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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第6章:灰色の王都潜入

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第37話:零度の試作


ゾフィアの工房で、一夜が明けた。


ロランは、作業台に突っ伏した状態で目を覚ました。 眠っていた記憶はない。意識を失うように、気づけば朝を迎えていた。


(また……無意識のうちに限界を迎えていたのか)


額に手を当てると、てのひらから伝わるのは、不自然なほどの熱だ。 タクティカル・ビューを使用していない平常時でさえ、脳内温度は上昇を続けている。


「起きたか」


背後から、ぶっきらぼうな声がした。 ゾフィアだ。彼女は昨夜から一睡もしていないのか、血走った目で複雑な魔導回路をいじっていた。


「昨夜から、ずっと作業を?」


「当たり前だろ。お前の脳は、もう通常の人間の限界をうに超えてる」


ゾフィアは手にしていた精密な歯車を置き、椅子を回転させてロランに向き直った。 その手には、銀色に輝く冠のような装置が握られている。 細かな魔導回路が刻まれ、毛細血管のように細い冷却管が張り巡らされていた。


「『零式冷却冠ゼロ・クーリング・クラウン』。まだプロトタイプだがね」


「これが……僕を冷やす装置ですか」


「ああ。じっとしてろ」


ゾフィアが近づき、冠をロランの頭部へと装着する。 金属のひんやりとした感触が、熱を持った皮膚に心地よい。


カチリ、と小さな駆動音が響いた。 瞬間、管の中を冷却液が駆け巡り、脳の奥深くまで刺さるような冷気が浸透していく。


「どうだ?」


「……冷たいです。思考のノイズが、わずかに静まる感覚がある」


「脳内温度、36.8度。昨夜より0.4度下がった。効果は出ているね」


ゾフィアは測定器の数値を見て、満足げに鼻を鳴らした。 だが、すぐに表情を引き締める。


「だが、まだ不十分だ。冷却効率を最適化するには、あと一週間は調整が必要になる。それまではその試作機プロトで我慢しな」


「分かりました。……助かります」


ロランは装置の重みを確かめる。 これで、もう少しだけ――「時間」を買うことができた。


その時、地下水道の奥から微かな足音が響いた。 ロランとゾフィアは即座に警戒態勢をとる。


だが、現れたのはリーナだった。 そして彼女の背後には、見慣れぬ二人の男女が控えている。


「主様」


リーナが、静かに二人を指した。 「エレン様からの、協力者。信頼できる」


一人は、異様に存在感の薄い青年だった。 特徴のない顔立ちに、地味な灰色の服。人混みに紛れれば、数秒で記憶から消えてしまいそうな「影」のような男だ。


「サイラスと申します」


青年は音もなく頭を下げた。 「エレン様より、ロラン様の護衛を。……私は『影』として、あなたの死角を埋めます」


「元暗殺者、ですか」


ロランが問うと、サイラスは否定も肯定もせず、ただ鋭い眼光を一度だけ見せた。


そして、もう一人。 肩に大きな薬草袋を下げた、温和な顔立ちの女性が進み出た。


「衛生兵のカリンです! 怪我の治療から、軍師様の体調管理まで、全力でサポートさせていただきます!」


「カリン、薬草は持ってきたかい?」 ゾフィアの問いに、カリンは元気に頷いた。


「はい! 冷却液の原料になる高純度の魔導草、ばっちり確保してきました!」


エレン・ローウェル。 彼女はロランの「欠落」を見越し、完璧な布陣を送り込んできたのだ。


昼過ぎ。 ロランはサイラスを伴い、王都内部の偵察へと出た。 商人の荷馬車に紛れ、市場の喧騒を通り抜ける。


「サイラス、街の様子は?」


「最悪と言っていいでしょう」 サイラスが、影の中から囁くように答える。


「アシュベル家の私兵が、網の目のような巡回を敷いています。そして……ロラン様、あれを」


差し出されたのは、一枚の指名手配書だった。 そこには、精巧に描かれたロランの似顔絵。


『魔力なき反逆者、ロラン・フォン・アシュベル。生け捕り、あるいは首一つにつき、金貨千枚』


金貨千枚。 平民が一生遊んで暮らせるほどの、破格の賞金だ。


「……危険ですね。僕の顔は、既にこの街の全員に売られている」


「ええ。すぐに戻るべきかと」


「いや。逆に言えば、父は僕を『恐れている』ということだ」


ロランは手配書を冷徹に見つめた。 「もし僕がただの無力な零級者なら、こんな大金を投じる必要はない。父上は、僕の『演算』が自分の首元まで届いていることを理解している」


賞金首という事実に動じることなく、ロランはその背後にある父・アーサーの焦燥を読み解く。


ふと、頭上の城壁を見上げた。 白亜の石材。その向こうには、かつて自分が蔑まれ、追い出された居城がある。


憎しみではない。悲しみでもない。 ただ、冷徹な数式を完遂させるための「決着」が、そこにある。


夕方、工房にアルベルトとエレンが合流した。


「ロラン、大丈夫かい? 顔色が……」


アルベルトが真っ先に駆け寄る。 ロランは、頭部の冷却冠を指し示した。


「ゾフィアさんが作ってくれました。これがあれば、脳が焼き切れるのを先延ばしにできます」


「数ヶ月しか持たない脳を、私がいれば一年は持たせてやれる。……そういうことさ」


ゾフィアの補足に、アルベルトは唇を噛み締め、拳を震わせた。 一年。 それが、親友に残された猶予。


「ロラン……君は……」


「大丈夫です、アルベルト様。一年あれば、十分だ」


ロランは、一切の迷いなく言い切った。 「父上を倒し、あなたを正当なる王座へと押し上げるには、それだけの時間があれば事足ります」


その不敵なまでの自信に、アルベルトは何も言えず、ただ深く頷いた。


エレンが、広げた書類を指で叩く。 「本題に入りましょう。王都の現状、最大の問題は大臣ダリウスです」


「ダリウス……。以前から帝国と内通していると噂されていた男ですね」


「ええ。彼は既に帝国のスパイと結託し、王宮を裏から支配しています。アシュベル家とダリウス。この二つの巨塔を同時に崩さなければ、王都の夜明けはありません」


ダリウス、アシュベル家、そして背後に潜む帝国の影。 複雑に絡み合った因果の糸。 ロランの脳内で、青い光のグリッドが高速で展開され始める。


(この糸を、どこから断つか……)


その夜。 ゾフィアの工房の片隅で、ロランは一人、机に向かっていた。


ペンを走らせる音だけが、静寂の中に響く。 書き記しているのは、一通の手紙だった。 宛名は空欄。


書き終えたロランは、それを丁寧に折り畳み、封筒へと収める。 そして、誰にも見られぬよう、引き出しの奥深くへと隠した。


タクティカル・ビューの演算は、常に「最悪の結末」を弾き出す。 ロランが生き延びる確率は、現状、限りなくゼロに近い。


だからこそ。 その手紙は、彼が「演算」を裏切り、最後に残した、身勝手なまでの『希望』だった。


灰色の世界。 色を失い、味を忘れ、やがて命さえも数式に溶けていく。 それでも、彼の中にだけは、まだ消えない残り火が灯っていた。





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