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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第6章:灰色の王都潜入

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第36話:灰色の王都


色彩を失った世界で。 五度目の朝を迎えた。


ロラン・フォン・アシュベルは、宿の窓から王都ルミナスを見下ろしていた。 視界に広がるのは、灰色の空。灰色の街並み。灰色の人々。


かつて「黄金の都」と称えられたこの街は、もう二度と輝くことはない。 少なくとも、ロランの瞳に光が戻ることはない。


「主様」


扉が開く音。 リーナが、朝食のトレイを運んできた。


「食事、持ってきた」


「ありがとうございます」


窓辺から離れ、椅子に腰を下ろす。 トレイの上には、パンとスープ、それに果物。 立ち上る湯気の揺らぎだけが、かろうじてそれが「温かい食事」であることを示していた。


スープを一口、口に含む。 ……温かい。 それだけは分かる。


だが、味は――驚くほどに「無」だった。 以前はかすかに感じられた塩気すら、今は霧の向こう側へ消え去ろうとしている。 食事はもはや、生命を維持するための無機質な「作業」に成り果てていた。


「美味しい……?」


リーナが、覗き込むように聞いてくる。


「ええ。美味しいですよ」


「……そう」


リーナの瞳が、わずかに揺れた。 嘘だ。 彼女の鋭い嗅覚は、ロランの味覚が死に体であることをとうに察している。 それでも彼女は何も言わず、ただ静かに隣へ座った。


「今日、どうする?」


「王都へ入ります」


ロランは、味のしないパンを飲み込みながら答えた。 「アルベルト様を王座へ就けるためには、まず内部の状況を完全に把握しなければなりません」


「危ない」


リーナの言葉は短く、重い。 「主様、追われてる。アシュベル家の人間、たくさんいる」


「分かっています」


ロランは、テーブルに一枚の地図を広げた。 エレンが秘密裏に手配した、王都ルミナスの詳細図。 地下道や裏通り、権力者たちの隠し通路までが網羅されている。


「地下から潜入します。エレンが用意した商人の荷馬車に紛れて」


ロランの指が、地図の一点を指した。 南門近くの運河だ。 「ここから地下水道に入り、王城の外壁まで一気に――」


その時、控えめなノックの音が響いた。


「ロラン、入っていいかい?」


親友――アルベルトの声だ。


「どうぞ、入ってください」


アルベルトが部屋へ足を踏み入れる。 その表情は、昨夜よりも幾分か硬く、暗い。


「君に、話があるんだ」


アルベルトはロランと向かい合うように座った。 その碧眼が、真剣な光を宿してロランを射抜く。


「ロラン。君はもう、十分すぎるほど戦った」


「……何をおっしゃっているんですか?」


「だから――」


アルベルトの声が、微かに震えた。


「もう、無理をしないでくれ」


「アルベルト様……」


「君の目は、色彩を失った。食事の味さえ、もう届いていないんだろう? それなのに、まだ僕のためにその身を削ろうとする。……でも、僕は!」


アルベルトの拳が、テーブルを叩いた。


「僕は、君を失いたくないんだ!」


悲痛な叫びだった。 王となるべき男の瞳には、隠しようのない涙が浮かんでいる。


「王になんて、ならなくていい。そんなもののために君が壊れるくらいなら、僕は……!」


「……できません」


ロランは、親友の手を静かに握り返した。


「ロラン――」


「僕には、これしかないんです」


静かな、だが鋼のような意志を込めた声。


「魔力もなく、剣も振れない。僕にできるのは『演算』だけだ。これを使わなければ、僕は僕でいられない。あなたの隣に立つ資格さえないんです」


アルベルトは唇を噛み締め、俯いた。 やがて、諦めたように深く、長い息を吐き出す。


「……分かった。君の決意は、もう揺るがないんだね」


「ええ」


「なら――」


アルベルトは顔を上げ、立ち上がった。 その瞳からは迷いが消え、王の風格が戻っている。


「僕も、君を支え抜く。何があっても、最後の一歩まで」


「……ありがとうございます」


その日の午後。 ロランとリーナは商人に扮し、王都の南門を通過した。


エレンの手回しは完璧だった。 門番は荷馬車の中を一瞥いちべつしただけで、疑うことなく通行を許可した。


馬車が到着したのは、運河沿いの寂れた倉庫街。 二人は荷物に紛れて降り、人目を避けて運河の縁へと向かった。


「ここだ」


壁面に設置された、小さな鉄格子。 王都の闇、地下水道への入り口だ。


「リーナ、開けられますか?」


「簡単」


リーナが懐から短剣を取り出し、錠前へ差し込む。 カチャリ、という小気味よい音が響いた。


「入る。足元、気をつけて」


二人は湿り気を帯びた闇の中へと降りていった。 足元を洗う水の感触。 重く湿った空気。カビと汚濁の匂い。 ……もっとも、今のロランにはその悪臭さえも、遠い世界の出来事のようだった。


