第33話:帰還の騎士
王都ルミナスの巨大な城門が、眼前に立ちはだかっていた。
白亜の石造り。かつて、ロランが『無能』として叩き出された、絶望の境界線。 だが、今は違う。 彼は戻ってきた。アシュベル独立連隊という、かけがえのない仲間を引き連れて。
「止まれッ!」
城門を固める守衛たちが、一斉に剣を抜き放つ。
「何者だ、武装してこの門をくぐれると思うな!」
その罵声の中、アルベルトが一歩、前に出た。 彼は静かに、だが凛とした声を響かせる。
「私はアルベルト・フォン・レガリア。レガリア王国、第三王子である」
守衛たちの動きが、凍りついた。
「王子……殿下……!?」
「そうだ。私は、この王都に正義を取り戻しに来た」
守衛たちは困惑し、顔を見合わせた。 だが、その中の一人――深い皺を刻んだ老兵が、震える手で剣を収めた。
「殿下……。本当にお戻りになられたのですね……ッ!」
老兵の頬を、涙が伝う。
「私は信じておりました。いつか、貴方様がこの腐敗した都を浄化してくださる日を!」
老兵が膝を突き、深々と頭を下げる。 それにつられるように、他の守衛たちも次々と跪いた。
「どうぞ、お通りください……ッ!」
軋むような音を立て、巨大な城門が左右に分かたれた。
*
独立連隊が、王都へと足を踏み入れる。 ロランは馬上から街を見つめた。
視界を占めるのは、色彩を欠いた灰色の世界。 白い建物は眩しいほどの明灰色。石畳は沈み込むような暗灰色。 かつて色彩に溢れていたはずの都も、今のロランにとっては冷たい影絵に過ぎない。
それでも、彼は前を見据えた。 色などなくても、変えるべき現実はそこに存在している。
一行は下層――「影の街」と呼ばれるスラムへ入った。 魔力を持たぬ者が押し込められ、誰からも見捨てられた貧困の街。 だが、そこに住む人々は、連隊の掲げる旗を見て色めき立った。
「あれは……アシュベル家の紋章……? いや、違う」 「おい、あそこにいるのは――!」
一人の老人が、馬上にあるロランの姿を認めて叫んだ。
「ロラン様だ! ロラン・フォン・アシュベル様がお戻りになったぞ!」
その叫びは、瞬く間にスラム中へ波及した。 汚れた窓から人々が顔を出し、街中に割れんばかりの歓声が響き渡る。
「魔力なき騎士、ロラン様だ!」 「アイギス砦を守った英雄が、俺たちのところへ帰ってきた!」
ロランは困惑した。なぜ、これほどまでに歓迎されるのか。
「ロラン、驚いていますの?」
隣に寄せたエレンが、悪戯っぽく微笑んだ。
「私の商会の情報網を使い、あなたの功績をこの街に流しておきました。貴族と戦うには、民衆という名の『変数』が不可欠ですから」
民衆が道の両脇を埋め、熱狂的な拍手が連隊を包む。 味も匂いも色のない世界。だが、彼らの放つ熱気だけは、ロランの心に確かに届いていた。
*
進軍は中層、商業区へと至る。 立ち止まる市民たち。彼らは驚きと希望の入り混じった表情で、アルベルトを見つめていた。
「皆さん、聞いてほしい」
アルベルトが馬を止め、高らかに宣言する。
「私は腐敗した貴族を排除し、真の平和を取り戻すために帰還した。そして――この男、ロラン・フォン・アシュベルと共に」
アルベルトは隣のロランを示した。
「彼は魔力を持たない。だが、誰よりも強く、知略に満ち、そして優しい。彼と共に、私はこの国を変える。魔力の有無で人を判断しない、新しい世界を作るのだ!」
熱狂はさらに加速した。 民衆の希望を背負い、連隊はついに最上層への階段を登り始める。
そこは、白亜の宮殿が並ぶ貴族街。 そして――アシュベル家の居城、『鉄黒城』。 ロランにとっては、呪われた故郷だ。
*
鉄黒城の門が、重々しく開かれた。 その奥から、一人の男が姿を現す。
漆黒の髪。鋼のような冷徹な瞳。 圧倒的な威圧感を放つその男こそが、アシュベル家の当主。
アーサー・フォン・アシュベル。ロランの、父。
「……ロラン」
低く、響く声。 それだけで、あたりの空気が一気に密度を増したかのように重くなった。
「貴様、まだ生きていたのか」
驚きも、怒りも、喜びもない。 ただ無機質な事実の確認。
「ええ。生きています。そして――戻ってきました」
ロランは父の視線を真っ向から受け止める。
「この国を、変えるために」
父は何も答えず、ただ冷たく息子を見据えた。 直後――。
世界が、押し潰された。
ロランの肩に、凄まじい「圧力」がかかる。 重力魔法。父の放つそれは、ヴァルターの比ではなかった。
膝が震え、肺から空気が絞り出される。 視界が火花を散らし、激痛が脳を駆け抜ける。
だが。 ロランは膝を折らなかった。 一歩も引かず、背筋を伸ばし、実の父を睨みつける。
「父上。……あなたの魔法は、確かに強力だ」
ロランは歯を食いしばり、薄く笑った。
「ですが、それはただの『物理法則』に過ぎない。そして物理法則は――」
脳内に、青い演算の奔流が溢れ出す。 タクティカル・ビュー、完全起動。 父が操る重力場の歪み、エネルギーの流動、マナの波長。そのすべてが数式へと解体されていく。
「――すべて、解析可能です」
アーサーの瞳が、初めて微かに動いた。 驚愕、そして――冷徹な好奇。
「……面白い。ならば見せてみろ」
父がゆっくりと手を掲げる。
「貴様の言う『力』とやらをな」
さらなる重圧。城の石畳に亀裂が走る。 だが、ロランの背後には仲間たちがいた。
アルベルトが魔力を昂ぶらせ、リーナが短剣を抜き、ガルドが盾を構える。
「お見せしますよ、父上。……あなたが捨てた『無能』が、どれほどの奇跡を起こすのかを」
決戦。王都の空が、激動の予感に震えていた。




