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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第5章:帝国の影

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第30話:重力の壁

アイアンテイルを出発して、三日。 王都ルミナスを、ついにあと二日の距離にまで捉えた。


街道沿いには、かつて見慣れた風景が広がっている。 ロランにとっては、望まぬ故郷への帰還。 だが――それは凱旋などではなく、過去と決別するための行軍だった。


灰色の空。灰色の大地。 視界のすべてが鈍色に沈む世界で、ロランはただ前だけを見つめていた。


「ロラン、あと少しだね」


アルベルトが馬を並べてくる。


「ええ。王都まで、あとわずかです」 「緊張、してるかい?」 「……正直に言えば、はい。父と刃を交えることになるかもしれませんから」


ロランは、偽らざる本音を漏らした。 その時――。


「主様ッ!」


斥候に出ていたリーナが、切迫した表情で駆け戻ってきた。


「匂い。鉄、たくさん。……兵士。前方、一キロ!」


リーナの鋭い警告に、ロランの思考が即座に戦時モードへと切り替わる。


「全員、停止! グレンさん、偵察をお願いします」


十分後。戻ってきたグレンの顔は、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。


「先生、まずいぜ。前方に五百の軍勢だ。街道を完全に封鎖してやがる」 「旗印は?」 「黒地に銀の双頭鷲。……アシュベル家の紋章だ」


その名を聞いた瞬間、ロランの心臓が大きく跳ねた。 ついに、来たか。


「ロラン、無謀ですわ。相手は五百、こちらは百十。しかもアシュベル家直属の精鋭……。勝ち目がありません」


エレンが冷静に撤退を進言するが、ロランの瞳に迷いはなかった。


「……いいえ、行きます。逃げれば、永遠に追われ続けるだけだ。ここで決着をつけます」


     *


一時間後。 独立連隊の前方に、アシュベル軍の陣容が姿を現した。 街道を埋め尽くす重装歩兵。その中央に、圧倒的な威圧感を放つ一人の男が立っていた。


黒い鎧。銀の紋章。 ヴァルター・フォン・グライゼル。 アシュベル公爵に次ぐ実力者であり、王国最強と謳われる「重力魔法」の使い手。


「止まれ」


ヴァルターの低く、重い声が空気を震わせる。 ロランは馬を降り、ただ一人でヴァルターへと歩み寄った。


「久しぶりですね、ヴァルター殿」 「……ロランか。貴様、まだ生きていたのだな」


ヴァルターの冷徹な瞳がロランを射抜く。


「アーサー様のご命令だ。貴様を、ここで始末する」 「それは――できない相談です」


ロランは静かに答え、『タクティカル・ビュー』を部分起動した。 視界に青いグリッドが走り、空間のデータが展開される。


その瞬間、凄まじい「重圧」がロランを襲った。


「ぐっ……!」


重力魔法。 膝が震え、肺から空気が絞り出される。目に見えない巨人の手に押し潰されるような感覚。 『警告。周囲の重力加速度、標準の1.5倍に増加』 視界にエラーログが流れる。


背後の兵士たちが次々と膝をつき、リーナさえも地面に手をついて喘いでいる。


「これがアシュベルの力だ。魔力なき者が、我らに挑むなど――愚かなり」


だが、ロランは折れなかった。 血の気の引いた顔でヴァルターを見据え、薄く笑みさえ浮かべる。


「……物理法則、ですね」 「何だと?」 「重力加速度1.5倍。周囲の空間を歪めているようですが、魔法には範囲と維持の限界がある。……地面がわずかに沈んでいる。つまり、土壌が柔らかければその圧力は分散され、減衰する」


ヴァルターの眉がぴくりと動いた。


「……魔力なき者が、魔法を理屈で語るか」


さらに増す重圧。ロランの視界が火花を散らす。 だが、その時。


「主様ッ! 一人にはさせない!」 「先生を守るッ!」


リーナが、ガルドが、ハンスが。 重力に抗い、一人、また一人と立ち上がり、ロランの背後へ集う。


「ロラン。僕も、君と共に戦うよ」


アルベルトが前に出た瞬間、金色の魔力が爆発的に溢れ出した。 王子の放つ波動が、ヴァルターの重力場を強引に押し戻していく。


「……王子! 貴様の魔力、これほどまでか……!」 「皆、下がってください」


ロランは仲間を制し、ヴァルターを見据えた。


「ヴァルター殿、提案があります。……一対一で戦いましょう。僕と、あなたで」


場が凍りついた。


「正気か? 無能の貴様が、この私と?」 「ええ。僕が勝てば道を開けてもらう。負ければ――僕の首を、父上に差し出してください」 「ロラン、何を……!」


アルベルトの制止を、ロランは静かに手で遮る。


「僕を、信じてください」


ヴァルターはしばらくロランの「濁った瞳」を覗き込んでいたが、やがて不敵に剣を抜いた。


「良かろう。その蛮勇、冥土の土産にしてやる」


ロランは、素人同然の剣をゆっくりと引き抜いた。 魔法も魔力もない。 あるのは、脳を焼き切るほどの演算能力と、灰色の世界で掴み取った絆。


決戦の火蓋が、今、切られた。

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