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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第7章:断罪の宴

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第45話:師弟の再会


地下水道の冷たい静寂を、四人の足音が乱していく。 ロラン、マリア、レオナード、そして影に潜む影爪。


一刻を争う脱出劇。 ロランの視界には、相変わらず無機質な灰色の通路が続いていた。


「もうすぐです。あと五分で、アルベルト様の元へ……」


地図を確認するロランの横顔を、レオナードが複雑な表情で見つめる。 「ロラン殿。……改めて、礼を言う。恩に着る」


「いえ。当然のことをしたまでです」


ロランは微笑もうとした。 だが、その表情を見たレオナードは、思わず息を呑んだ。 口角は上がっているが、目は死んだように冷たい。 精巧に作られた人形が、無理やり笑みの形を模倣しているような――不気味で、痛々しい歪み。


(……この子は、一体何を代償にしてここへ来たのだ) レオナードは胸を締め付けられる思いがしたが、今はそれを問う時ではない。 ただ、前を見据えて走り続けた。


やがて、地下水道の最奥。 隠れ家の重い扉が開かれた。


「ロラン! 無事だったか!」


真っ先に駆け寄ってきたのは、アルベルトだった。 だが、主君の足が、不自然に止まる。 ロランの背後に立つ、屈強な騎士の姿を捉えたからだ。


「レオナード……団長……?」 「アルベルト様……」


レオナードがその場に膝をつき、深く頭を垂れる。 「お久しぶりです。……不甲斐なき臣、ただいま帰還いたしました」


「レオナード!」 アルベルトが叫び、騎士に飛びついた。 その体にしがみつき、子供のように涙を零す。


「生きて……生きていたんだね! 本当に……良かった……!」 「はい……。殿下がご無事で、何よりでございます……」


師と弟子の、数ヶ月越しの抱擁。 ロランはその光景を、色彩のない二階調の視界で眺めていた。 涙の色も、再会の熱量も、今の彼には視覚的なデータでしかない。 それでも――二人の間に流れる「絆」の輪郭だけは、確かに感じ取れた。


「主様、よかったね」 隣でリーナが、そっとロランの手を握る。 「ええ。これで、盤面は整いました」


握られた手の温かさ。 それだけが、ロランの脳に「自分はまだ人間だ」という信号を送り続けていた。


再会の余韻も束の間、レオナードがアルベルトの肩を掴み、真剣な眼差しを向ける。 「殿下。……あなたは、強くなられましたな」 「そうかな……。僕は、ロランに助けられてばかりだ」 「いいえ。あなたの瞳には、かつての王と同じ……民を照らす光が宿っている」


アルベルトの胸が熱く震える。 だが、ロランは冷徹に、次のステップへと意識を切り替えた。


「アルベルト様、時間がありません。……次は、ダリウスを断罪します」 「断罪? いったいどうやって……」


ロランは懐から、数枚の書類束を取り出した。 エレンが命懸けで収集した、ダリウス大臣の不正の全記録だ。


「これを、晩餐会の会場にぶちまけます」 「なんだって……!? しかし、そんなことをすれば君が……」 「大丈夫です。ロラン・フォン・アシュベルとしてではなく、『透明な侍女』として動きますから」


ロランの脳内で、演算が加速する。 貴族たちの視線誘導。会場の死角。混乱に乗じた脱出ルート。 すべてが青い数式となって、灰色の世界に展開されていく。


「マリアさん、お願いします」 「はい。貴族たちの好奇心を、一番刺激する場所に」


ロランとマリアは、再び地下水道へと足を踏み出した。 アルベルトが背後から、たまらずロランを抱きしめる。


「ロラン、必ず……必ず帰ってきてくれ」 「……約束します」


抱擁の温もり。 それが、ロランにとっての唯一の「命綱」だった。


王宮の晩餐会会場。 狂乱の宴は、最高潮に達していた。


中央で、豚のような笑みを浮かべるダリウス大臣。 ロランとマリアは、影のように会場へ滑り込む。


透明な存在。 誰も、給仕の顔など見てはいない。


マリアが、最も人目のつく大広間の壁際に近寄る。 そして、一瞬の隙を突いて書類を貼り付けた。 ダリウスの署名が入った、横領と賄賂の動かぬ証拠。


あとは、火がつくのを待つだけだ。


やがて、一人の貴族が足を止めた。 「……ん? 何だ、この紙は」 「おい、これ……ダリウス大臣の署名じゃないか?」


ざわめきが、水面に広がる波紋のように広がっていく。 「賄賂の記録……? 帳簿の裏金……!?」 「これは、先月の震災復興予算じゃないか! ほとんどがダリウスの懐に……!」


怒号。驚愕。疑惑の視線。 華やかな旋律が止まり、会場の空気が一気に凍りついた。


「何を騒いでいる! ……なっ!?」 駆け寄ったダリウスの顔が、一瞬で土気色に変わった。 「これは……偽物だ! 誰だ、こんな悪戯をしたのは!」


「偽物だと? では、この大臣専用の印影も偽物だと言うのか!」 「説明しろ、ダリウス! 我々の税金を何だと思っている!」


貴族たちの手のひら返しは、早かった。 権力者の没落ほど、彼らにとって刺激的な娯楽はない。


ロランはその混乱を、会場の隅で静かに見つめていた。 崩壊していくダリウスの権威。 すべては、計算通り。


ロランは誰にも気づかれることなく、再び夜の闇へと消えた。


地下水道。 約束の場所に戻ったロランは、その場に膝をついた。 思考を強制冷却していた冠の音が、耳障りに響く。


「主様!」 リーナが駆け寄り、崩れ落ちるロランを抱きとめた。 「大丈夫? しっかりして……!」


「ええ……少し、疲れただけです……」


ロランは力なく微笑もうとした。 だが、やはり筋肉がうまく動かない。


ふと、今朝ガルドが持たせてくれたパンのことを思い出した。 空腹を満たすために、一口齧る。


(……ああ)


温かい。感触は、ある。 けれど――味が、しない。


小麦の香ばしさも、塩気も、甘みも。 何も。


(味覚も……失ったか)


砂を噛んでいるような、無機質な感覚。 もはや、この世界の「彩り」を構成する情報は、ロランからまた一つ、永遠に失われたのだ。


達成感さえも薄れていく、灰色の勝利。 それでも、自分を抱きしめるリーナの体温だけは、まだ、ロランの心臓を叩いていた。


(もう少しだけ……。この熱が消えるまでは……)


救世主は、絶望的な喪失の中で、たった一つの温もりを頼りに目を閉じた。





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