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『神の視点 ~零式創世戦記~』  作者: noanoa
第4章:灰色の勝利

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第22話:灰色の勝利


ボルドーが失脚してから、一週間が経過した。


エモンの街は、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。 中央銀行の再建は九商会長評議会の管理下で進められ、紙幣と金貨の交換も段階的に実施されていた。


そして――。 アシュベル独立連隊の名は、一夜にして「英雄」へと塗り替えられた。


「あれが、あのボルドーを追い詰めた軍師か」 「まだ二十歳にもなっていないというのに。とんでもない麒麟児きりんじだ」


街を歩けば、商人たちの好意的な噂が耳に飛び込んでくる。 かつての「無能者」への蔑みは、今や畏敬の念へと変わっていた。


それに伴い、連隊への依頼も殺到している。 ロランはエレンの執務室で、机に積み上げられた依頼書の山を眺めていた。


「これほどとは……」 「ええ。あなたたちの評判は、いまやエモン中に轟いていますわ」


エレンが満足そうに、一枚の書状を手に取った。 商隊の護衛、倉庫の警備、密輸団の摘発――。


「九商会長評議会からも特別な依頼が来ています。中央銀行の監査を手伝ってほしい、と。あなたの『数値化』の能力を、彼らは喉から手が出るほど欲しがっていますの」


ロランは複雑な心境だった。 独立連隊は成功した。資金も、地位も、名声も手に入れた。 だが。


(……代償は、あまりに重い)


ふと、視線を窓の外へ向ける。 活気あるエモンの街並み。だが、ロランの瞳に映るのは色彩のない「灰色の世界」だ。 赤い屋根、青い運河、街路樹の緑。 そのすべてが、濃淡の異なる灰色の塊にしか見えなかった。


     *


「先生、メシの時間だぜ!」


ドアが開き、ハンスが顔を出した。


「ガルドさんが特別な料理を作ったってさ。早く行こうぜ」 「わかりました。すぐに行きます」


食堂には、すでに全員が集まっていた。 アルベルト、リーナ、ハンス、ガルド。そして連隊の兵士たち。 テーブルの上には、これまでの苦労をねぎらうような豪華な料理が並んでいる。


「先生! 今日は特別だぜ。勝利の祝いだ!」


ガルドが誇らしげに、大皿を差し出した。 ローストビーフ、彩り豊かな野菜スープ、焼きたてのパン。 以前のロランなら、その光景だけで空腹を覚えただろう。


だが、今の彼に見えるのは、不気味なほど無機質な「灰」の盛り合わせだ。


「さあ、食べよう!」


アルベルトの号令で、宴が始まった。


「うめえ……! ガルドさん、これ最高だぜ!」 「へへ、腕によりをかけたからな」


ハンスが頬張り、ガルドが照れくさそうに笑う。 ロランもフォークを手に取り、ローストビーフを一口、口に運んだ。


(……味が、しない)


肉の繊維を感じる。温かさもわかる。 だが、旨みも、塩気も、香りも、何一つとして伝わってこない。 まるで、温かい砂を噛んでいるかのようだった。


「ロラン、どうしたんだい? 箸が進んでいないようだけど」


アルベルトが心配そうに覗き込んでくる。


「いえ……少し、疲れが出ただけです。美味しいですよ」


無理に笑顔を作り、飲み込む。 それは、明らかな嘘だった。


リーナが、隣でロランをじっと見つめていた。 獣人特有の鋭い感覚が、あるじの異変を察知している。


(主様の、匂いが変わった……)


以前のロランからは、人間らしい体温の混じった匂いがした。 だが今は――金属のような、あるいは精密機械のような、どこか冷たく非人間的な匂いが混じり始めている。


リーナは言いようのない不安に、胸を締め付けられた。


     *


食後。自室に戻ったロランは、鏡の前に立った。


灰色の顔。灰色の髪。灰色の瞳。 すべてが、色彩を失った抜け殻のようだ。


(いつまで、僕は『人間』でいられるんだろうか……)


自分の手を見る。指先まで、等しく灰色。 そこへ、静かなノックの音が響いた。


「ロラン、入ってもいいかな」


アルベルトの声だった。


「どうぞ」


鏡から離れ、姿勢を正す。 部屋に入ってきたアルベルトの表情は、いつになく真剣だった。


「ロラン。……君、本当は大丈夫じゃないだろう?」 「大丈夫ですよ。何も問題ありません」 「嘘だ」


アルベルトは、逃がさないという意志を込めてロランを見つめた。


「食事を、全く楽しんでいない。義務的に胃に流し込んでいるだけだ。以前の君は、もっと幸せそうにガルドの料理を食べていたじゃないか」


「それは、ただの考えすぎです」 「タクティカル・ビューを使いすぎているせいだろう!? 君は……君は、自分を壊している!」


アルベルトの叫びに似た問いかけ。


「僕は、君が壊れてまで王になりたいなんて思わない! そんなの、間違っている!」 「……アルベルト様」


ロランは冷徹なまでの静かさで答えた。


「私の役割は、あなたを王にすることです。そのためなら、多少の不具合など――」 「多少じゃないだろ!」


アルベルトの瞳に、涙が浮かぶ。


「わかっているんだ。君が僕のために、すべてを削っていることくらい……!」 「……」


ロランは、何も言えなかった。 主君の涙を見ても、以前のように心が激しく揺れ動かない。 それさえも、代償として失われつつある「何か」のせいなのか。


「アルベルト様。私は大丈夫です」


ロランは話題を切り替えるように、冷たく告げた。


「それより、次の準備をしましょう。エモンでの地盤は固まりました。次は――レガリア王国への帰還を考えるべき時期です」


アルベルトは悔しそうに唇を噛み、部屋を後にした。


その夜。 ロランは一人、窓の外を眺めていた。 エモンの美しい夜景。 だが、その光の粒さえも、今はただの灰色の濃淡でしかない。


(色彩が消え、味が消えた……。次は、何が消える?)


思考さえも、数式のように冷えていく。


そこへ、エレンが緊急の報告を持ってきた。 彼女の表情には、隠しきれない緊張が走っている。


「ロラン、大変です。……エモン南部国境で、バルムンク帝国軍の斥候が目撃されました」 「帝国……?」


大陸最強の軍事国家。 ついに、眠れる巨象が動き出したのだ。


「詳細は不明ですが、エモンの商人たちはパニック寸前です。帝国がこの街を狙っているのではないかと……」 「わかりました。情報収集を継続してください」


ロランは即座に思考を戦時モードへと切り替える。 帝国を相手にするならば、再びあの『視界』に頼らざるを得ない。


「ロラン……無理はしないでください。あなたは、私たちの代えのきかない軍師なのですから」


エレンの去り際の言葉に、ロランは頷くことしかできなかった。


一人残された部屋で、彼は再び運河の水面を見る。 そこに映る自分の瞳は、かつてないほど濁り、冷え切っていた。


たとえ、世界が完全にモノクロームになろうとも。 この「灰色の勝利」の先に、守るべき場所があるのなら。


ロランは、ただ静かに次の算譜スコアを書き始めた。




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