表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第5章:帝国の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/136

第34話:数式の反逆


重力が、さらに増大した。


「ぐっ……!」


ロランの体に、絶望的なまでの圧力がのしかかる。 膝が震え、肺から空気が押し出される。 意識を保つことすら困難な不可視の暴力。


だが――ロランの瞳の奥では、青い火花が散っていた。 『タクティカル・ビュー』。 その演算領域を、限界を超えて全面起動させる。


灰色の世界が、青い光のグリッドに塗り潰されていく。 父の放つ重力魔法が、もはや神秘ではなく「数式」として再構築されていった。


マナの流動。 空間のゆがみ。 重力場の分布。


すべてが、残酷なほど精密な幾何学模様として展開される。


『重力加速度:基準値の3.2倍』 『影響範囲:半径15メートルの球状領域』 『マナ消費速度:毎秒0.8単位』 『持続可能時間:推定120秒』


無数のデータが、焼けるような熱を伴って脳内に奔流となって流れ込む。 ロランは、その「ことわり」を読み解いた。


(重力魔法は、空間そのものにマナを注入している……)


父は、自身の周囲にある空間を、膨大なマナで飽和させているのだ。 マナが空間の「密度」を強制的に変調させる。 高密度化した空間は、あたかも巨大な質量が存在するかのように、周囲を惹きつける。


(……局所的な質量の疑似増加か)


ロランの演算が、加速する。 それと同時に、こめかみに鋭い痛みが走った。


脳内温度が急上昇し、視界が明滅する。 額から滴り落ちる汗すら、数式の一部に見えるほどに意識が研ぎ澄まされていく。


(まだ……耐えられる。解析を止めるな……!)


奥歯を噛み締め、解析を続行する。 この完璧な魔法の中にある、唯一の「不純物」を探す。


そして――見つけた。


父の重力魔法には、「核」がある。 それは、父の体内――心臓の位置に存在するマナの集束点。 そこを基点に、マナが波紋のように広がり、空間を歪ませている。


(あの核を、乱せば……!)


戦略は、一瞬で組み上がった。 だが、最大の問題が立ち塞がる。


父の体内にある核へ、どうやって干渉するか。 物理的な矢や剣は、届く前に重力に叩き潰される。 魔法の使えない自分には、遠隔攻撃の手段がない。


ならば――。


「父上」


ロランは、あえて静かに声を絞り出した。


「あなたの重力魔法……解析できました」


父の、氷のように冷徹な瞳が、わずかに動いた。


「……何?」


「あなたの魔法は、心臓を起点にマナを放射状に展開している」


ロランは言葉を止めない。 父の表情に変化はないが、その瞳の奥に宿った「驚愕」を、演算は逃さない。


「そのマナは、波として空間を伝播している。  波長は推定0.7マイクロメートル。周波数は428テラヘルツ」


青いグリッドに映し出されるデータを、確信を持って突きつける。


「つまり――」


ロランの瞳が、鋭く光った。


共振破壊レゾナンス・ブレイクが、可能です」


「……貴様」


父の声が、地を這うような低音で響いた。


「何者だ」


「僕は、ロラン・フォン・アシュベルです」


一歩も引かず、まっすぐに答える。


「あなたの息子だ」


父は――。 暗い愉悦を孕んだような笑みを浮かべた。


「息子? 魔力なき貴様が、この私の息子だと?」


その声には、剥き出しのあざけりがあった。


「貴様は、アシュベルの血を汚すなり損ないにすぎん」


「……ええ。ですが――」


ロランは、自分の頭を指差した。


「僕には、これがあります。脳だ」


魔法ではなく、演算で。 マナではなく、物理法則で。


「僕は、僕のやり方で、世界を理解している……!」


父は、もはや言葉を返さなかった。 ただ、品定めをするようにロランを見つめている。 そこにあるのは怒りか、あるいは――。


「ならば、見せてみろ」


父が、ゆっくりと手を掲げる。


「貴様の『演算』とやらをな」


重力が、さらに牙を剥いた。 地面がひび割れ、ロランの体が土へとめり込んでいく。


だが――ロランは笑った。


「ガルドッ!」


「おおおぉっ!」


ロランの叫びに応え、巨漢のガルドが盾を全力で地面に叩きつけた。


ドォォォンッ!


