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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第7章:断罪の宴

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第44話:腐敗の饗宴


王宮晩餐会は、爛熟らんじゅくの時を迎えていた。


次々と運ばれる贅を尽くした料理。 ロランは侍女として――風景の一部になりきり、それらを淡々と運ぶ。


視界に広がるのは、色彩を欠いた「灰色の祝宴」。 鼻をくすぐるはずの芳醇なワインの香りは、もう届かない。 ただ、手首に伝わる銀皿の重みだけが、ここが現実であることを教えていた。


「おい、そこの侍女!」


肥え太った貴族が、不遜な態度でロランを指差す。 「ワインだ! さっさと注げ!」


「……かしこまりました」


ロランは深く頭を下げ、赤い――いや、彼には黒く見える液体を注いだ。 侍女は、誰の目にも留まらない透明な存在。 その「特権」を利用し、ロランは貴族たちの会話を拾い集める。


「ダリウス大臣の采配は実に見事だ。税収を三割も増やすとはな」 「全くだ。彼こそがこの王国の真の救世主といえるだろう」


おべっか。虚飾。欺瞞ぎまん。 ロランは内心で、冷めた独白を漏らす。


(救世主、か。その金が、どれほど民の血をすすって得られたものかも知らずに……)


懐には、エレンが命懸けで集めた「不正の証拠」が眠っている。 今夜、この華やかな仮面を剥ぎ取ってやる。


会場の中央では、大臣ダリウスが豚のような体を揺らし、上機嫌でグラスを掲げていた。 「皆様! 王国の繁栄に――乾杯!」


唱和する貴族たち。 ロランはその喧騒を背に、会場の隅へと移動した。 そこには、同じく侍女に扮したマリアが待機していた。


「……ロラン様」 「ああ。時間だ」


二人は視線を交わし、音もなく会場の裏口へと滑り込んだ。 誰も、二人の離脱に気づかない。 侍女の顔など、風景の石ころと同じなのだから。


裏口の先には、灰色の長い廊下が続いていた。


「この先、地下へと繋がっています」


マリアの案内に従い、階段を下りる。 一段下りるごとに、会場の喧騒が遠のき、代わりに冷たく湿った空気が這い寄ってきた。


冷却冠によって人工的に冷やされたロランの思考が、さらに鋭さを増す。


「止まれ! 誰だ!」


廊下の角から、武装した警備兵が二人、剣を抜いて現れた。 「こんな時間に地下へ何の用だ!」


マリアが淀みない動作で前に出る。 「ダリウス大臣の直命です。明朝の視察に向け、地下牢の清掃を命じられました」


差し出されたのは、精巧に偽造された書状。 警備兵は不審げに書状を凝視した。


「清掃……? 晩餐会の真っ最中だぞ?」 「左様です。大臣は、一刻の猶予も許されぬと仰せでした」


マリアの声は、一欠片も震えていない。 警備兵はしばらく逡巡しゅんじゅんしたが、やがて鼻を鳴らして剣を収めた。


「……ふん、大臣も人使いが荒い。行け」 「感謝いたします」


通り過ぎる際、ロランの心臓が不快なリズムを刻んだ。 思考は冷徹でも、生存本能までは殺しきれない。


地下牢の最奥。 鉄格子が並ぶ死んだ世界の中に、その男はいた。


「三番房……ここです」


マリアが指差した先。 床に座り込んでいた男が、ゆっくりと顔を上げた。 ボロをまとっていても隠しきれない、鋼のような威圧感。 近衛騎士団長、レオナードだ。


「……何者だ。侍女が、私に何の用だ」


「レオナード団長」 ロランは格子越しに、声を潜めて告げた。 「ロラン・フォン・アシュベルです。アルベルト様の命により、お迎えに上がりました」


レオナードの鋭い瞳が、驚愕に見開かれる。 「ロラン……アシュベルの……。アルベルト様は、ご存命なのか……!」


「はい。今も、あなたと共に戦う時を待っておいでです」


マリアが、あらかじめ盗み出していた鍵を差し出した。 ロランがそれを受け取り、鍵穴に差し込もうとした、その時――。


「貴様ら! 何をしている!」


背後から、怒号が響いた。 別の巡回兵だ。


「清掃ではないのか! まさか、囚人を――」


警備兵が剣を抜き、叫ぼうとした瞬間。 その背後の「影」が、生き物のように跳ねた。


「……騒ぐな」


影爪だ。 凍りつくような冷気とともに、警備兵の喉元に鋭い刃が突き立てられる。


「動けば、殺す。俺の契約しごとは、この少年を守ることなんでな」


影爪の無機質な言葉に、警備兵は完全に硬直した。 ロランはその隙を逃さず、鍵を回した。


カチャリ――。


重苦しい音を立て、鉄格子が開かれる。 レオナードは立ち上がり、房の隅に置かれていた愛剣を手に取った。


「ロラン殿、恩に着る」 「礼は、ここを出てからにしましょう。こちらへ」


マリアの作成した脱出経路を、四人は足早に進む。


ふと、ロランは足を止めた。 ……気づいてしまったのだ。


地下牢特有の、カビ臭い空気。 囚人たちの汗の臭い。 それらが、何一つ感じられない。


(嗅覚が……終わったか)


おそらく、九割五分以上の消失。 もはや、この世界の「匂い」という情報は、ロランの脳から完全に遮断されたのだ。


だが。 マリアが引く手の温かさ。 レオナードの、力強い足音の響き。


五感を削ぎ落とされた暗闇の中で、それだけが「ロラン」を人間として繋ぎ止めていた。


裏庭の生い茂る木々を抜け、王宮の外へ。 冷たい夜風が吹き抜けるが、ロランにはその感触すらも、どこか遠い。


「成功、ですね……」 「ロラン殿、心から感謝する。この恩、必ずや戦場で返そう」


レオナードがロランの肩に置いた手。その重み。 ロランは応えようとして、口角を上げた。


鏡がなくともわかる。 今の自分は、きっと、壊れた操り人形のような――不気味で歪な笑顔を浮かべているはずだ。


「……アルベルト様が、お待ちです。さあ、地下水道へ」


影爪が影に溶け、マリアが周囲を警戒する。 救出された騎士団長を連れ、一行は闇に紛れて消えていった。


晩餐会の狂乱は、まだ続いている。 だが、その背後で――ダリウスという巨悪の首をねるための準備は、すべて整った。


灰色の世界を、ロランは進む。 救世主としての仮面を、より深く被り直して。





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