第24話:鋼鉄の再会
決戦の朝。
ロランは、誰よりも早く目を覚ました。 窓の外は、まだ薄暗い。 だが、エモンの街は――すでに逃れようのない胎動を始めていた。
商人たちが、慌ただしく荷物をまとめている。 帝国軍の襲来を恐れ、街を捨てる者たちだ。
ロランは、灰色の街並みを見つめた。 朝焼けの赤も、突き抜けるような空の青も、今のロランには届かない。 すべてが、冷たい灰色の濃淡に沈んでいる。
(これが、僕の選んだ世界だ……)
静かに立ち上がり、戦術を研ぐ。 今日、ゼノスを討つ。 そのためには『タクティカル・ビュー』の使用は避けられない。 脳を焼き、さらなる代償を支払うことになるだろう。
だが――躊躇している暇など、一秒もありはしなかった。
*
執務室には、すでに「家族」が集まっていた。 アルベルト、リーナ、ガルド、ハンス、エレン。 そして、覚悟を決めた百名の兵士たち。
「ロラン、状況です」
エレンが地図を広げた。
「帝国軍、あと三時間でエモン南部に到達します」
彼女の指が示すのは、南門から五キロの地点。 遮蔽物のない、剥き出しの平原。そこが死地となる。
「配置を決めます」
ロランは地図を凝視し、『タクティカル・ビュー』を部分起動させた。 視界に青いグリッドが走り、地形データが脳内へ奔流となって流れ込む。 起伏、地質、風向き、気温。 戦場のすべてを「変数」として解体していく。
「弓兵部隊は丘の上。ケント、指揮を」 「了解!」 「重装歩兵は前線へ。ハンスさん、槍の壁を頼みます」 「任せろ。一歩も引かねえよ」 「リーナは斥候。敵の動きを秒単位で知らせてくれ」 「……わかった」
次々と指示を飛ばす。 最後に、ロランは隣に立つアルベルトを見た。
「アルベルト様。あなたは中央で待機を。旗印として、兵たちの心を守ってください」 「わかった。……いざという時は、僕も剣を振るう」
*
一時間後。 独立連隊はエモン南門を抜け、平原へと布陣した。 地平線の向こうから、砂塵と共に「それ」は現れた。
三千の帝国兵。整然とした鋼の波。 その先頭に、銀色に輝く巨大な異形が屹立していた。
「ゼノス……」
ハンスが、あえぐように呟いた。
全身を魔導外骨格――機械の装甲で覆った、鋼鉄の戦士。 蒸気を吐き出し、駆動音を鳴らすその姿は、もはや人間を捨てた化け物だった。
「落ち着いてください。彼は無敵ではない」
ロランの声が、兵士たちの恐怖を繋ぎ止める。 距離、五百。 ゼノスが前に出た。拡声装置を通した機械的な声が、戦場に響き渡る。
『久しぶりだな、ロラン・フォン・アシュベル』 「随分と……変わり果てましたね、ゼノス」 『お前に負けた屈辱。それを晴らすために、俺はこの身を捨てた』
シュオオオッ! と、外骨格から高圧の蒸気が噴き出す。
『今の俺は、貴様の計算を凌駕する』 「……それはどうでしょうか」
ロランは冷徹に言い放ち、『タクティカル・ビュー』を全面起動させた。
視界が、青い光に爆ぜる。 ゼノスの装甲の厚さ、動力源の配置、関節の可動域。 脳が焼けるような熱を帯びる中、ロランは一点の「綻び」を見つけ出した。
(冷却装置……。あの高出力を維持するためには、背部の冷却液タンクが生命線だ)
だが――。 ズキン、と頭蓋の内側を直接殴られたような激痛が走った。 視界が揺らぐ。鼻から、熱い液体が滴り落ちた。
「ゼノス。あなたの弱点は、すでに見えています」 『ほう……?』 「その魔導外骨格、冷却系が剥き出しだ。そこを叩けば、あなたは自ら発する熱で自滅する」
ゼノスは、歪な機械の面の下で笑った。
『ハハハ! さすがだ! 一目で見抜くか!』
ゼノスが、鋼鉄の腕を振り上げる。
『だが――壊せるものなら、やってみろッ! 全軍、突撃ィ!』
地鳴りが起きた。 三千の兵士が、咆哮と共に押し寄せる。
「全軍、迎撃! 弓兵、斉射ッ!」
ロランの叫びに合わせ、丘から矢の雨が降り注ぐ。 だが、帝国軍の前衛は厚い。矢は無情にも装甲に弾かれる。
「効かねえぞ、ロラン先生!」 「狙いは足元です! 地面に矢を撃ち込み、進軍を乱せ!」
即座の判断。 地面に突き刺さった矢が、帝国兵の歩調を狂わせる。 その僅かな淀みに、ハンス率いる重装歩兵が激突した。
ガギィィィンッ!
金属の衝突音が絶叫をかき消す。 だが、その混沌を、銀色の閃光が切り裂いた。
「ロランッ! お前の首を貰い受ける!」
ゼノスが推進装置を噴射し、弾丸となって突進してくる。 槍の壁を紙細工のように粉砕し、兵士たちをゴミのように吹き飛ばしていく。
「先生、逃げろ!」
ハンスの叫びも虚しく、鋼鉄の怪物が肉薄する。 その時、影が動いた。
「ロランには、指一本触れさせない!」
アルベルトだ。 彼は剣を抜き、不安定な魔力を強引に解放した。 金色の輝きが剣を包む。
だが――。 毒の後遺症が、彼の体を無情に蝕む。
「くっ……ぁ……!」
魔力が霧散し、アルベルトが膝をつく。 そこへ、ゼノスの鋼鉄の拳が振り下ろされた。
「うおおおおおッ!」
身を挺して割り込んだのは、ガルドだった。 巨体を盾にし、ゼノスの拳を正面から受け止める。 だが、機械の剛力は、人間の限界を遥かに超えていた。
「ガハッ……!?」
ガルドの体が、木の葉のように吹き飛ばされる。
「ガルドさん!」
ロランが叫ぶ。その瞬間を、リーナは逃さなかった。 音もなくゼノスの背後に回り込み、冷却タンクへ向けて短剣を投擲する。
カシュッ――!
短剣がタンクを貫き、冷却液が鮮血のように噴き出した。 外骨格の温度が急上昇し、ゼノスの動きが止まる。
(勝った……!)
ロランが確信した、その瞬間。
『ハハ……ハハハ! 読んでいるぞ、ロラン!』
ゼノスが背部の外殻をパージした。 中から現れたのは――二系統目の、予備冷却装置。
『俺も、お前の戦い方を研究し尽くしてきたのだよ!』
再起動する、死神の駆動音。 ロランは絶句した。 計算が、外れた。敵は「軍師ロラン」という変数さえも、織り込み済みだったのだ。
「死ねッ! ロラン・フォン・アシュベル!」
最速の突撃。 ロランの脳は、オーバーヒートで白く染まり、指一本動かせない。
その絶望の前に、ボロボロのアルベルトが立ち上がった。
「ロランは……僕が、守る……ッ!」
暴走する金色の魔力が、アルベルトを飲み込んでいく。 制御を失った光の奔流。 ゼノスの鋼鉄の拳と、王子の決死の一撃が――真っ向から激突した。