重々しい衝撃音が、戦場に響き渡る。 その音波が、空間を激しく震わせた。 音という名のエネルギーが、重力場を伝播していく。


その瞬間、重力の重圧がわずかに揺らいだ。


「何……!?」


父の顔に、初めて動揺の色が走る。 ロランは、その好機を逃さない。


「ハンス! 全員、盾を地面に叩きつけろ!  リズムは僕が指示する!」


「了解だ、軍師どの!」


ロランの号令一下、独立連隊が動く。


「一、二、三……叩け!」


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


百名を超える精鋭が、一斉に盾を地面に打ち据える。 それは、ロランの演算に基づいた、特定の波長を生むためのリズム。


規則正しい衝撃音が重なり合い、増幅され、巨大な「共振」へと変わる。 目に見えぬ音の刃が、重力場をずたずたに切り裂いていく。


「くっ……!」


父が、わずかに体勢を崩した。 重力魔法の維持に、全神経を注がざるを得なくなったのだ。


ロランの体が、ふっと軽くなった。 潰れかけていた肺に、冷たい空気が流れ込む。


「今だ! 前進せよ!」


独立連隊が、津波となって押し寄せた。 兵士たちは盾を叩き続け、リズムを維持しながら突き進む。


ドンッ! ドンッ! ドンッ!


戦場を支配するその音は、もはや魔法を打ち破る「反逆の鼓動」だった。


父は――その光景を、黙って見つめていた。 そして。


「……なるほど」


ふっと、重力が霧散した。 父が、自ら魔法を解除したのだ。


「貴様の演算……確かに、きょうが乗る」


父の目が、射抜くようにロランを捉えた。 そこには初めて、「息子」という存在を認めるような、歪んだ熱があった。


「だが、まだ足りぬな」


父が、再び手を上げた。 今度は――重力ではない。


空気が歪み、光が曲がる。 空間そのものが、一箇所へと恐ろしい速さで圧縮されていく。


『警告:未知の魔法パターンを検知』 『空間圧縮:危険度最大』 『直ちに回避を推奨』


(重力魔法だけじゃない……空間そのものを……!)


解析が追いつかない。 あまりにも高度な、次元の異なる魔力行使。


直後。 圧縮された空間が、一気に解放された。


ドガァァァァァンッ!


凄まじい衝撃波が、独立連隊を真っ向から襲った。 鉄の盾を構えた兵士たちが、木の葉のように吹き飛ばされる。 ロランもまた、地面を数メートルも転がり、叩きつけられた。


「あぐっ……!」


全身を駆け抜ける、焼け付くような痛み。 だが、それ以上に――頭が、熱い。 脳が、限界を超えた演算に悲鳴を上げている。


視界の青いグリッドが激しくノイズを走らせ、砕け散った。


(まだだ……まだ、解析しきれて……)


立ち上がろうとするが、手足が自分のもののように感じられない。 神経が焼き切れたかのように、麻痺が全身を支配していく。


「ロラン!」


アルベルトが、叫びながら駆け寄ってきた。


「もういい! 下がれ!」


「いえ……まだ……僕が……」


「これ以上は、君の命が持たない! 頼む、もう休んでくれ!」


親友の瞳には、悲痛な光があった。


だが――ロランは、視線を逸らさなかった。 正面で静かに立つ、あの男から。


「……ロラン」


父が、初めてその名を呼んだ。 冷酷な、しかし確かな重みを持った声で。


「貴様の力……認めてやろう」


父の周囲の空気が、平穏を取り戻していく。


「だが、まだ足りぬ。もっと強くなれ」


「そして――」


父の瞳に、真剣な「敵」への敬意が宿る。


「再び、私の前に立て」


その言葉を最後に、父は背を向けた。 鉄黒城の闇の中へと、音もなく消えていく。


戦いは――終わった。 いや、終わりではない。 この決着は、ただ先送りにされただけだ。


ロランは、地面に膝をついた。 割れるような頭痛が、意識を刈り取ろうとする。


視界が揺らぎ、不意に、周囲の「彩り」が一段と薄れるのを感じた。 灰色の世界が、さらにその色濃さを増していく――。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