


 ただ、背中に伝わる寝台の硬さと、頭蓋を焼くような熱だけが現実だった。


「39.5度……まだ高いわね」


 ゾフィアの声が、鼓膜を震わせる。  彼女が差し出した冷たい布の感触だけが、かろうじて意識を現世に繋ぎ止めていた。


「冷却装置を、もっと強化しないと。このままじゃ脳が炭になっちゃうわ」


「……お願いします」


 ロランは、掠れた声で応じる。  ゾフィアが手際よく、頭部に装着された銀色の冠――『零式冷却冠』のダイヤルを回す。


 内部で循環する冷却液の振動が、耳元で低く鳴り響く。  少しずつ、焼きつくような熱が引いていく。


「ロラン」


 ベッドの傍らに、アルベルトが歩み寄ってきた。


「大丈夫か? 無理をさせてしまった……」


「ええ……心配を、かけてすみません」


 ロランは、重い瞼を持ち上げた。  視界に広がるのは、煤けた灰色の天井。


 色彩は、もう失われている。  アルベルトの瞳が何色だったのかも、今のロランには思い出せない。


「謝らなくていいんだ。君は、頑張りすぎている」


 アルベルトの痛ましそうな言葉に、ロランは何も答えなかった。  意識の半分は、いまだに「計算」の海を漂っている。


 アーサーの重力魔法。  あの禍々しい空間の歪み。  三十六箇所の支点――。


(もう一度……。もう一度だけ、あの構造を解析できれば)


 その時、部屋の扉が静かに開いた。


「主様、スープを持ってきました」


 リーナが、湯気の立つ椀を運んでくる。  白黒の視界の中では、湯気さえもが不透明な灰色の影に見えた。


 ロランは、震える手でそれを受け取る。  一口、口に含んだ。


 ――温かい。


 だが、ただそれだけだ。  香りは分からず、舌に触れる感覚は「砂」に近い。  芳醇な出汁の味も、野菜の甘みも、今のロランには届かない。


「美味しい、ですか……?」


 不安そうに覗き込むリーナ。  ロランは、精一杯の笑顔を作ろうとした。


 だが、表情筋の動かし方さえ「計算」で導き出す彼の笑みは、どこか不自然に歪んでいる。


「ええ……とても温かいです」


 嘘ではない。  「温度」だけが、彼に残された唯一の豊かさだった。


 リーナは、その歪な笑顔を見て、こらえきれずに視線を落とした。  ガルドは部屋の隅で、己の拳を白くなるまで握り締めている。


(俺の料理が……味すら伝わらないなんて……!)


 ガルドの心に、料理人としての、そして一人の男としての悔恨が渦巻く。  次は、味覚を介さない「食感の刺激」だけで唸らせてやる。彼は心の中で、静かに闘志を燃やした。


      ――◆――


 夜。  一人になったロランは、枕元の羊皮紙に数式を書き殴っていた。


 重力ベクトル。  三次元座標におけるマナの収束点。


【重力魔法:構造解析】 【支点:36箇所】 【波形パターン:3.7掛ける10のマイナス8乗メートル】 【逆位相音波:周波数 8.1掛ける10の15乗ヘルツ】


(音波の共振。これこそが、絶対的な力を切り裂く唯一の鍵だ)


 だが、それだけでは足りない。  ロランは、再び『タクティカル・ビュー』を強制起動した。


 視界を、無機質な白黒のグリッドが覆い尽くす。  記憶の中に刻まれた、アーサーの魔法を再生。


【警告:脳内温度 38.9度 警戒域】


 警報を無視し、演算を深度へ進める。  支点A-1、A-2、A-3……。  三十六全ての座標を、脳内の仮想空間に配置していく。


(これは……螺旋か?)


