第29話:鉄の街の影
王都への道中、七日目。
独立連隊は、宿場町アイアンテイルに到着した。 ここは王都とアイギス砦を結ぶ中間地点。軍事物資の集積地であり、野心溢れる傭兵や商人が集う活気に満ちた拠点だ。
もっとも、ロランの瞳に映るその「活気」は、薄汚れた灰色の粒子が騒がしく動いているようにしか見えなかったが。
「ついに、アイアンテイルか……」
隣を歩くハンスが、感慨深げに吐き捨てた。
「ここまで来れば、王都まであと五日。いよいよ、尻の座りが悪くなってきやがったぜ」
町の入口。巨大な門の脇に立つ掲示板に、ロランは馬を止めて近づいた。 そこには無数の手配書が、風に煽られて不気味な音を立てている。
盗賊、脱走兵、反逆者――。 その中に、ロランは見覚えのある、だが今は灰色の染みにしか見えない「自分の顔」を見つけた。
『ロラン・フォン・アシュベル。捕縛、または討伐せよ』 『賞金額:金貨百枚』
「……」
ロランは何も言わず、ただ静かにその紙を見つめていた。 追放だけでは飽き足らず、生死を問わぬ討伐令。 実の父――アーサー・フォン・アシュベルが、息子に下した最終宣告だった。
(僕は、父上にとって……それほどまでに、排除すべき『ゴミ』なのか)
その思考を、ロランは即座に断ち切った。 今は感傷に浸る時間は一秒もない。軍師として、次の盤面を読み解かねばならない。
「先生」
ハンスが心配そうに隣へ並ぶ。
「気にすんな。あんな紙切れ、俺たちが全部破り捨ててやるからよ」 「……ありがとうございます。大丈夫ですよ、想定内です」
ロランは小さく微笑み、町の中央へと進んだ。 アイアンテイルは、エモンとはまた異なる熱気に包まれていた。 武器屋、防具屋、騒がしい酒場。ここは、戦いによって金を得る者たちの街だ。
「ここで一晩、腰を落ち着けましょう」
エレンが提案し、町で最も大きな宿『鋼の盾亭』を予約した。 傭兵たちがたむろする宿のホールに入ると、一斉に刺すような視線が独立連隊に注がれる。
「あれが、独立連隊か……」 「アイギス砦の……。あの首、金貨百枚だろ?」
剥き出しの殺意を孕んだ囁き。 ロランはそれらを平然と無視し、奥の部屋へと向かった。
*
部屋に落ち着くと、エレンが最新の情報をもたらした。
「ロラン、緊急の知らせです。アシュベル公爵が、王都近郊に二千の精鋭を集結させていますわ」 「二千……。帝国への備えを名目に、僕たちを迎え撃つ気ですね」 「ええ。迂回路もありますが、どうなさいます?」 「いいえ。真正面から行きます」
ロランの瞳に、冷徹な光が宿る。
「逃げれば、永遠に追われ続ける。ここで……父上と決着をつけます」
その不敵な言葉に、エレンは満足そうに微笑んだ。
*
その夜。宿の食堂で、ロランは仲間に囲まれていた。 ガルドが差し出す鹿肉の串焼き。温かさだけが伝わるその「灰色」の塊を、ロランが受け取ろうとした時。
「主様」
隣のリーナが、いつものように囁いた。
「これは、シカ。強くて、少し野性的な香ばしい味」 「……ええ。力強い味がしますね」
味覚のないロランは、リーナの声という「色彩」を頼りに、世界の味を補完していく。
そこへ――。 食堂の扉が、壊れんばかりの勢いで開け放たれた。
「おい」
現れたのは、顔中傷だらけの大男。 腰に二本の長剣を下げた、見るからに手練れの傭兵だ。
「お前らが、独立連隊か?」 「……そうですが。何か御用ですか?」
ハンスが椅子を蹴って立ち上がり、剣の柄に手をかける。 男はニヤリと、汚れた歯を見せて笑った。
「用件は一つだ。その軍師様を引き渡しな。首に金貨百枚かかってんだよ。俺たちが美味しくいただく予定でな」
ホールにいた他の傭兵たちも、一斉に腰を浮かした。 一触即発。血の匂いが食堂を満たす。
「ふざけるな! 先生に指一本触れさせてたまるか!」 「おいおい、落ち着けよ。派手にやり合うつもりはねえ。だがな――」
男は、冷たい視線をロランへ固定した。
「この町には、俺みたいなハイエナが山ほどいる。お前ら、ここから一歩も生きて出られねえってことだ」
絶望的な包囲。だが、ロランは冷静に、その男を見つめ返した。 そして、静かに立ち上がる。
「あなたは、賞金稼ぎですね」 「そうだ」 「ならば、交渉しましょう」
男が眉をひそめる。
「交渉だと……?」 「ええ。僕を捕らえるより、もっと確実で、割の良い条件を提示します」
ロランは迷いなく、男の懐へ一歩踏み込んだ。
「僕たちを、王都まで護衛してください」 「……あ?」 「報酬は金貨百五十枚。その首の賞金より五割増しです。前金として今すぐ三十枚、残りは王都到着時にお支払いしましょう」
食堂中が、静まり返った。 敵を買い叩き、味方に変える。軍師の放った奇策に、傭兵たちも呆然としている。
「お前……王都へ行ったらすぐに捕まるだろ。誰が死人に報酬を払うんだよ」 「捕まりません。僕たちは王都を解放し、アルベルト様を王にするために行くのです。……勝利した暁には、あなたに支払う金など、掃いて捨てるほどありますよ」
ロランの瞳には、一切の揺らぎがなかった。 男はしばらくの間、ロランの「濁った瞳」を覗き込んでいたが、やがて――大笑いした。
「ハハハ! 傑作だ! 自分の首の賞金より高く自分を買い戻すか!」
男は汚れた手を差し出してきた。
「いいぜ、乗った。俺はグレン。ルミナスまで、その高い首を守ってやるよ」
ロランはその手を、しっかりと握り返した。
*
その深夜。 窓の外、灰色の夜景を見つめるロランの背後に、アルベルトが立った。
「君は、怖くないのかい、ロラン。……実の父上と戦うことが」
「怖くないと言えば、嘘になります」
ロランは、静かに答えた。
「ですが、立ち止まっていても何も変わりません。……僕は、前へ進みます。あなたの隣で、この灰色の世界の先にある景色を見るために」
アルベルトはロランの肩に手を置いた。その熱だけは、確かに伝わってきた。
「ありがとう、ロラン。僕は、どこまでも君と共に行くよ」
翌朝。 グレン率いる傭兵団十名を加えた独立連隊は、決戦の地、王都ルミナスへと再び進軍を開始した。
父、アーサー・フォン・アシュベル。 決着の時は、すぐそこまで迫っていた。