「主様、大丈夫?」


「ええ。進みましょう」


リーナの鋭い感覚を頼りに、迷路のような地下を進む。 エレンの地図は、驚くほど正確だった。


やがて――。 前方の角から、微かな光が漏れているのに気づく。


「誰か、いる」


リーナが瞬時に殺気を放ち、腰の刃に手をかけた。 ロランは『タクティカル・ビュー』を部分起動させる。


視界がわずかに青く染まり、情報の解像度が跳ね上がる。 光の先には、小さな作業部屋があった。


そこにいたのは、一人の女性。 作業台に向かい、一心不乱に何かの機械を組み立てている。 茶色の髪を乱雑に束ね、油に汚れた作業服を着た、三十代ほどの女性だ。


その手元には、歯車、バネ、そして小規模な魔石が散らばっている。


「……魔導工学の技師?」


ロランが呟いた、その瞬間。 女性が弾かれたようにこちらを振り向いた。


「誰だ、お前たち」


低く、よく通る声。


「こんなネズミの通り道に、何の用だ」


ロランは一歩前へ出た。


「僕たちは――」


「待て」


女性は手を上げ、ロランを制した。 その鋭い双眸が、ロランの瞳をじっと見つめる。


「お前……まさか、ロラン・フォン・アシュベルか?」


ロランの眉が動いた。 「なぜ、僕の名を?」


「噂は回っているよ。魔力ゼロの軍師。脳を焼いて戦う天才。そして――」


女性の目が、慈悲とも冷笑とも取れる色を帯びる。


「代償を払い続ける、救いようのない馬鹿な少年」


ロランは沈黙した。 女性は椅子に深く腰掛け、大きく息を吐いた。


「私の名はゾフィア。カルドール十二都市連盟を追い出された、しがない魔導工学技師さ」


「なぜ、こんな場所に?」


「お前と同じだよ」 ゾフィアは苦笑を浮かべる。 「アシュベル公爵家の犬どもに、目をつけられてね」


ロランはゾフィアの作業台を観察した。 そこに置かれた複雑な機構。冷却用のパイプ。魔力を循環させる回路。


「それは……何を作っているんですか?」


「見て分からないかい?」 ゾフィアは装置を指差した。


「脳の冷却システムだ。お前のような、演算で脳を酷使する無茶な人間のためのな」


ロランの思考が一瞬、停止した。


「……なぜ、そんなものを」


「ただの個人的な興味だよ」 ゾフィアは立ち上がり、ロランのすぐ目の前まで歩み寄った。


「タクティカル・ビューという力は、脳を物理的に破壊する欠陥品だ。なら、それを外付けの技術で補う方法があるはずだ。そうだろう?」


彼女の瞳は、真剣そのものだった。


「私は技術者だ。死にゆく天才を指をくわえて見てるのは、性に合わない。だから――」


ゾフィアは、ロランの肩にポンと手を置いた。


「お前を、助けてやる」


ロランの心が、かすかに揺れた。 これまで、誰もが彼の「代償」を必要悪として受け入れてきた。 ロラン自身も、それが当然だと思っていた。


だが――この女性は、違う。


「あなたは……」


「条件がある。私に協力しろ」 ゾフィアは真っ直ぐにロランを見据えた。


「お前の脳を、貴重なサンプルとして提供してくれ。代わりに、私がお前の脳を守る『外装』を作ってやる。……取引だ、どうだい?」


ロランはわずかに考え――そして、頷いた。


「分かりました」


「決まりだね。話が早くて助かる」


「ただし、こちらからも条件があります。ゾフィアさん、あなたも僕たちの陣営に加わってください。アルベルト様を王にするために」


ゾフィアは、愉快そうに喉を鳴らした。


「面白い。いいだろう。乗ったよ、軍師殿」


二人は、湿った地下水道で固く握手を交わした。 灰色の世界に、新たな「知恵」が加わった瞬間だった。


その夜。 ロランは、ゾフィアの作業部屋で最初の検査を受けていた。 頭部には、いくつもの電極とセンサーが装着されている。


「……ふむ」


結果を表示する魔導端末を見つめ、ゾフィアが低く唸った。


「予想以上に、ひどいね」


「脳内温度は、平常時でさえ微熱状態。タクティカル・ビュー使用時は、40度を優に超えているはずだ」


ゾフィアは、呆れたようにロランを見た。


「お前、よく今日まで生きてたな」


「……死ぬわけには、いかなかったので」


「何が『何とか』だ。笑えないよ」 ゾフィアは測定器を外し、厳しい顔で続けた。


「このままでは、半年も持たない。脳が物理的に焼き切れて、植物人間か……あるいは死ぬ」


ロランは何も答えなかった。 それは、彼自身が誰よりも理解していたことだ。


「だが――」 ゾフィアは作業台に戻り、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「私がいれば、話は別だ。冷却装置のプロトタイプは、あと少しで完成する。これを使えば、お前の脳内温度を平均で2度は下げられる」


「2度……」


「ああ。たった2度。だが、その2度がお前の命を繋ぎ止める」


ゾフィアは、ロランの目を覗き込んだ。 「お前は、まだ死ぬな。私の技術が、運命に勝つのを見届けるまではね」


「……ありがとうございます」


「礼なんていらないよ。私はただ、不可能を可能にしたいだけの技術者だからね」


背を向けて作業に戻るゾフィア。 だが、そのぶっきらぼうな声の裏には、確かな熱量があった。


灰色の世界。 それでも、そこにはまだ、温かい「人の意志」が残っている。


ロランは静かに目を閉じ、迫りくる決戦の数式を編み始めた。





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