 ロランは、気づいた。  支点の配置は、術者であるアーサーを中心に「螺旋状」に展開している。


 ならば、その螺旋の巻き方向に対し、逆位相の振動波を与えれば――。


【干渉方法:螺旋逆位相音波】 【成功確率:68.3パーセント】


 確率は跳ね上がった。  だが、まだ「確信」には遠い。


 ロランは、さらに演算を加速させた。  冷却液の循環が追いつかず、脳が熱で沸き立つ。


【警告:脳内温度 39.6度 危険域到達】


 視界が真っ赤に染まる。  鼻の奥から、鉄臭い血が溢れ出した。


(もう少しだ……。あと少しで、計算が完了する……!)


 その時、荒々しく扉が開かれた。


「ロラン! 何をしている!」


 アルベルトだった。  鼻血を流し、青白い顔で虚空を見つめるロランを見て、彼は驚愕に目を見開く。


「またこれか! やめろ、今すぐやめるんだ!」


「まだ……です。まだ、完全には……っ」


「もういいんだ!」


 アルベルトが、ロランの肩を強く掴んだ。  その叫びには、怒りと、張り裂けんばかりの悲しみが混じっていた。


「もういい! 僕は王にならなくていい。カインなんてどうでもいい! だから、君は休んでくれ……死なないでくれ!」


 ロランは、ゆっくりとタクティカル・ビューを遮断した。  グリッドが消え、静寂な灰色の世界が戻る。


 肩に伝わる、アルベルトの震え。  ロランは、感情を失いつつある瞳で、主を見つめた。


「アルベルト様。……僕には、これしかないんです」


「これしか……ない、だと?」


「はい。僕は魔法も剣も使えません。アシュベルの無能ですから」


 ロランは、自らの頭を指さした。


「これ(演算)だけが、僕に唯一残された『武器』なんです。これを使わずに、どうしてあなたを救えるというのですか」


 アルベルトは、言葉を失った。  ロランの瞳は、あまりに透き通っていて――それでいて、機械のように冷たかった。


「すまない……。ごめんな、ロラン……」


 アルベルトが、ロランを抱きしめる。  肩にかかる重み。  伝わってくる、熱い涙の感覚。


「大丈夫です。僕は、壊れませんから」


 嘘だった。  自分の脳が、一歩ずつ死に向かっていることを、ロラン自身が一番理解している。


      ――◆――


 翌朝。  ゾフィアが、改良された新しい冷却冠を持ってきた。


「完成よ。『零式冷却冠・改良版』。冷却能力を、さらに三十パーセント上乗せしたわ」


「ありがとうございます」


 受け取った銀色の冠は、以前よりもずっしりと重い。  だが、その重みは「演算可能時間」の増加を意味していた。


「ただし。……これでも、限界はあるわよ」


 ゾフィアが、かつてないほど真剣な眼差しで告げる。


「あなたの脳は、確実に焼き切れていってる。このまま使い続ければ、あなたは――」


「死ぬ、ですか」


 ロランは、事もなげに言った。  そして、歪んだ笑顔を浮かべる。


「大丈夫です。死ぬ前に、必ず……父上の重力魔法を解析してみせますから」


 ゾフィアは、深いため息をついた。  この少年は、もう誰にも止められない。  彼自身の命を薪にして、勝利という火を灯そうとしているのだ。


「せめて、これだけは離さないで」


 冷却冠が装着される。  頭を巡る、凍てつくような冷気の循環。


(これなら……もっと深く潜れる)


 ロランは、再び重力魔法の解析を開始した。  白黒の世界で、数式の奔流に身を投じる。


【螺旋逆位相音波:詳細計算完了】 【周波数:8.1掛ける10の15乗ヘルツ】 【成功確率:73.8パーセント】


 確率は、さらに上がった。


(父上……。あなたの魔法は、確かに無敵に見える)


 ロランの瞳が、灰色の世界の中で鋭く光る。


(でも――数式で書ける以上、それは『不変』ではない。僕が、必ず攻略してみせる)


 絶望の淵で、一人の少年が静かに「牙」を研ぎ続けていた。





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