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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第4章:灰色の勝利

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第23話:迫る鋼鉄の影


バルムンク帝国軍の斥候が目撃されてから、三日が経過した。


エレンの情報網は、分刻みで新しい報せを運んでくる。 だが――その内容は、すべてが最悪なものだった。


「帝国軍の本隊が、正式に国境を越えました」


エレンが、地図の上に赤い印を落としていく。


「規模は約三千。そして……」


彼女の声が、微かに震えた。


「指揮官は、ゼノスです」


その名を聞いた瞬間、ロランの背に冷たいものが走った。 ゼノス。 アイギス砦で戦った、あの帝国軍追撃大隊長。 ロランの計算を何度も上回り、力でねじ伏せようとした強敵だ。


「彼が……また来るのですか」 「ええ。しかも情報によれば――」


エレンの表情が、いっそう深刻さを増す。


「彼はアイギス砦での敗北後、その身を『魔導外骨格』で強化したそうですわ」 「魔導外骨格……」


ロランは戦慄した。 帝国が誇る禁忌の最新兵器。 機械仕掛けの装甲を肉体に繋ぎ、身体能力を強制的に数倍へと引き上げる、生ける兵器。


「以前より、さらに強くなっているということか」 「その通りです。そして、彼の目的は――あなたですわ、ロラン」


エレンの瞳が、射抜くようにロランを見つめる。


「ゼノスは、アイギス砦での屈辱を晴らすためだけに、このエモンへ進軍しています。あなたを殺すために」


ロランは、深く息を吐き出した。 因縁の再戦。 だが、今回は状況が違いすぎる。 アイギス砦のような天然の要害はない。エモンを囲むのは、遮るもののない広大な平地だ。


「どうしますか? 今ならまだ、逃げ道は作れますけれど」 「戦います」


ロランは即答した。


「ここで逃げれば、一生、帝国の影に怯えることになる。……受けて立ちましょう」


エレンは覚悟を決めたように頷き、盤面の整理を始めた。


     *


その日の午後。 ロランは独立連隊の全員を広場へ集めた。 兵士たちの顔には、隠しきれない動揺が走っている。


「皆さん、聞いてください」


ロランは、静かに、だが全員の腹に響く声で告げた。


「三日後、帝国軍三千がこのエモンに到達します。指揮官は、ゼノス」


兵士たちが息を呑む。 アイギス砦を知る者たちは、あの怪物の圧倒的な武威を思い出していた。


「ですが――」


ロランは声を張り上げた。


「かつて我々は、アイギス砦で彼を退けました。今回も、それは可能です」


ロランの瞳が、冷徹な光を宿す。


「僕を、信じてください」


一瞬の沈黙。それを破ったのは、ハンスの野太い声だった。


「……先生を信じるぜ! 俺たちは先生に命を預けて、ここまで生き残ってきたんだ!」 「そうだ! 先生がいれば、三千だろうが怖くねえ!」


兵士たちの士気が、一気に跳ね上がる。 ロランはその信頼の重さに、わずかな目眩めまいを覚えた。


(僕が、もし読み違えれば……全員が死ぬ)


その重圧を、思考の奥底へ押し込んだ。 今は、勝つことだけを計算しなければならない。


     *


その夜。 ロランはエレンの執務室で、エモン周辺の地形図を脳内に刻み込んでいた。


「ロラン、少し休みなさいな」


エレンが淹れてくれた紅茶。 ロランはそれを受け取ったが――香りが、しない。 立ち上る湯気の奥に、茶葉のかんばしさは一切感じられなかった。


(また、一つ消えたか……)


嗅覚の減衰。 一口含んでも、ただ熱い液体が喉を通る感覚しかない。


「お味は、いかが?」 「……美味しいですよ。落ち着きます」


嘘をつくことにも、慣れてしまった。 エレンは、ロランの横顔をじっと見つめていた。 その疑念を孕んだ視線に、ロランは気づかないふりをした。


「ロラン、あなたは自分を大切にしていますか?」 「え……?」 「あなたはいつも、アルベルト様のため、兵士のため、この街のために戦っている。……けれど、あなた自身のためには、一度だって戦っていない気がしますの」


「僕には、これしかできませんから」


ロランは淡々と答えた。


「魔力もなく、剣も振るえない。僕に残されたのは、考えることだけです」


エレンが、そっとロランの手を握った。 その手の温もりさえ、どこか遠く感じられる。


「あなたは十分すぎるほど頑張っていますわ。もし辛くなったら……私に言いなさい。私は、あなたの味方ですわよ」


その優しさが、痛かった。 仲間の信頼に、自分は嘘を重ねている。


     *


翌日。運河沿いを歩くロランの隣で、リーナがふと立ち止まった。


「主様」 「どうしましたか、リーナ」 「匂い、変わってる」


リーナが、ロランをじっと見上げる。


「前は、温かい匂いだった。でも今は――冷たい。鉄みたいな、変な匂い」


ロランは、動揺を悟られぬよう指先を震わせた。 リーナの鋭い鼻は、ロランの変化を、その本質の変質を見抜こうとしていた。


「主様、無理してる。……苦しんでる」


リーナがロランの手を強く握る。


「でも、いい。主様が何になっても、私は側にいる。……たとえ、主様が人間じゃなくなっても」


その言葉が、ロランの胸をえぐった。 人間ではなくなる。 色彩を失い、味を失い、匂いを失った自分は、果たしてまだ「人間」なのだろうか。


「大丈夫。私が、主様を『人間』に戻してあげるから」


     *


「ロラン、次の戦い――僕も、前線に立たせてくれ」


夜、訪ねてきたアルベルトの目は、かつてないほど決意に満ちていた。 毒の後遺症で魔法は不安定。それでも、彼は守られるだけの王子であることを拒んだ。


「君だけに、すべてを背負わせたくない。君が壊れていくのを、見ているだけなんて耐えられないんだ」


アルベルトの涙を浮かべた訴えに、ロランは頷くしかなかった。


そして、運命の朝が来る。


「帝国軍、明日の夜にはエモンに到達しますわ」


エレンがもたらした決定的な報せ。 さらに、エモン評議会は「中立」を宣言した。 街は、独立連隊を見捨てたのだ。


「構いません。僕たちだけで戦いましょう」 「いいえ、私たちがいますわ」


エレンが不敵に微笑む。 ローウェル商会のすべてを投じ、武器、食糧、情報のすべてを連隊に捧げると。


「これは、私の戦いでもありますから」


     *


その夜。 城壁に一人立つロランの視界は、もはや完全な灰色に染まっていた。 かつて愛した街の灯火も、今はただの鈍色の光点。


(明日、すべてが決まる……)


自分の手を見る。 この手で『タクティカル・ビュー』を起動し、勝利を描く。 そのたびに、自分という人間が削れ、砂のようにこぼれ落ちていく。


(いつまで、持つだろうか……)


答えはない。 ただ、戦う理由だけがここにある。 仲間のために。主君のために。


ロランは、静かに瞳を閉じた。 灰色の静寂の中で、鋼鉄の怪物――ゼノスを迎撃する算譜スコアを、極限まで磨き上げていく。





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